| 【 映画雑感 】No.101 |
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ストーリー 『明日に向かって撃て!』のジョージ・ロイ・ヒル監督が、再びポール・ニューマンとロバート・レッドフォードとド組んで作り あげた娯楽映画。1930年代のシカゴを舞台に、詐欺師のグループがギャングの親分を騙し、50万ドルの大金をせしめるまでを 描き、アカデミー賞では作品賞、監督賞など7部門でオスカーを獲得した。 シカゴの下町を根城にケチな詐欺を働いていたフッカー(ロバート・レッドフォード)ら3人組のチンピラは、大組織の手下と知らず 一人の男をカモって大金を手にする。 怒った組織はフッカーの育ての親、ルーサーを殺害。ルーサーを殺したのが大親分のロネガン(ロバート・ショウ)だと知ると、 フッカーはルーサーの親友ゴンドーフ(ポール・ニューマン)とともに復讐を計画する。ゴンドーフは昔の詐欺仲間を集め、競馬の インチキ・ノミ屋を開いてロネガンを待ち受ける。 みんなが寄ってたかって、暗黒街の大物ボスをペテンにかける、というストーリーがまず痛快だ。大芝居を打つという言葉があるが、 まさに文字通りの “大芝居” だ。騙しのプロたちがブロードウェイのオーディションでも受けるみたいに神妙な顔で面接を受け、 「イギリス人に変装するのは自信がある」なんて自分を売り込む。 ひと通り人選が済むと、今度は持ち場決めだ。馬券売りの受付係りに、店内バーの店員、競馬の偽中継の実況アナウンサー、放送を 聞きながら店内にたむろする客たち、と役割もなかなかきめが細かい。「これじゃ騙されるわ」と思わず唸ってしまう。 これだけでも、作り話の楽しさに満ち満ちて、「うまくいくかなぁ」とワクワクしてしまうのだが、悪
役を引き受けるロバート・ショウがいい。彼は007シリーズの傑作『ロシアより愛をこめて』(63)の殺し屋がすごいインパクトだった。鋼のようにゴチッとした体型で、 煮ても焼いても叩いても、絶対死なない不死身の男。それが本作では、さらに頭脳の鋭さも感じさせる凄みを備えた。 彼の鋭い眼光を見るたびに、いつばれるかとハラハラしてしまう。敵役が貫禄あればあるほど、計画がうまくいった時の爽快感は 強い。それでいながら憎みきれない愛嬌がある。まさに適役だ。 しかし本作の醍醐味は、してやられるのがロネガンだけではない、観客そのものが見事に一本取られる痛快さにある。ラストの 鮮やかな大ドンデン返し。結末を知っているのに、何度も見てもやっぱり「やられたぁ」と言いたくなる。 さらに途中にいくつも大技・小技の “騙し” が仕掛けられる。フッカーをしつこく追いかけ回す悪徳警官 スナイダー(チャールズ・ダーニング)が落ち込む罠、フッカーすらあやうく殺されかかる殺し屋サリーノの正体。大芝居のほうに気が 取られている間に、いつの間にかこれらの罠に観客もまんまと引っかかってしまう。それがまた楽しい。 ゴンドーフがいかさまでロネガンを仕留める列車内賭博のシーンが面白い。ロネガンの名前を何度も間違えて呼んで、さんざん 悔しがらせるところなんか、悪ガキのいたずらそのまんまという
感じ。ゴンドーフに扮するポール・ニューマンってほんとうに華がある。スターって彼のような人いうんだなぁ、といつも思う。 それに比べると、レッドフォードは不思議な俳優だ。耀くような美貌をしているのに、どういうわけかいつも共演者の良さを引き立てる脇役 めいたところがある。ぎらぎらしたところがないのだ。でも、そこが彼の良さだ。そこが私は好き。 ゴンドーフの愛人ビリーを演じたアイリーン・ブレナンもいい女優だなぁと思う。男に尽くしても恩に着せず、いつか去っていくと 割り切って、時が来ればあっさりと別れる。人生の哀感を知り尽くてなお崩れてしまわない気風(きっぷ)の よさがある。美人でもなんでもないけど、こういう人が本当の「いい女」なんだと思う。 ラグタイム・ピアノ(というんだそうだが)を使ったテーマ曲が響き始めると、たちまち気分は30年代のシカゴにタイムスリップ する。時代のファッションを忠実に再現したレッドフォードの縦縞の背広や小粋な帽子、全体を7つの章に分け、それぞれに本の扉のようなタイトルをつけた構成などがノスタルジックな雰囲気を醸しだして、ストーリーのなかに心地よく誘いこまれる。何度見ても大きな満足感が心を浸す。 【◎○△×】9 |