HOME雑感LISTシネマTOP




【 映画雑感 】No.194

カポーティ


2005年  アメリカ  114分
監督 ベネット・ミラー
出演
フィリップ・シーモア・ホフマン、キャサリン・キーナー
クリフトン・コリンズJr、クリス・クーパー、ブルース・グリーンウッド

  ストーリー
 「ノンフィクション・ノベル」という新たなジャンルを作り上げたトルーマン・カポーティが、作家としての地位を不動のものにした 『冷血』を完成させるまでを、葛藤と苦悩に焦点を当てて描いている。これ以後、カポーティは本格的な作品を何1つ完成させることが 出来なかった。
 1959年11月15日。カンザス州の小さな町ホルカムで、土地の名士クラッター家の家族4人が、深夜何者かに惨殺される事件が 起きる。4人は縛られたまま、至近距離から撃たれていた。新聞で事件を知ったカポーティ(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、 すぐに幼なじみの作家ネル(キャサリン・キーナー)とともに現地に向かい、捜査を指揮する州警察のアルヴィン・デューイ(クリス・ クーパー)の知遇を得る。
 やがて2人の容疑者が逮捕される。犯人の1人、ペリー・スミス(クリフトン・コリンズJr)に興味を覚えたカポーティは、彼と面会 を重ね、次第に心を通わせるようになるが・・・。
 本作でフィリップ・シーモア・ホフマンがアカデミー主演男優賞を獲得した。

  一口感想
 トルーマン・カポーティ。50年代から60年代にかけて活躍したアメリカの売れっ子作家。同性愛がまだタブーであったこの時代に すでにカミングアウトし、自家用ジェット機で飛び回り、巧みな話術でパーティの人気を独り占めする社交界の花形。スキャンダラスで あると同時に、愛される人柄 でもあったらしい。
 そんな彼がなぜ新聞の小さな記事に引かれ、犯人の1人ペリー・スミスにのめりこみ、作品が完成した後は1冊の本も書けなくなったの か・・・。そんな興味で映画館に足を運んだ。

 今でこそ理由のない殺人はさほど珍しくはないが、50年代当時、このカンザス一家4人 惨殺事件がどれほど世間のセンセーショナルな話題をさらったか、想像にかたくない。
 カポーティがこの事件にピンと響くものを感じたのは、まったく新しい小説のスタイルが生み出せるのではないか、という作家として の直感と同時に、時代の寵児らしい功名心も働いたのではないかと思う。

 幼なじみの作家で、良き理解者でもあるネル・ハーパー・リーの協力を得て、取材を開始したカポーティが、事件の発見者の少女に、自分 が人と変わっているために幼い頃から差別されてきた、と打ち明けるシーンがある。これで信頼を得ると、彼女の友人 だった被害者の少女の日記を見せてもらうのだ。
 この時に私が感じたのは、カポーティの要領の良さ(「狡さ」というと言い過ぎになるかもしれない)だった。それは容疑者2人が逮捕され、そのうちの1人、ペリーと面会を重ねるようになってからも現われる。
 彼の信用を勝ち取るために「君がモンスターでないことを世間に知らせたい」といって見たり、『冷血』というタイトルを早くに決めて いながら、それを知ったペリーから責められると「編集者が勝手に決めた」と言い逃れたり、同時進行で書き始めているにも関わらず、 原稿を見せてほしいといわれると、まだ何も書いていない、と言ったりする。
 こうした欺瞞は、成功のためにペリーを利用しているだけ、という胡散臭さを感じさせる。

 しかし、同時にカポーティはペリーに自分自身を見ているフシがある。ネイティヴ・アメリカンの血を引くペリーは、孤児院に育ち、 社会の底辺を生きてきた。母親に捨てられた体験はカポーティに も共通する。
 彼は比喩として、「ペリーと自分は同じ施設に育った。違いは彼が裏口から出たのに対し、自分は表口から出たことだ」とネルに語る。 犯罪は犯罪として、人間としてのペリーにカポーティは共感し、同情し、共振するものを覚えたのではないかと思う。
 罪の意識から拒食に陥ったペリーに、カポーティがベビーフードを与える場面がある。匙ですくってそっと口に流し込む、まるで母親 が赤子を育てるように。それは、ペリーに死なれたら作品が完成しない、という利己心からとは思えない。彼の中に自分の分身を見、それを救いたかったように見える。

 『冷血』は、多くのノンフィクション・ライターがするように、書き手が登場して取材経過や私情を披瀝することはまったくなく、感情 を交えずに事実のみを淡々と積み上げる手法が取られているそうだ。これは対象から冷静な距離を取ることを意味する。強烈に引き寄せ られながら、その引力を引きちぎり、間に客観的な視点を置く。これは非常な精神の緊張をカポーティに強いたことだろう。
 さらに刑が決まってからペリーは上告を繰り返し、死刑執行がなされたのは6年後のことだった。この間、カポーティは作品が 完成しないことにイラつき、ペリーが早く刑死することさえ願う。
 こうした感情のせめぎ合いがカポーティの内面を追いつめ、神経をすり潰したのだろう。作品は完成したが、ペリーの死とともに、 カポーティの作家としてインスピレーションも死んでしまうのだ。
 初めに彼を狡いと感じたのは、こう考えると、彼のごく小さな一面しか見ていなかったのだと思う。要領の良さを処世術として心得て いたかもしれないが、彼の本質は作家としての真摯さだ。
 フィリップ・シーモア・ホフマンは、外見からちょっと甲高い声、ねっとりした喋りかたまで、カポーティ本人にとてもよく似ている そうだ。後半、苦悩を深めるカポーティの演技が印象深かった。また、ネルに扮したキャサリン・キーナーの渋い存在感が光った。
  【◎△×】7

▲「上に戻る」