| 【 映画雑感 】No.181 |
|
ストーリー メキシコの町を1台の車が疾走する。後部座席には血だらけの瀕死の黒い犬。若い男(ガエル・ガルシア・ベルナル)が運転する車は 偶然通りかかった別の車に激突する。それにはスペインからやって来た今をときめくスーパー・モデル(ゴヤ・トレド)が乗っていた。 この事故を目撃するのが、元は大学教授で今は殺し屋にまで落ちぶれた初老の男(エミリオ・エチェヴァリア)。こうして1つの交通 事故を軸に、3つの物語がオムニバス風に交錯する。 『21グラム』(03)のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督のデビュー作。カンヌ国際映画祭の批評家週間でグランプリを 獲得し、東京国際映画祭ではグランプリと監督賞を受賞した。 3つのストーリーが描かれるが、それらを通す芯になるのが1つの交通事故。オクタビオは飼い犬のコフィを闘犬に仕立てて、勝ち金 で兄嫁のスサナ(ヴァネッサ・バウチェ)と駆け落ちしようとする。しかし、トラブル相手のハロチョ(グスターボ・サンチェス・バラ) を刺して逃走中に事故を起こ
し、大怪我を負う。冒頭の猛烈なカーチェイスで、一気にストーリーに引き込まれる。この事故に巻き込まれるのはスペインからやってきたスーパーモデル、バレリア。恋も名声も手に入れ、順風満帆の生活が始まる矢先だった。しかし、再起不能の怪我をし、これをきっかけにキャリアを失い、愛人 ダニエル(アルバロ・ゲレロ)との関係も崩れ始める。 ホームレスのような身なりのエル・チーボがこの事故を目撃するのは、新しい仕事を引き受けたばかりの時。かつては革命の理想に燃え、社会的地位も家族も捨てた男だが、今は殺し屋に落ちぶれている。 3つの話が時間軸を前後にずらして交錯し、少しずつ関わりあう構成がユニークだ。 タイトルの“ペロス”とは「犬」のこと、どの話にも犬がからんでいる。 闘犬場の床は、敗れて喉を噛み切られた犬の血で、いつも濡れている。犬好きの私としては見るのがつらい情景だ。登場人物たちも 闘犬で稼ごうというだけあって、荒っぽくて血なまぐさい。とくにハロチョは若くてハンサムだが、全身から発する殺気が凄まじい。 第1話からは、メキシコ下層階級の荒んだ空気がひりひりする感覚で伝わってくる。 一転して第2話は、上流に属するカップルの一見お洒落な不倫の恋。ところが事故の後、愛犬リチーが床下に潜りこんだまま行方不明 になり、バレリアは情緒不安定になる。深夜、突然「リチー
の鳴き声がする」と言い出し、たまりかねたダニエルが床板をはがし始める
ほどだ。大きなネズミの影が走りすぎ、やがてリチーの死体が見つかる。だんだんホラーっぽくなっていくのが不気味。エル・チーボは事故現場から瀕死の黒犬コフィを助け出し、手厚い介護で回復させるが、コフィは彼の留守の間に前からの 飼い犬たちを全部噛み殺してしまう。第3話は全体をしめくくる位置にあるせいか比較的淡々としたタッチで展開するが、この成りゆきは正直ゾッとさせられる。 3つの物語のなかでは、第1話が際立って面白い。主人公のオクタビオが思いを寄せるスサナは、兄嫁とはいってもまだ現役の高校生 だ。ミニスカートの制服で帰宅すると、ベッドの赤ん坊を抱っこする。途端に母親の顔になる。 夫のラミロ(マルコ・ペレス)はスーパーのレジ係。陰で強盗を働いていて、家庭でもひどく暴力的な男だ。目の鋭さは半端じゃない。 こんなのがレジにいたら怖いだろうなぁ・・・。 スサナに同情したオクタビオは、駆け落ちを持ちかけるが、スサナは応じない。オクタビオはラミロを怖がっているのだと思い込む。 それもあるが、やっぱり彼女は夫を愛しているのだ。10代で
はあっても、スサナはすでに大人の女の感性を持っている。美人とはいえない彼女が魅力的に映るのは、若さの中にある成熟のゆえなのだろう。オクタビオの情熱が、絶望・怒り・恨みが凝固した暗い静けさに変貌するのが痛ましい。この激しさはやはりラテンの血のなせる業(わざ)か。日本人の私としてはただもう圧倒されるほかない。 3話ともに語られるのは、報われない不毛の愛だ。狂おしいほどに求めても得られず、手にした愛は指の間から滑り落ち、あるいは 捨て去った愛の幻想を追い求めるしかない。 ただ、エル・チーボがこざっぱりと身なりを整えて旅立つラストに、多少の希望が感じられる。けっして会えない娘に留守電で残した メッセージ、「お前の前に現われる勇気が持てたら戻ってくる」に、彼の立ち直りの決意が読み取れる気がするからだ。 【◎○△×】8 |