HOME雑感LISTシネマTOP




【 映画雑感 】No.139

霧の中の風景


1988年  ギリシャ/フランス  125分
監督 テオ・アンゲロプロス
出演
タニア・パライオログウ、ミカリス・ゼーケ、ストラトス・ジョルジョグロウ
ヴァシリス・コロヴォス、ディミトリス・カンベリディス

  ストーリー
 ドイツにいるという父を求めて旅を続ける幼い姉弟の姿を、独特の映像美で綴った映像叙事詩。
 11歳のヴーラ(タニア・パライオログウ)と5歳のアレクサンドロス(ミカリス・ゼーケ)の姉弟は、ドイツにいるという父に会う ため、アテネ駅から国際列車に乗り込む。無賃乗車が見つかり途中の駅で降ろされた2人は、連絡を受けてやってきた伯父(ディミトリス ・カンベリディス)が、2人は私生児で父はいない、と警官に語るのを立ち聞きしてしまう。
 警察署を抜け出した2人は、それでも旅を続ける。山道で、旅芸人の一座の青年オレステス(ストラトス・ジョルジョグロウ)が運転 する車に乗せてもらった2人は、彼と一緒に旅を続ける。町に着くと、2人はオレステスから霧がかかったように白いだけで何も写って いないフィルムの切れはしをもらう。

  一口感想
 幼い子どもが主人公という点で、これまで見たアンゲロプロス監督の映画とはずいぶん異なる印象を受けた。主人公がいても群像劇の印象 が強い作品が多い中で、本作は2人の姉弟とオレステスという青年の3人に焦点が定まっており、けっこうアップシーンが多くて彼らの 感情がじかに伝わってくる。それだけ、直接的なインパクトが強い作品になっていると思った。
 それに、曇天や雨空がほとんどのアンゲロプロス作品には珍しく、オレステスの登場場面では空が薄い青になる。寂しさと開放感が 混ざり合ったような、ちょっと不思議な感じだ。

 オレステスは “羊飼いの少女ゴルフォ” だけを演じながら全国を巡る旅芸人の一座のメンバーだ。これはそのまま『旅芸人の記録』 (75)に重なる。『旅芸人の記録』ではオレステスは軍隊に志 願した後、大戦後の内戦では共産ゲリラに合流し、反政府側として処刑 される。
 本作のオレステスも徴兵され、まもなく入隊することになっている。時代は現代だけれど、『旅芸人の記録』を連想するせいか、入隊後 の彼には「死」が待っているような気がしてならない。空の薄青のはかない開放感がいっそうその印象を強める。

 ギリシャはドイツへの出稼ぎ者が多いのだという。本作は、ドイツへ父を探す旅に出た姉弟の実話に発想を得ているそうだが、 ストーリーの早い段階で姉弟が父なし子であることが明かされる。ドイツにたどり着いても、姉弟の旅に “父” という到着点はない のだ。それを姉弟本人も観客も知っている。
 2人が手をつないでひたすらに道を歩く場面は、夜が多い。あるいは霧に閉ざされ、雨に降り込められる。2人には行く先がないことを 象徴しているようで、強烈な不安感と心細さが喚起される。
 それでも2人は旅を止めようとしない。しばしの間2人と行動を共にするオレステスでさえ、2人の意思を変えることが出来ない。 2人にとって “父” とはなにを意味しているのだろう、と考えずにはおれない。

 私はこの映画に一貫して “死” の匂いを感じてしまう。2人が保護された警察署のある町で、雪が降り出して、大人たちは時が 止まったように空を仰いで凝固するシーンがある。その中を走り抜けるヴーラとアレクサンドロス。“生きて” 動いているのは彼らだけ、 他は死の彫像のようだ。
 2人は夜の広場で瀕死の馬に出会う。何度も喘ぎ、やがて動かなくなる馬の傍らで、幼いアレクサンドロスはこらえきれずに号泣する。 死に立会いながら旅を続ける2人。そして最後に、国境の川に舟を浮かべた姉弟を暗闇が包み、1発の銃声が響く。
 姉弟の生死が不明なままで夜が明けると、霧の中に1本の木が浮かび上がる。かつてオレステスが、拾ったフィルムの切れ端に写って いる、といったのと同じ風景だ。じっさいは白いだけで、そのフィルムには何も写っていないのだけれど、アレクサンドロスはオレステス から貰ったそのフィルムを大切に持っていた。

 駆けよった2人が、木に抱きつく姿を遠く写して映画は終る。幻想的なこのシーンが、私には、死んでしまった姉弟とオレステスが 再会した場面のように思えてならない。ヴーラとアレクサンドロスは国境の川を渡れなかった、そして入隊後に死んだオレステスは霧の 中の木となって2人を待っていた、というように・・・。
 姉弟の放浪は、“父”=故国ギリシャ、を求めるアンゲロプロス監督の心象風景なのだろうか。海から吊り上げられた人差し指のない手の 彫像は、行く先の分からない2人の旅を象徴していたのだろうか。さまざまな思いが交錯する。
 オレステスに再会できたことに希望を見るべきか、それが「死」の形であったことに絶望を見るべきなのか、私には分からない。ただ、 懸命に歩く幼い姉弟の後ろ姿が、何にもまして切ないだけだ。
  【◎△×】8

▲「上に戻る」