| 【 映画雑感 】No.74 |
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ストーリー レイ・チャールズの生涯を、『愛と青春の旅立ち』のテイラー・ハックフォード監督が15年にわたる彼との交流の中でまとめ上げた。 光だけでなく影の部分も余すことなく描くことを望んだレイ・チャールズは、2004年6月、映画の公開を見ることなく73歳で亡く なっている。 レイ・チャールズ・ロビンソン(ジェイミー・フォックス)は、7歳の時、弟の溺死を目の当たりにしながら何も出来ず、9ヵ月後 にはみずからも視力を失う。母は幼い彼を決して甘やかさなかった。 1948年、17才でシアトルに出たレイは、音楽の才能を開花させ「盲目の天才」と評判になる。やがてゴスペルとR&Bを 融合させた新しい音楽、“ソウル” を誕生させるが、弟の死はトラウマとなって彼を苦しめ、レイは麻薬に手を出すようになる。 名声が高まる中で、次々と女性関係を重ね、その生活は荒んでいく。1965年、カナダ公演にヘロインを所持したことが麻薬密輸の 罪に問われたレイは、自ら更正施設へ入り、薬を断ち切る決意をする。 レイ・チャールズに扮したジェイミー・フォックスは本作でアカデミー主演男優賞を獲得した。 レイ・チャールズに扮したジェイミー・フォックスがあまりにそっくりなのにまずびっくり。顔の輪郭、歩く時身体を横に振る仕草、 そして歌う時のあの独特の身ぶりと笑顔、演じているというより、レイ・チャールズ本人が乗り移ったかのようだ。 彼がステージで空いた時間の穴埋めに、即興で「ホワッド・アイ・セイ」を歌うシーンがいい。タンバリンを腰に打ち付けてリズムを 取っていたバックコーラスが、メロディを飲み込むとサッとハーモニーを付け始める。聞いていて恍惚感を覚えるほど見事な呼吸の 合い方だ。音楽をやる醍醐味ってこういうところにあるんだろうな、と思わされる。
レイが、愛人だったマージー(レジーナ・キング)と掛け合いで歌う「旅立てジャック」もすごい。マージーが、自分を捨てようと
しているレイへ怒りをぶつけるように歌う。レイはそれをがっちり受け止めて、音楽の高みへと持っていく。彼の歌は彼の人生そのもの
から生み出されている。それがとても強く感じられる場面だ。初めはナット・キング・コールやチャールズ・ブラウンのもの真似といわれていたレイが、やがてゴスペルとR&Bを融合させた彼 独自の音楽 “ソウル・ミュージック” を作り出していく。 その一方で、ヘロインに溺れ、次々と愛人を作り、妻子を愛しながらも家庭にはほとんど寄りつかない。天才ミュージシャンの大方が 辿る人生の軌跡を、彼もご多分に洩れずなぞる。 けれど、ほどよく挟み込まれるなじみ深い曲の数々が、映画をありきたりのものと一線を画したものにしてしまう。「我が心の ジョージア」「アンチェイン・マイ・ハート」「愛さずにはいられない」・・・。これらの演奏シーンを見るだけでも、上質の音楽 映画だけが持つ興奮に引き込まれる。 登場人物の中では、レイの母親アレサ(シャロン・ウォレン)に引かれた。幼い次男を事故で失い、残された長男レイ(C・J・ サンダース)は原因不明の病で失明する。しかし、彼女は気丈にこの悲運に耐える。息子を甘やかすことなく、「毅然と生きろ」と 教えるのだ。「だれにも盲目だなん
ていわせるな」と。彼女の厳しさには溢れるほどの愛が感じられる。それが分かるのが、レイが戸口で転び、母に助けを求めるシーンだ。甘えた声で 「ママ、ママ」と呼ぶレイのところへ行きかけた母が、ぐっとこらえる。 そのうち、あきらめたレイは “音” に気が引かれだす。家の外を動く微かな風の流れ、床を這う昆虫の足の摺り音・・・。 テーブルの下にもぐって虫を捕まえた彼は、母がそこに佇む気配も聞く。「ママがいるの知ってるよ」という彼を、母は抱きしめる。「耳が目の代わり」というレイが、「耳で見る」ようになったのはこの 時からなのだ。 中年になったレイが夢で母と弟に会うシーンが感動的だ。自分よりも若い母の膝に頭を埋めて泣くレイ。弟が「レイは悪くない」と いう。母はレイの頭を抱いて、静かに諭し励ます。 これがきっかけで、レイは麻薬中毒から抜け出す。彼にとって、母は生涯でもっとも大切な人だったのだと、痛切に感じられる シーンだ。奇をてらわないオーソドックスな作りの映画だけれど、それだけ一層沁みいるような余韻が残る。 【◎○△×】8 |