| 【 映画雑感 】No.95 |
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ストーリー 無償の愛を捧げる男の姿を描くラブロマンス。夫が政治犯として投獄された黒人女性シャンドライ(サンディ・ニュートン)は、祖国 アフリカを離れ、イタリアで医学を学びながら家政婦として働いている。雇い主のイギリス人音楽家キンスキー(デヴィッド・ シュウリス)は、作曲の傍ら子ども達にピアノを教えている。 静かな日々のなかで、ある日シャンドライはキンスキーから求婚される。突然のことで驚くシャンドライ。「君のためならなんでも する」というキンスキーの言葉に、シャンドライは思わず「夫を刑務所から出して!」と叫ぶ。「結婚しているとは知らなかった」と 詫びるキンスキー。 そして再び静かな日々が始まった。しかし家具や置き物が少しずつなくなり、ある日とうとうキンスキーの大切なピアノまでもが 売り払われた。そして夫から「釈放されたので逢いに行く」という手紙が届く。喜びの後で、シャンドライの心に不思議な戸惑いが 生まれた・・・。 キンスキーとシャンドライは同じ邸に住みながら、広い邸内でほとんど顔を合わすことはない。お互いの存在を強く感じながらも、 2人の間には抑制された静かな空気が流れる。そんな佇まいにとても惹かれる。台詞がとても少ない。一度心の底に深く沈んで、徐々に ラベンダーの淡い香りとともに浮上してくるような映画だ。 イギリス人の音楽家キンスキーは伯母の遺産でそこそこの暮らしをしているが、音楽家として立つほど才能があるわけではない。 世間との接点はピアノを習いに来る子どもたちくらいなもの。広い邸でピアノに向かい、発表の当てのない作曲にいそしむ姿には、 孤独の影が濃い。
そんなキンスキーがシャンドライに恋をする。しかし、生来の内気(デヴィッド・シュウリスそのまんまという感じ)と臆病さから、 想いを表に出すことをしない。シャンドライはそれを察知するけれど、政治犯として獄中に囚われた夫の救出という、重い課題を抱いて いて、それどころではない。 たがいの距離を縮めるような動きはなく、淡々とした日常が続く。それなのに、徐々に2人の間に醸成される濃密な空気。シャンド ライが掃除中に落とした布が、螺旋(らせん)階段の間を縫ってゆっくりと落下し、キンスキーに届くシーンなど、秘めたエロティシズムさえ感じてハッとする。 キンスキーはシャンドライの夫を救出するために自宅の高価な家具や骨董品を次々に売り払う。そしてついに大切なピアノも手放す ことになった時、教え子の子どもたちを前にして、初めての、そしてただ一度のコンサートを開く。 彼が精魂込めて作った曲を、子どもたちは退屈して少しも聞こうとはしない。1人抜け2人抜けして、庭で遊び始める。しかし、キンスキーは彼ら叱ろうとはしない。彼は自分の才能の限界をよく承知しているのだと思う。仕方ないと思っているのだ。しまいに演奏を止めて、庭で子どもたちと一
緒に遊び始める。このあと、ピアノを手放せば、音楽もシャンドライとの暮らしも、今の彼を支えるすべてを失うというのに。パステル画のような淡い明るさの中に、彼のあきらめと孤独が静かに満ちる、とても印象的な場面だ。 このコンサートの最中に、釈放されたことを伝える夫からの手紙がシャンドライに届く。交互に映されるこのシーンはとてもスリリング。 夫が訪ねてくる日の前夜、シャンドライはそれまで口にしたことのない感謝を伝えたくて、キンスキーに手紙に書く。しかし、何度 書き直しても思いが違う。苦しんだすえに彼女がたどり着いた言葉はただ一言、「愛しています」だった。その夜、2人はただ 一度だけ結ばれる。 シャンドライが去ったあと、キンスキーはきっとこれまで以上の孤独を感じることだろう。それでも私はこの結末を “よかった” と 思ってしまうのだ。“愛” の思い出は、ないもない孤独より、ずっと豊潤だと思うから。小品だけど、いつまでも心に残る大好きな 映画だ。 【◎○△×】8 |