| 【 映画雑感 】No.190 |
|
ストーリー ソウル市内を流れる漢江に、ある日、突如として謎の怪獣(グエムル)が現われ、河川敷で売店を営むパク家の娘、中学生のヒョンソ (コ・アソン)がさらわれる。 家長ヒボン(ピョン・ヒボン)をはじめ、長男でヒョンソの父親カンドゥ(ソン・ガンホ)、次男のナミル(パク・ヘイル)、長女の ナムジュ(ペ・ドゥナ)は、グエムルの持つ強力なウィルスに感染した疑いで、病院に隔離されるが、その夜、カンドゥの携帯に助けを 求めるヒョンソからの連絡が入る。 政府の理解が得られないまま、4人は病院を脱出して、ヒョンソ救出に向かう。『殺人の追憶』のポン・ジュノ監督の長編第3作。 怪獣もの映画を見る時いつも思うのは、怪獣は一体どんな形態で出てくるんだろう?ということ。あんまりおぞましいのはイヤだなぁ。 『エイリアン』はおっかな過ぎて、今思い出してもうなされそうになる。でも漫画チック過ぎても迫力に欠けるし、あらかたアイデアは 出尽くして、もう新しい怪物
なんてないんじゃない?という興味もある。本作はこれらの難問を見事にクリア。グロテスク度はまーまー許容範囲内。なにより、魚と巨大ヤモリを合体させたような形態は想像 を超えていた。これが「出るぞ、出るぞ」と怖がらせるのでなく、もう、ほんとにいきなり登場する。こっちの心の準備が出来てない分、 ショック度はかなり高い。 ソウル市民が憩うのどかな漢江の河川敷に突如現れ、逃げまどう人々を食い殺したり、強靭な尻尾に巻き取ったり(鞭のようにしなり、 自在に動く。ほんとに怖い!)、その動きの速いこと、獰猛なこと、すごい迫力だ。 しかし、この映画の面白さは怪獣造形の見事さだけではなく、ソン・ガンホが演じるダメ親父を中心とした河川敷の売店一家の撒き 散らす笑いにある。怪物もの恒例の群集パニック・シーンで、まずそれは発揮される。 人々に交じって、主人公のカンドゥは娘ヒョンソの手を引いて必死に逃げるのだが、気が付くと、握っていたのはどこかの知らない女 の子の手なのだ。緊迫したシーンにこんな間抜けさを紛れ込ませて、こちらは思わずズルッとコケそうになる。 そうかと思えば、怪獣に連れ去られたヒョンソ救出に向かう一家が警察の検問に引っかかり、カンドゥが弟に「頭が目立つ。隠せ隠せ」 といわれる場面。カンドゥは金髪に染めていて、たしかに目立つ。弟は大卒で頭がいい。はじけ豆みたいに短気だ。のっそりしたカン ドゥがあわててフードを被る。これだけでもう、なんだか笑ってしまう。
唯一ダサいのはカンドゥだけ。それでも娘を思う気持ちの深さは他の何よりカッコいい。ナミルが手製の火炎瓶、ナムジュが弓で怪獣 に立ち向かう時、カンドゥは鉄棒1本で、文字通り体当たりで対峙するのだ。もうダメ親父とは言わせない。一家4人がかもし出すアンサン ブルの妙が映画の面白さを倍増させている。 怪獣は獲物を溜めておく習性があり、ヒョンソはどことも知れぬ深い穴に連れてこられる。そこには何人もの死体が置かれているが、 その中にまだ息のある男の子・セジュ(イ・ドンホ)がいた。ここからのヒョンソの行動が素晴らしい。恐怖と不安に怯えるセジュを 横穴に匿い、励ましながら、
必死に脱出の智恵を絞る。ラスト近く、セジュを母のように抱きしめながら、怪獣の口から吐き出されたヒョンソの姿を見た時、私は本当に感動した。ヒョンソ は家族の助けをただ待つのでなく、自分も懸命に戦った。その勇気がすごい。出来ればラストでは、だれ1人欠けることなく、家族全員 が夕餉の食卓を囲む姿を見たかったと思う。それだけが心残りだ。 映画は冒頭で、怪獣は米軍が無謀にも漢江に大量廃棄した化学薬品が原因で生まれたことを示し、中盤では、怪獣は強力なウィルスの 宿主だから、と秘密裡に開発した化学兵器の使用を米軍が政府に迫る様子を描く。アメリカ批判も堂に入っている。単なる怪獣もの パニック映画ではない骨の太さに感心させられた。 【◎○△×】7 |