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【 映画雑感 】No.109

カーマ・スートラ/愛の教科書


1996年  イギリス/インド  115分
監督 ミラ・ナイール
出演
インディラ・ヴァルマ、サリター・チョウドリー
ラモン・ティカラム、ナヴィーン・アンドリュース、レカ

  ストーリー
 『サラーム・ボンベイ』で鮮烈な監督デビューを飾ったインドの女性監督ミラ・ナイールが、古代インドの性愛の聖典 “カーマ・ スートラ” にヒントを得て映画化。
 16世紀のインド。貴族の娘タラ(サリター・チョウドリー)と召し使いの娘マヤ(インディラ・ヴァルマ)は幼なじみで、ともに 美しい娘に成長する。タラは藩王ラジャ・シン(ナヴィーン・アンドリュース)に嫁ぐことが決まっていたが、マヤを一目見た王は 彼女に惹かれていく。
 放浪に旅に出たマヤは、若き宮廷彫刻師ジャイ・クマール(ラモン・ティカラム)と出会う。ジャイによって、“カーマ・ スートラ” の指導者で、かつて先王の愛妾だったラサ・デヴィ(レカ)に引き合わされたマヤは、デヴィの説く愛の奥義に触れて、 ジャイへの想いを開花させる。
 ある日、工房を訪れたラジャは、ジャイの石像のモデルがマヤであることに気づく。一方、ジャイはマヤへの愛と彫刻師としての 修業の狭間で苦しんでいた。

  一口感想
 マヤを演じたインディラ・ヴァルマの美貌には息を飲んだ。私はインド女性に対して、たっぷりした豊満な身体と整っているけれど 目鼻立ちの濃い、どちらかといえば暑苦しい顔、という先入観を持っていた。ところが彼女は青天の霹靂(へきれき) とっていいほど違っていた。
 “蓮の女” という彼女の呼び名そのままに、ほっかり開いた白蓮のような香気とつややかさを持っている。ひかえめな仕草が徐々に 高まっていくセックス・シーンもとてもエロティック。この映画の 評点は彼女だけなら10点を献上したいくらいだ。

 マイナス3点は何かというと、マヤが側妾として宮廷に入る動機が釈然としないのだ。
 マヤに心を奪われるあまり彫刻に身が入らなくなったジャイは、これではいけない、と彼女に別れを告げる。するとマヤは、“カーマ ・スートラ” の「愛の法則」が愛する人に通じないなら、愛のない人に試してみたい、と王の召しに応じて宮廷に入ってしまう。あとの 悲劇を考えると、「え、そんな理由で?」とちょっとあっけに取られる。
 しかも、マヤとジャイの両方から悩みを打ち明けられて、それぞれに「待つように」「急いではいけない」と忠告していたラサは、 止めるどころかむしろ後押しする。先王の愛人だったラサは、宮廷に入ることがどういうことか分っているはずだ。 マヤの宮廷入りを留めるのが本当のような気がするのだが。

 思うにこれは、“カーマ・スートラ” の性愛の哲学を無理にストーリーにからめようとしたためではないだろうか。そもそも、娘たち に性愛の奥義を手ほどきするラサの存在が、ずいぶん中途半端なのだ。彼女は性愛における女性の自立や解放を唱えているようでもある が、実際にやっていることは、いかに男を喜ばせるか、ということだけだ。しかも映画の後半はぱたっと登場しなくなる。

 監督ミラ・ナイールが “カーマ・スートラ” から映画の発想を得たのはいいとしても、前面には出さずに、背景としてストーリーに 奥行きを感じさせる程度に収めたほうがよかったんじゃないかと思う。
 例えば、マヤとジャイのラブ・ストーリーではなく、マヤとタラの愛憎の物語に絞っても、面白かったかもしれない。
 マヤはタラと自分の身分差に納得せず、「ずっとお下がりしか与えられなかった」と不満を抱いている。よりによってタラの婚礼前夜、 彼女の夫になる男(藩王ラジャ)を誘惑し、「あなたの亭主は私のお下がりよ」と婚家に出発する間際のタラに囁く。
 見かけはたおやかで蓮の花のように美しいが、意外と怖い女なのだ。彼女のなかにひそむ “業”(ごう)の ようなものがもっと出たら、話はずっと面白くなったと思う。
 マヤへの妄愛で国を滅ぼしてしまうラジャ、夫の愛が得られずに苦しむタラ、マヤへの愛に殉じて刑死するジャイ、マヤを巡る人間 模様はすごく興味深い。それにしてはマヤの人物像が浅いような気がする。

 ろうそくが揺らめく絢爛たる宮殿、女性たちの長いベールが翻る衣装(優雅でほんとに美しい!)、岡の中腹の宮廷彫刻師たちの 仕事場など、古代インド宮廷内の様子がとても珍しい。豪華なご馳走を食べた気分になった。
  【◎△×】7

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