| 【 映画雑感 】No.73 |
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ストーリー 性格俳優として知られ、映画監督としても非凡な才能を持ち “インディペンダント映画の父” と呼ばれたジョン・カサヴェテスが、 従来とはまったく作風を変えて手がけた娯楽アクション映画。ヴェネチア国際映画祭で作品賞を受賞し、ジーナ・ローランズは アカデミー主演女優賞にノミネートされた。 ニューヨーク・サウスブロンクス。アパートの住人、プエルトリコ人のジャック(バック・ヘンリー)が、ライフルを持って 踏み込んだ数人の男たちに家族もろとも惨殺される。マフィアの経理係をしている彼が組織の秘密をFBIに売ったためだ。 その直前、コーヒーを借りに一家を訪れたグロリア(ジーナ・ローランズ)は、ジャックから6歳の息子フィル(ジョン・アダムズ) を託される。彼女はかつて組織のボス、トニー・タンジーニ(バジリオ・フランチナ)の情婦だったが、フィルの命と経理のノートを 狙う組織に反撥し、フィルを連れて逃走を始める。 カサヴェテス監督はこの映画を作る時、日本映画の『子連れ狼』をヒントにしたのだそうだ。子ども連れで修羅場をかいくぐる、 しかもその子どもが重要なポインになっている、というところはたしかに似ている。 しかし、大きく違うのは、拝一刀にはしっかりした父性愛があるが、グロリアには初めは母性愛なんてぜんぜんないことだ。「子供は 嫌い」とはっきり言い、その場の成り行きでつい引き受けてしまったけれど、ほんとはフィルを放り出したいと思っている。 ところが、街角で2人を追ってくる組織のメンバーの車を見て、突然彼らに拳銃をぶっ放す。この映画で一番面白いのはこのシーンだ。 グロリアは裏社会で生きてきた女だけど、まさか昔の仲間を撃つとはギャングたちは思ってない。さぞびっくりしただろうと思う。 見ているこっちもびっくりだ。でも一番驚いたのは、拳銃を撃ったグロリア本人じゃなかったろうか。
「こんな小さな子をやつらの手には渡せない」。自分の中に突然湧き上がった衝動ーーこれまで意識したことのなかった母性愛が、
グロリアを突き動かしたのだ。そのあとの彼女の表情がなんとも言えない。「あー、とんでもないことをしてしまった」「これでもうあとに引けなくなった」 「この子を連れてとことん逃げるしかない」・・・・・・。 そんな思いが一瞬の内に交錯しているのが手に取るように分かる。ジーナ・ローランズ、さすがだなぁと思う。 グロリアがアパートで玉子焼きを作るシーンがある。焦げついてフライパンからうまく外せない。するとグロリアはいきなり フォークで卵をぐしゃぐしゃに引っ掻いて、フライパンごとゴミ箱に放り込んでしまうのだ。 彼女の荒れて乾いた心情を感じさせる場面だ。この短いシーンで、彼女がこれまでどういう人生を送ってきたかが一瞬に分かる。その グロリアが、フィルを必死で守ろうと逃げ回る中で、徐々に
人間らしい潤いを取り戻していく。この辺りは、アルゼンチン映画の『セントラル・ステーション』(98)と共通したモチーフだが、本作ではさらにグロリアが女 だてらにガンガン銃をぶっ放す。相手はマフィアの組織というのだから、覚悟の座り方だって並大抵ではない。そんなハードボイルド・ タッチの魅力がある。 フィルを演じる少年ジョン・アダムズもなかなかいい。「ぼくは男だ」と突っ張っていても、ほんとは心細くてたまらない。「ブタ」と悪態をつくかと思えば「愛してる?」と聞いたりする。グロリアを「ぼくのパパで、ママで、家族で親友」、といって最後に「それから恋人」と付け加える。グロリアもトニーに「あの子は私が寝た中で最高の男」という。2人の間に通うものをベタベタした母子の愛にせずに、さらりと男女の愛に擬するところがにくい。 手帳を手に入れたことで、最終的にはグロリアとフィルと見逃すことにする組織のボス、トニーもなかなか粋な男だ。かつては本気で グロリアを愛したことがあったんだな、と思わせる。 少年と中年男、どちらも情がありながらも乾いた感覚が私は好きだ。 【◎○△×】8 |