| 【 映画雑感 】No.121 |
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ストーリー レジスタンスの闘士が長い亡命の末に帰国し、そこで出会うつらい現実を劇中劇という二重構造で描いている。 次回作の主役を探していた映画監督のアレクサンドロス(ジュリオ・ブロージ)は、自分のイメージにぴったりのラベンダー売りの 老人が目の前を通りすぎるのを見かける。老人を追って埠頭まで行くと、場面は映画の中に一転し、32年前、ソ連に亡命した父スピロ (マノス・カトラキス)が船から降りてくる。 年老いたスピロが老妻カテリーナ(ドーラ・ヴァラナキ)と故郷へ戻ると、村では土地をリゾート会社へ売却する話が進行していた。 断固反対するスピロと村人の間には、深い亀裂が入る。 81年にギリシャの独裁制が終わり、本作製作時の83年は、好天続き(アンゲロプロスは曇天好み)や、主演のマノス・カトラキス が高齢であったために、撮影を延期するなどの苦労のなかで完成された。カンヌ国際映画祭で脚本賞と批評家連盟賞を受賞。 映画は、監督アレクサンドロスの新作の主役を決めるオーディション風景で始まる。ずらりと並ん男たちが1人ずつ机の前に進み出て、 一言、「私だ」というセリフを言って立ち去る。 さまざまなトーンで次々に発せられる「私だ」のセリフを聞いていると、じわじわと緊張感が高まってくる。この映画のテーマが、 前の大戦とそれに続いて起こった内戦でずたずたにされた、ギリシャ民族の失われたアイデンティティの追求であることが、ひしひしと 伝わってくるからだ。 解放戦線のゲリラだったスピロは内戦に敗れロシアに亡命した。32年ぶりに帰郷した彼が目にしたのは、スキー・リゾートという 開発計画に浮かれる村人の姿だった。スピロ一人が頑固に拒否
するために、リゾート会社は引き上げてしまい、貧しさからの脱出を期待
していた村人たちは、「今更なぜ帰って来たのか」と彼に冷たい視線を浴びせる。32年の空白はあまりに大きく、故郷にはにもはやスピロの居場所はない。荒寥とした丘に1本立つ木が、スピロの孤独を象徴して いるようで、印象深い。 国籍を失ったままのスピロは、村人との悶着がもとで滞在許可さえも取り消されてしまう。警察は彼をロシアに送り返そうとするが、 ロシア船は彼の意志が確認できないとして、乗船を拒否し、そのまま出航してしまう。処置に困った警察は、スピロを港の沖の浮き桟橋 に放置する。ギリシャでもないロシアでもない、まさに国境のはざまだ。 アンゲロプロス監督作品では、いつも難民や祖国を失った人々が大きな比重で描かれる。国籍のないスピロは、書類上、存在しない ことになっている。スピロはどこに行ったらいいのか。彼の居場所は、海と空の間の浮き桟橋の上しかないのか。 雨が降り、夜の帳(とばり)が降りる。長い別離の後にやっと再会できた老妻は、「一緒にいたい」と、1人ランチに乗ってスピロのもとに向かう。 夜明け、海は霧がかかり荒寥としている。スピロと妻の乗った筏が浮き桟橋を離れて、沖へ沖へと漂っていく。身を寄せ合い、じっと 立ち尽くす2人。次第に遠のき小さくなるスピロと妻カテリー
ナの姿で映画は終る。シンプルだけどなんともいえぬ衝撃を残すラスト
シーンだ。これまで何本か見たアンゲロプロス監督作品のなかで、私は本作が一番好きだ。劇中劇という二重の構図になっているにも関わらず、 ストーリーがシンプルで分かり易い。小品なのもいい。一番胸を打たれるのは、長い時間の経過の中で居場所を失ってしまった老人の 悲しみが、強いインパクトで迫ってくることだ。 昔、身命を賭して、彼が戦い守ろうとしたのはなんだったのか。彼の知る故国はもやは存在しない。帰ったがために、かえって スピロは帰るべき場所を失った。 海に漂い出た老人2人を待つのは、ふつうに考えれば「死」だろう。しかし、映画はそういうことをいっているのではないと思う。 波に揺られ漂い続けるような心許なさを、祖国に疎外されたさすらい人は生涯味わい続けなければならない。そのスピロの運命を暗示 しているのだと思う。彼の悲しみが暗鬱な海の情景から伝わって来るようだ。 【◎○△×】8 |