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【 映画雑感 】No.172

嫌われ松子の一生


2006年  日本  130分
監督 中島 哲也
出演
中谷 美紀、瑛太、伊勢谷 友介、香川 照之
黒沢 あすか、柄本 明、市川 実日子、ゴリ、宮藤 官九郎
劇団ひとり、武田 真治、荒川 良々

  ストーリー
 『下妻物語』でデビューした中島哲也監督がCGやミュージカル・シーンを挿入して、松子の波乱の人生を、多彩な語り口で畳み かけるように綴っていく。
 昭和22年、福岡県に生まれた松子(中谷 美紀)は、病弱な妹(市川 実日子)を溺愛する父親(柄本 明)の気を引きたくて、優等生 としてがんばり、中学校教師になる。ところが、修学旅行で起きた盗難事件がきっかけで職を失い、それからは坂を転がり落ちるような 転落人生。
 同棲した作家の卵(宮藤 官九郎)は鉄道自殺し、家庭のある愛人(劇団 ひとり)との幸せもつかの間、妻にばれて捨てられる。 ソープ嬢となってトップの座を極めるが、若手に追われ、流れ着いた場末の町でヒモ(武田 真治)を刺し殺す。こうして流転の人生の 果てに、荒川の河川敷で53歳の松子の死体が発見される・・・。

  一口感想
 最近ジェーン・フォンダの自伝を紹介した書評を読んで、少し驚いた。(毎日新聞 「ジェーン ・フォンダ わが半生」 2006.6.4)
 彼女は、耽美派監督ロジェ・バディム → ベトナム反戦活動家トム・ヘイドン → CNNのオーナー、テッド・ターナーと3度の結婚・ 離婚を繰り返し、セクシー女優 → 反戦運動家 → 富豪夫人(女優引退)、とそのつど変身したが、それは夫の意に沿って自分を変える 努力をした結果だったというのだ。ジェーンが結婚に求めたのは、“自分を導いてくれる夫(=父の代わり)” だったのだ、と。
 彼女を自分というものを持った自立した女性と思っていた私には、これは意外なことだった。そしてすぐ、本作のヒロイン・松子を連想した。 転落の一途を辿った女と、2度のアカデミー賞に輝く大女優を並べて、似ている、なんていったらブーイングを浴びそうだが・・・。

 ジェーンと父ヘンリー・フォンダの確執は、最後は和解したものの、有名な話だ。これは、女出入りが激しく、母を自殺に追い込んだ 父を許せなかったゆえ、と私はずっと思っていたが、この書評を読んで考えが変わった。もしかすると、ジェーンはあまりに強く父 の愛を求めていたのではないか。愛してくれない父への怒りが、父娘の亀裂の基にあるのではないかと。
 もしそうなら、父の愛を求め続けたところ、出会う男に合わせて生きかたがすべて変わるところが、松子にそっくりだと思ったのだ。
 映画全編に繰り返し流れる
  ♪まげて、伸ばして、お星さまをつかもう。
  ♪まげて、背伸びして、お空にとどこう。
 という歌は、松子の無邪気でのどかな歌声と裏腹に、切ない哀調がある。
 松子がつかみたかった “星” は、父の “愛”(=振り向いて自分を見てくれること、自分に関心を寄せてくれること)だったろう。 そのためには背伸びして、空に手が届かないといけない。
 松子は、もともとはソープ嬢のテクニックを磨くために初めたトレーニング、“スクワット” を練習し続ける。両脚を大きく広げ、 1、2、1、2、と腕を振りながら屈伸運動をする。その背中を見ていると妙に悲しくなる。彼女は根は真面目な 努力家なのだ。父に気に入られるために、幼い頃も懸命に努力して、優等生であり続けたに違いない。

 松子は愛されたい欲求を出会った男たちに振り向けるのだが、理髪店の島津(荒川 良々)を除けば、父と似ても似つかぬ暴力的な男 ばかりなのが、興味深く思える。
 父は別格、父と同じタイプの男に捨てられたら、松子に逃げ場はない。「人生、終わったと思いました」と何度も呟く松子が、その つどリセットできたのは、彼らが父とまったく違うタイプの男たちだったからだろう。
 CGを多用し、ミュージカル調ありハードボイルド調ありの変化に富んだ画面、けばけばしいほどきらめきに満ちたポップな映像は、 CMディレクター出身の中島監督らしい技巧だが、同時に、松子の内面(=幻想)を表しているように思える。得られない愛を求めて、 松子は夢を見続けたのだろう。
 ♪まげて、伸ばして、の歌の最後は ♪うたを歌って、おうちに帰ろう・・・、だ。この歌の通り、死んだ松子の魂は実家に帰り、 妹の「おかえり」の声に迎えられて天の階段を昇っていく。
 こんな形でしか願いが叶えられなかった松子が、私は哀れでたまらない。唯一の救いは、甥の笙(瑛太)が松子の生涯を辿るうちに、 会ったこともない(本当は1度だけ会っている)伯母さんを好きになることだ。
 似ているといったけれど、ジェーン・フォンダの華々しい人生と松子のそれは大いに違う。そして、惨めな松子の人生のほうに惹かれるのは、私たちの大方が成功とは無縁のところで生きているからだろう。

 キュートなコメディエンヌぶりの中谷美紀、濃艶な姐さんの黒沢あすか、極道の伊勢谷友介、それぞれにはまり役。そして松子の弟に 扮した香川照之と父を演じた柄本明、とにかくうまい。しょうもない姉を抱えた苦労人らしい実直な弟、松子のおどけた顔に「ぐふっ」 と笑いをこぼす謹厳な父、戯画化されたストーリーにしっかりしたリアリティを与え、厚みのあるものにしていた。
  【◎△×】8

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