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【 映画雑感 】No.216

イースタン・プロミス


2007年  イギリス/カナダ/アメリカ  100分
監督 デヴィッド・クローネンバーグ
出演
ヴィゴ・モーテンセン、ナオミ・ワッツ、ヴァンサン・カッセル
アーミン・ミューラー=スタール、イエジー・スコリモフスキー

  ストーリー
 ロンドンの裏社会に存在するロシアン・マフィアの実態を衝撃的に描いたデヴィッド・クローネンバーグ監督作品。
 クリスマスをひかえたある夜、ロンドンの病院に運び込まれたロシア人の少女が、女の子を産み落とし、息を引き取る。助産師の アンナ(ナオミ・ワッツ)は孤児となった赤ちゃんのために、バッグに入っていたロシア語の日記らしいものから、少女の家族を探し 出そうとする。
 挿まれていたカードを頼りにロシア料理の店を訪ねると、オーナー(アーミン・ミューラー=スタール)は親切気に日記の翻訳を申し 出る。その後アンナは、オーナーの息子キリル(ヴァンサン・カッセル)と店のお抱え運転手ニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)と 出会うのだが・・・。

  一口感想
 下町の床屋。気のいい親父と常連客らしい男が他愛のない無駄口を叩きあっている。何ということのない光景。現われた若い男に親父が 目配せし、男は客の喉を剃刀で掻き切る。夜のコンビニ。あどけなさを残す少女の大きく膨らんだ下腹部と股間に流れる鮮血、一目で 流産と分かる。
 薄日すらささない陰鬱なロンドンの底に澱む闇に、一気に引きずりこまれる鮮烈なオープニング。

 “イースタン・プロミス” というのは、東欧・ロシア系人身売買組織のことだそうだ。貧困にあえぐ東欧・ロシア(イースタン)出身 者に希望ある未来を約束(プロミス)する、という意味。そうした甘言で連れてこられた女性たちは、外出もままならぬ厳しい監視の 中で売春を強要される。冒頭の少女も麻薬浸けにされた上に妊娠して、組織から逃亡を図ったのだ。


ニコライ

キリル

セミオン

アンナ

 トルナトーレ監督の『題名のない子守唄』(06)でも同じテーマが取り上げられていたが、本作はロンドンに根を張るロシアン・ マフィアが背景だ。監督はクローネンバーグ。『デッドゾーン』や『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』は好きな映画だったが、 『イグジステンズ』のグロテスクさには閉口した。
 しかし出演陣には食指が動く。主演がヴィゴ・モーテンセンとナオミ・ワッツ、脇を固めるのはアーミン・ミューラー=スタールと 個性派ヴァンサン・カッセル。散々迷ったけど、やっぱり見に行った。

 ミューラー=スタールの演じるマフィアのボスに圧倒された。好々爺然とした柔和な目が、顔に微笑を残したまま、スッと光を消す。 冷酷さや残忍さがじわりと滲み出てくるのを見ていると、腹の底から恐怖が湧いてくる。
 息子キリルは、父親の悪に精神を壊された男だ。父に恐怖しながらその権力に一体化し、父に認められたいと願いながら、要求に 応えられない自分に苛立つ。残酷な男に違いないけれど、哀れをそそられるところがある。少女が遺した赤児を殺すように命じられ、 川べりで抱きしめて謝る 姿には涙さえ誘われた。
 お雇い運転手ニコライに心の拠り所を求める彼には、同性愛的な匂いもある。複雑な内面を持つキリル。ヴァンサン・カッセルで なければ演じられない役だと思った。

 ニコライは謎めいた男だ。悪の組織に身を置きながら、汚濁に染まりきっていないシニカルな視線を持つ。黒スーツの痩身が、寂寥と 緊張の混在した善悪どちらともいえない匂いを発散し、ヴィゴ・モーテンセンならではの味わい、新境地を拓いてみせた。終盤明かされる ニコライの正体、アンナとの間に醸される抑制されたロマンスの気配、どれもがヴィゴらしくて魅力的だ。

 たしかに冒頭の剃刀による暗殺や遺体の身元を隠すために指を1本1本切り落とすシーン、サウナで全裸のヴィゴが殺し屋に襲われ、 素手でナイフと闘うシーン、と生々しい恐怖を感じる場面はたくさんある。しかし、見終わった後味は悪くない。ナオミ・ワッツが演じる アンナが、母と伯父と暮らす普通の市民であることが大きな救いになっている。
 彼らが発揮する健全な市民感覚、危険な世界に近づくアンナを心配する家族愛、そして少女の残した赤児を身内に返してやリたいと いうアンナの思い、どれもがみな真っ当だからだ。

 少女の日記を読み進むうちに、アンナの前に思いがけなく開いていく闇の世界。ふつうならこの辺で赤ちゃんの身内探しはあきらめる でしょう。それをしなかったのは、アンナ自身の流産の経験が、彼女の中でまだ癒されていなかったからだと思う。
 新しい命への愛、それは陽射しを浴びたベンチで赤ん坊を抱くアンナにつながっていく。(本作で明るい色調のシーンはこれだけだったんじゃないかな。)全体に暗い映画だけど、最後に一筋の希望が残ることにほっとする。
  【◎△×】8

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