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【 映画雑感 】No.108

始皇帝暗殺


1998年  中国/日本/フランス/アメリカ  166分
監督 チェン・カイコー
出演
コン・リー、チャン・フォンイー、リー・シュエチェン、ワン・チーウェン
スン・チョウ、チェン・カイコー、クー・ヨンフェイ

  ストーリー
 後の始皇帝である秦王・政の暗殺未遂事件という歴史上の実話を元に、3人の男女の数奇な愛を描く。『さらば、わが愛/覇王別姫』 (93)のチェン・カイコー監督が中国・日本・フランス・アメリカの4カ国の総力を挙げて作り上げた歴史大河ロマン。
 紀元前3世紀、六国が乱立する戦国時代末期の中国で、秦王・政(リー・シュエチェン)は天下統一に向けて動き出す。陰謀の渦巻く 中、幼なじみの趙姫(ちょうき)(コン・リー)だけが、唯一彼が心を許す相手だった。
 秦が隣国・燕を攻める口実を作るため、趙姫は、政に恨みを抱く燕の太子・丹(スン・チョウ)のもとへ下る。趙姫はそこで稀代の 暗殺者・荊軻(けいか)(チャン・フォンイー)と出会う。
 政は側近の長信侯・ろうあい(ワン・チーウェン)の謀反や実の父親が宰相・呂不偉(りょふい)(チェン・ カイコー)であるという出生の秘密を知ったことで、深い疑心暗鬼に陥っていく・・・。

  一口感想
 名だたる刺客だった荊軻が非常に魅力的な人物として描かれている。冒頭の刀匠の一家を惨殺するシーン。逆光に透ける白い長衣を 翻して、1人また1人と斬り殺していく。そのたびに、背に 長く垂らした髪につけられた鈴が、ちりちりと小さな音を立てる。
 1人残された盲目の少女は「女は殺さない」という荊軻に、「生き延びたとて、身を売るか物乞いをするしかない」といって、薄い 胸に自ら短刀を突き立てる。呆然とそれを見つめる荊軻。静謐が凝固する。
 映画の導入として見事なだけでなく、“人殺し” を 生業(なりわい)としていても、彼の本性が荒み切っていないことを感じさせる場面だ。彼はこれ以後「人は 殺さない」と固く心に決めるのだ。
 荊軻が丸い大きな湯舟に両手を広げて浸かり、背後から趙姫が湯に浸した布で彼の身体を拭う場面も素晴らしい。シンプルで重厚で、 まるで名画を見るようだ。故国を持たない荊軻の悲しみが、趙姫によって癒されていく様子が、湯の温もりと彼の堂々とした体躯から 伝わってくる。
 歴史スペクタクルとしてのスケールを追うだけでなく、登場人物たちの心理まで浮き上がらせた ことで、この映画は厚みを増したと思う。

 政の側近・ろうあいも印象に残る。宦官として政のご機嫌伺いに没頭しているかに見えて、そのじつとてもしたたかな人物だ。政に 高楼に渡した板を歩かされる場面がある。怯えきっていた彼が、政がいなくなると、ずかずかと大胆な足取りでもとの場所へもどって 行く。あっと思わされる。
 謀反が失敗したあとは、部下を庇う心情を見せる一方で、政の出生の秘密を暴くという手酷い報復をして、いっそう政の怒りを掻きたて、 車裂きの刑になる。政の母后(クー・ヨンフェイ)との愛を貫き、不義の関係が最後は純愛のきらめきすら放つのだ。
 趙姫が架空の存在であるように、すべてが史実通りではないと思うけれど、中国なら3000年も前でもこんな複雑な人物が存在した かも知れない。そんな気がする。

 ところで “秦の始皇帝” というと、気の遠くなるような広大な中国全土を始めて統一した偉大な覇者ではあり、同時に、“冷酷 無残で非情” の専制君主、というイメージが私にはある。
 彼はそれまでばらばらだった度量衡や文字・貨幣を統一したり、道路を整備するなどして、為政者としては非常に優れた能力を持って いたけれど、厳しい法制や刑罰を人民に強いたり、「焚書 坑儒」の思想統制をしたり、恐怖政治を敷いた人でもあった。
 そんなイメージが先行して、彼が具体的にどういう感情を持って日々を送っていたのか、想像することすら難しい。本作がとても 意外で新鮮に感じられたのは、そういう秦王・政が生身の人間として描かれていたことだ。
 映画の中の政は、若い頃は少々軽い感じがしないではないが、戦乱を収め平和をもたらすのだ、と建国の理想に燃えるなかなかの 好青年だ。ハンサムな俳優が演じてくれたら、言うことなかった。

 しかし趙姫が、策略からとはいえ、燕国に去ってからどんどんおかしくなっていく。しっかり者の女性に傍で支えてもらわないと ダメ、というところがとても人間臭い。
 宦官・ろうあいの謀反、自身の出生の秘密を知る辺りから、彼の孤独が深まり、歩調をあわせるように猜疑心が強まっていく。権力を 握るほど、逆に追い詰められていく様子が見ていて苦しくなるほどだ。
 俯き加減の横目がぎらっと光るショットなどは、そうとうに凄みがある。
 しかし、本作の彼はあくまで心の奥には弱さを抱えている。趙国で再会した趙姫に縋りついて「もどってほしい」と懇願したり、 刺客・荊軻が死に際に浮かべた笑いを「なぜ笑う」「なんの笑いだ」とうろたえたりする。

 政が呂不葦を裁く場面、荊軻を刺し殺す場面で、“覇者” としての内なる声が現われて、甲高い声で彼を叱咤するのが印象的だった。 人間的な優しさや迷いを持っていは、覇王にはなれないということなのだろう。政はこうして自らの人間性を封殺して、皇帝への道を 歩んでいったのだと思った。コン・リーがすごく綺麗。優しさと凛とした強さをあわせ持った趙姫を見事に演じていた。
  【◎△×】7

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