| 【 映画雑感 】No.155 |
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ストーリー 人気コミック「三丁目の夕陽」を映画化した人情ドラマ。CGを駆使して高度経済成長期の東京の風景が再現されている。 昭和33年の東京。建設中の東京タワーが見える横丁に、短気だが家族思いの鈴木則文(堤 真一)が営む自動車修理工場がある。 家族は明るい世話女房・トモエ(薬師丸 ひろ子)とやんちゃな一人息子・一平(小清水 一揮)だ。ある日、集団就職で青森からやって 来た六子(堀北 真希)が住み込みで働き始める。 向いで駄菓子屋をする茶川(吉岡 秀隆)は、三流少年誌に冒険小説を執筆している売れない文士だ。岡惚れの飲み屋のおかみ・ ヒロミ(小雪)に頼まれ、酔った勢いで身寄りのない少年・淳之介(須賀 健太)を預かってしまう。 昭和ノスタルジーをべったり押しつけられるんじゃないか、とずっと敬遠していたのだが、よほど評判がいいのかいつまでも上映して いる。去年の11月頃と思うからかれこれ3ヶ月は経つんじゃなかろうか。根負けして、とうとう見に行った。心配していた過剰な 感傷はなく、それでいてしみじみ
と郷愁を覚える映画だった。全編懐かしさのオンパレードだが、中でも氷で冷やす冷蔵庫が私はとても懐かしかった。勝手口に氷屋さんがリヤカーで大きな氷を運んでくる。 溶けないようにおがくずの中に入っていたり、筵が掛けてあったりする。それをのこぎりでショリショリ切り、最後に背でトンと叩いて 小分けにする。私はそれを見るのが好きだった。 電気冷蔵庫が取って代わったのはいつの頃だったろう。映画の中で、道端に捨てられた氷冷蔵庫を氷屋さんが横目で見ながら通り 過ぎるシーンがある。ちくりと胸が痛む。 テレビが家に来た日はあまりはっきり覚えていないが、初めの頃は四隅の映像が歪んでいた。そのうち、目によくないというので、 青いカバースクリーンを吸盤でディスプレイに貼り付けるのが流行った。 映画を見ているといろいろ思い出すが、じつはドキッとしたことがある。「戦争から13年しかたってない」という台詞だ。昭和33 年というと、私は15歳。来年の高校受験を控えて、暗い(?)思春期を過ごしていた頃だ。戦争なんて遠い遠い昔に起こったこと、 自分とは無関係と思って暮らしていた。だからこの台詞を聞いた時、内心狼狽した。「え、13年? たったの?」 ついこの間のこと
ではないか、と。映画には、空襲で妻子を亡くし、一人暮らしをするお医者さんが出てくる。宅間医師だ。扮する三浦友和がなんともいい味。 彼が自転車を押しながら、夜、ほろ酔い機嫌で帰宅するシーンがある。鼻歌を歌いながら明りの灯った玄関を開ける。妻子が出迎える。でもそれは、彼が道端で眠り込んだ時に見た夢なのだ。目覚めて帰る家は、暗く、寒々しい。 「そうか・・・、昭和33年って、戦争の傷がまだこんなに生々しく残っている時代だったのか・・・」。 そういえば、学校に通う電車の中で、物乞いをする傷痍軍人を見かけたのもこの頃だ。私は自分が通りぬけた時代を、こういう目で振り返ったことはなかったと思う。「戦争からたった13年」、そのことに気づいた驚き。これはそんな時代の物語なのだ。 ストーリーでは、母親に捨てられて、駄菓子屋の売れない文士・茶川に預けられた淳之介を巡るエピソードが印象に残る。茶川が少年 雑誌に書いていた冒険小説のファンで、彼の影響で自分も書き始める。アイデアが枯渇していた茶川がそれを盗用すると、怒るよりも、 自分の書いたものが活字になったと、雑誌を胸に抱きしめて感激する。薄幸な少年の哀れさが迫って、思わず胸がじんとしてしまう。 サンタクロースが彼にクリスマス・プレゼントを届けるシーンもいい。もちろんそれは、茶川に頼まれた宅間医師が扮装しているの だが、淳之介には生まれて初めてのプレゼントだ。それが万年
筆と分かった時の表情といったら・・・! 見ているこちらまで彼の幸せが伝わってくる。茶川は「お前と俺は赤の他人なんだぞ」とことあるごとに言う。初めは、淳之介に「長く預かるつもりはない」ということを伝える ための言葉だったのだ。 しかし、次第に少年は彼のかけがえのない家族になっていく。茶川はいずれやって来る別れのつらさに耐えられるように、いつか自分に向かってこの言葉を言うようになる。 うらぶれた駄菓子屋で寄り添うムサい男と少年の暮らし。そこにはほのぼのとした、そのくせなんとも切ない人情が通う。茶川に 扮する吉岡秀隆は、へたうまの変な役者だといつも思う。下手くそみたいなのに、いつの間にかその気にさせられてしまうからだ。 淳之介を演じる少年俳優・須賀健太もいい。 善意の人ばかりが集まり、賑やかに繰り広げられるストーリーはとくに意外性はないけれど、見るもののノスタルジーに支えられて、 血の通ったものになっている。後味の心地よさはやはり捨てがたい。 【◎○△×】7 |