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【 映画雑感 】No.167

ゴッドファーザーPARTII


1974年  アメリカ  200分
監督 フランシス・フォード・コッポラ
出演
アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、ロバート・デュバル
ダイアン・キートン、ジョン・カザール、タリア・シャイア
リー・ストラスバーグ、マイケル・ヴィンセント・ガッツオ

  ストーリー
 72年の大ヒット作『ゴッドファーザー』の続編。マリオ・プーゾ原作のベスト・セラーをもとに、新しいボスになったマイケルの 苦悩と、若き日のヴィトーがマフィアの顔役へ昇りつめていった過去を詩情たっぷりに描く。続編映画としては初めてアカデミー作品賞 を受賞、デ・ニーロはアカデミー助演男優賞を獲得して、スターダムを駆けのぼった。
 亡き父の跡を継ぎコルレオーネ・ファミリーのボスとなったマイケル(アル・パチーノ)は、根拠地をニューヨークから西部のネバダ 州タホー湖畔に移していた。一人息子アントニーの聖餐式のパーティが行われた夜、何者かに寝室を襲撃される。
 背後にユダヤの大ボス、ロス・ハイマン(リー・ストラスバーグ)がいることを知り、大企業化する組織の運営に苦悩するマイケルは、 父ヴィトー(ロバート・デ・ニーロ)の若き日に思いを馳せる。

  一口感想
 前作の印象的なラストシーンを引き継ぐように映画は始まる。父がそうであったように、配下の恭しいキスを手に受けるマイケル。 しかし彼の顔にはすでに翳りがある。ヴィトー・コルリオーネのゆったりした確かさはない。

 マイケルは非常に複雑な人物だ。一族の中でゆいいつ大学教育を受けた彼は、血の結束の中で犯罪すれすれの事業を営むことを、 知的な部分では首肯することが出来ない。彼が妻のケイ(ダイアン・キートン)に、5年でこの世界を抜けると約束したのは、あながち嘘 ではなかったと思 う。
 彼が言わんとしたのは、ファミリーを解体するとかボスの地位を他のものに譲るとかではなく、ファミリーの事業を合法的なもの に変えていくという意味だったのだろう。
 もちろん、それ自体すでに、マフィアの世界と縁を切りたいケイの望みとは違っているのだけれど、彼はそういう形で父から受け継いだものを守り、さらに大きくしようとしたのだと思う。

 しかし同時に、彼は組織を裏切るもの、秩序を乱すものはけっして許さない、氷のような冷徹さを備えている。兄のフレド(ジョン・ カザール)を部下に命じて湖水の釣り舟で殺す場面、長年父に仕えてくれたフランク(マイケル・ヴィンセント・ガッツオ)を、弁護士 トム(ロバート・デュバル)を差し向け因果を含めて自殺させる場面、いずれもゾッとするような凄みがある。彼の中には、どう抗おう と、紛れもなくマフィアの血が流れているのだ。

 彼が父の友人だったユダヤの大ボス、ロス・ハイマンと暗闘を繰り広げるさまは、ある種、痛快感を伴うほどに壮絶だ。マイケル の若さはロスの鍛え上げた老獪さに一歩も引かず、むしろ手玉に取って、ついには彼の息の根を止める。ここには権謀術数を駆使する 高揚感とスリルがある。
 しかし、本作が重厚な深みを持つのは、辣腕を振るいながらもそれに安住できず、自身の中に激しく葛藤する相反するものに引き 裂かれるマイケルの苦悩があるからだ。

 マイケルの物語の背景をなすように、並行して、父ヴィトーが故郷シシリー島からアメリカに渡り、リトル・イタリーでのし上がって いく様子が描かれる。地道に働くパン屋の店員が町のボスに無法に職を奪われ、徐々に裏の仕事に手を染めていく。そして最後は、祭り の賑わいに紛れてボスを殺し、同時に町の人々の信望も集めていく。

 扮するロバート・デ・ニーロは、顔も体型もまったく違うのに、なぜか見ているうちに、後年のブランドが彷彿としてくる。しゃがれた 声やゆっくりめの喋り方、そしてなにより雰囲気がそっくりだ。
 あわてず動ぜずに事態を静観し、行動する時は一気呵成かつ果敢。腹に一物ニ物ありながら、 相手に悟らせない懐の深さ。人情には厚く、金にはきれい。
 パン屋の主人が彼をクビにする時、すまなさそうに当座の食料を渡そうとすると、「あんたのせいじゃない」といって受け取らない。
 こうした若き日のヴィトーの人間像は、そのまま後年のブランド扮するコルリオーネのイメージにつながっていく。マイケルを描く “現在” が暗く凄絶なだけに、明るく伸びやかなヴィトーの青年時代が印象的だ。
 しかしこのパートも、ヴィトーがシシリーに里帰りして、土地のマフィアのボスに父や兄、母の復讐を果たすことで締めくくられる。 やはりこれは一族を結ぶ血と暴力の物語なのだ。

 マイケルはことあるごとに、父に思いを馳せる。兄ソニー(ジェームズ・カーン)はファミリーを担うには血の気が多く、単純すぎた。 次兄のフレドは小心すぎる。父ヴィトーが3男マイケルを後継者に選んだのは当然だったかもしれない。
 しかし、ヴィトーは古きよき時代に生きたのだ。時代は彼の頃に比べて数段も複雑で熾烈になっている。ハイマンを葬り去った時、 マイケルは同時にフレドやフランクも失わなければならなかった。ファミリーの結束も時代に押し流されて確実に変化している。

 黄昏(たそがれ)ていく湖面を見つめるマイケルの脳裏に、父ヴィトーの誕生日に兄弟が集まったかつての 日が甦る。陽気なソニーが長男らしく場を取り仕切り、フレドも養子のトムも末っ子のコニー(タリア・シャイア)もみな屈託がない。 なにより純真と言っていいほど澄んだマイケルの目が印象的だ。
 偉大な父の庇護の下に、家族の絆が何の疑いもなく保たれていた幸福な時代。宿命の重さに耐えるマイケルの孤独が、ひしひしと胸に 迫るラストシーンだ。
  【◎△×】8

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