| 【 映画雑感 】No.107 |
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ストーリー “アイゼンハワーの昼寝” と呼ばれた黄金の1950年代を舞台に、殺人事件の捜査に乗り出す3人の刑事の非情な生きざまを描いた クライム・サスペンス。 ロサンゼルスのコーヒーショップで、6人の男女が惨殺される事件が起きる。被害者の中には警察を首になったばかりの元刑事や、 彼と交際していたリタ・ヘイワースによく似た娼婦がいた。 出世のためなら仲間を告発することも辞さないエリート新人警部補エド(ガイ・ピアース)、人気テレビ番組の監修に首を突っ込ん だりしているマスコミ好きの刑事ジャック(ケヴィン・スペイシー)、そして熱血漢のバド(ラッセル・クロウ)というロサンゼルス 市警の3人の刑事は、捜査を続けるうちに巨大な陰謀が隠された事件の真相を知る。 ジェームズ・エルロイの警察小説の映画化。アカデミー脚本賞と、1940年代ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれた女優 ヴェロニカ・レイクに似た高級娼婦リンに扮したキムベイシンガーが助演女優賞を獲得した。 今回が3回目の観賞だが、見るたびによく出来た映画だと感心する。核になる3人の刑事、ジャック、バド、エドがそれぞれにとても 魅力的だ。なかでも、私はケヴィン・スペイシーが扮するジャックに引かれる。 清廉潔白という刑事ではない。タブロイド紙に情報を流して小銭を稼いだり、同僚刑事が逮捕者に暴力を振るうのを傍観したり、 どこか「人生捨てた」感じがある。警察組織の裏も表も知り尽く
し、かつての理想も色褪せて、今は適当に刑事人生を送っている、
そんな醒めた感じを全身にまとっている。しかし、刑事として堕落しているわけでもなく、そこそこ正義感は持っている。ケヴィン・スペイシーはけだるい顔に一瞬ちらりと 見せる表情で、そんな複雑な性格の男を巧みに演じて見せる。 ジャックは若い上司のエドを、出世主義の若造、と内心小馬鹿にしている。そのエドが彼に捜査協力を依頼するシーンがある。初めは 白けた顔で聞いていたジャックが、エドの話が終った時サッと立ち上がって背広を着る。無言のその仕草に「分かった。引き受けた」と いうメッセージがこもっている。妙にかっこいい。 警察に見切りをつけたように見えるジャックだけれど、意気に感ずる心はまだ残っている、ほんとうは彼も本気の捜査をしたいんだ、 そんなことがたったそれだけの仕草の中にありありと感じら
れるのだ。ほんとにうまい。ケヴィン・スペイシーは『アメリカン・
ビューティー』(99)でオスカーを取ったけれど、私なら断然この映画であげる。エドに扮したガイ・ピアースもいい。初めは未熟な正義感を振り回すだけの出世主義者のように見えるが、だんだん現実を計算する したたかさと理想主義を併せ持った、一筋縄でいかない若者だということが分かってくるのだ。とくに、上司のスミス警部が “ロロ・ トマシ” の名を出した時にすべてのからくりを察知する、その瞬間の表情がじつにいい。 嫉妬に狂ったバドが猛烈な勢いで暴れ回る時も、リンと関係したことを一言も弁解せず、ひたすら「黒幕が分った、共に闘おう」と 説き続ける。出世を狙う計算高さを持ちながら、彼の正義感は筋金入りなのだ。ジャックに劣らぬ複雑な男、それがエドだ。
2人とは対照的にバドは単純で直線的な男だ。生い立ちの不幸から、女に暴力を振るう男を許すことが出来ない。暴力を嫌悪しつつ、
しかし彼が武器として使うのは、理性や知性でなく、やはり暴力なのだ。そんな矛盾を背負った哀れさがバドにはある。ラッセル・
クロウの暗い眼がぴったりだ。キム・ベイシンガーは、『ナイン・ハーフ』(85)の絶頂期の彼女にぞっこんだった私としては、容色の衰えがちょっと悲しい。 もっともこれはこれで、高級娼婦の陰影を感じさせて、悪くないのかもしれない。 複雑にからんだ事件が最後はすっきり解決され、3人の刑事も納まるところに収まって(収まり方はずいぶん違うけど)、映画を 見た!という気分になれる作品だ。 【◎○△×】8 |