| 【 映画雑感 】No.162 |
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ストーリー 『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本家、ポール・ハギスが人種の坩堝(るつぼ)ロサンゼルスを舞台に初監督した群像劇。アカデミー作品賞を受賞した。 クリスマスが間近いロサンゼルス。交通事故に巻き込まれたロス市警の黒人刑事グラハム(ドン・チードル)は、事故現場脇で発見 された若者の死体に引きつけられる・・・。 時間は36時間前にさかのぼる。夜のウェスとウッド。白人検事リック(ブレンダン・フレイザー)と妻ジーン(サンドラ・ブロック) は、若い黒人2人組(ラレンツ・テイト、クリス“リュダクリス”ブリッジス)に車を奪われ、人種差別主義の白人警官ライアン(マット ・ディロン)は、黒人TVディレクター、キャメロン(テレンス・ハワード)と彼の妻クリスティン(サンディ・ニュートン)を 侮辱する。 人種も階層も違う彼らがぶつかり合い、傷つけあう先にあるものは・・・。 この映画は車の衝突(=クラッシュ)も多いけれど、それ以上に人間同士の感情の衝突が大きなテーマになっている。登場人物は誰も 彼もイライラして怒りっぽい。他人への思い遣りを失くし、ギスギスとぶつかり合う様子は、砂漠のように乾きささくれ立った心を 感じさせる。 最近日本でも、気持ちに余裕がなく、突発的に切れる人が増えた。とくに都会ではその傾向が強い。注意したとかされたとかで起きる 殺人事件もそう特殊ではなく、そういう意味で本作はきわめて現代的なテーマを持つ映画だ。 そのイライラには日常的かつ微妙な差別感覚が入り込んでいる。地方検事の妻は、路上ですれ違った若い2人組が黒人であることで、 怯えた顔をする。家の鍵を取り替えに来た鍵屋(マイケ
ル・ペニャ)が、丸刈りのヒスパニック系だったことから、合鍵を作って侵入されるのではないかと不安を募らせる。ヒステリックに叫ぶ声が、鍵屋の心をどれだけ傷つけているかは思い及ばない。黒人2人組は検事の妻の態度にむかっ腹を立てながら、じっさいこの夫婦の車と、翌日は黒人TVディレクターの車を強奪する。 経験17年のベテラン警官は、老父を献身的に世話する孝行息子だが、父の介護のことで病院に素っ気なく対応された怒りを、 パトロールで検問したこのTVディレクター夫婦に向ける。病院で対応した事務員が黒人だったこと、この夫婦が裕福そうだったことが、 人種差別主義者の彼の神経に触ったのだ。 彼はディレクターの妻を執拗なセクハラで侮辱し、妻は警官に逆らえない夫に怒りを持ち、円満だった夫婦仲に亀裂が入る。 9.11テロ以降、イラク人と思われて冷たい視線を浴びるペルシャ人の雑貨屋(ショーン・トーブ)は、護身のために銃を入手 しようとして、銃砲店主と喧嘩になる。その後、彼は鍵の修理を頼んだ鍵屋に、ドアを取り替えたほうがいいと忠告されるが、耳を 貸さない。それで儲けるつもりなの
だと邪推したからだ。新米警官ハンセン(ライアン・フィリップ)は、好意から乗せてやった黒人ヒッチハイカーの些細な仕草を誤解して、彼を射殺して しまう。 本作が新鮮に思えるのは、摩擦や衝突を人種間のそれに限定せず、人が他人を判断する時、外見や職業にいかに影響されるのか、差別 はそういう日常的な営みの中にあるということを描いている点だ。自分にはこうした偏見はないと多くの人は思っているが、冷静に自分 を見つめた時、こういう偏見から完全に自由な人はほとんどいないだろう。 しかし、同時に状況が変われば、人はまた別の側面も表わす。ベテラン警官は炎上する車から命がけであの黒人の妻を助け出す。地方 検事の妻は階段から落ちて足を挫いた時、友人たちの冷たいあしらいの中で、温かい世話をしてくれたヒスパニック系のメイドに初めて感謝の気持ちを抱く。 さまざまなエピソードが、1つが他の伏線になり、あるいは相互に関連しあい、重層的に人間という存在の多面性を綴っていく。なかでも、銃声に怯える5歳の娘に、魔法の “透明マント” を着
せる鍵屋のエピソードが、砂漠のオアシスのように胸に沁みる。マントを着せかける仕草をしながら、「娘が5歳になったらこのマントを譲るように妖精にいわれたんだ。寝る時もシャワーの時も脱い じゃだめだよ。きっとお前を守ってくれるからね。そしてお前の娘が5歳になったら、このマントを譲ってあげなさい」と話すのだ。 この鍵屋の忠告を聞かなかったばかりにドアを破られ店を荒らされたペルシャ人の雑貨屋が、怒りのあまり彼を銃で撃った時、幼い娘は “透明マント” の力を信じて父を庇う。バンという銃声に一瞬心が凍りつくが、娘は無事だった。銃が空砲だったからなのだが、 それでも私はたしかに奇跡が起こったと思った。雑貨屋は呆然とし、その後、自宅で憑き物が落ちたように安らいだ顔になるのも印象的だ。 人間のさまざなまな側面を炙りだしつつ、その先に信頼と希望が見えることに救われる。 【◎○△×】7 |