| 【 映画雑感 】No.79 |
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ストーリー ロッキー山脈の大自然を舞台に、文明を逃れて山の勇者になっていく男の姿を描く。 1850年代の西部、ジェレマイア・ジョンソン(ロバート・レッドフォード)はロッキーの山中で猟師として生きていこうと 決意する。たった一人で大自然の猛威や先住民の脅威と闘い、山中で出会ったデル・ギュー(ステファン・ギラシュ)や “熊の爪” (ウィル・ギア)から山で生きる知恵を教えられ、ジェレマイアは次第に一人前の山の男へと成長していく。 やがて家族を先住民に殺された開拓者一家の少年(ジョシュ・アルビー)を引き取り、先住民の酋長の娘(デル・ボルトン)を妻に 迎えて、森の中で暮らし始める。しかし3人の平穏な日々は長くは続かない。 ジェレマイアが不思議な縁で結ばれて、“家族” を作っていくプロセスに引かれた。彼は、先住民に家族を殺されて気の触れた開拓者 一家の女から、生き残った息子を預けられる。 一方で、プレゼントの返礼として、酋長の娘スワンを妻として贈られる。断われば酋長を侮辱したことになり、大変な事態になる。 こうして、1人になることを求めて山に入ったはずのジェレマイアが、心ならずも2人の “擬似家族” を抱えてしまうのだ。
ケイレブと名付けた少年はショックで口が利けなくなっているし、スワンとは言葉が通じない。3人の間では会話によるコミュニ
ケーションは成り立たない。考えてみればずいぶんと変な集団だ。しかし、女も少年もそんな関係に少しも痛痒を感じていないらしく、“寡黙な山の男” のはずのジェレマイア1人がバタバタ困惑 する。この辺りは、なんだかんだ言ってもやっぱり彼も文明人のハシクレだなぁと可笑しくなる。 3人が小川のそばに静かな空き地を見つけ、家を作るプロセスが好きだ。ジェレマイアが木を切り、丸太を組み立て、スワンと ケイレブが隙間を泥で埋めていく。こうして自分たちの家を作っていく過程のなかで、3人は次第に本当の “家族” になっていく。 家は “家族” とか “家庭” のシンボルだと改めて感じさせられる。 温かい陽射しを浴びながら、ボール遊びに興じる3人。彼らを包む静かな幸せが伝わってくるシーンだ。
それだけに、その直後に3人を襲う運命の過酷さに暗然とさせられる。遭難した白人開拓者の一行を救うために、ジェレマイアは
救援の騎兵隊に道案内を頼まれるのだ。先を急ぐ彼らは先住民クロウ族の聖地(祖先の霊を祀った墓地)に、ジェレマイアの制止も利かずに踏み込み、通過する。本来は 立ち入ることを避けなければならない土地なのだ。そのためにクロウ族の怒りを買い、先導したジェレマイアの小屋が襲われて、 ケイレブとスワンは虐殺されてしまう。 救援隊の中にいたキリスト教牧師がじつに傲慢だ。彼にとっては己の信ずる宗教のみが価値あるもので、異人種の文化・宗教に 対してはまったく敬意を払わない。ジェレマイアは小屋を焼いて2人を弔ったあと、クロウ族への復讐を始めるのだけれど、彼の悲劇の 本当の源は、牧師に象徴される白人の傲慢さではないかと思った。 やがてクロウ族にすら勇者と認められたジェレマイアは、再び一人で山の奥に消えていく。 彼の寡黙さ、温かさ、沈着さ。彼とひと時の友情を交わすデル・ギューや “熊の爪” の孤高の勇猛さ。自力で厳しい自然を生き抜き、 そして人知れず老いて死んで行く山の男たち。レッドフォードの映画の中では一番好きな作品だ。 【◎○△×】7 |