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【 映画雑感 】No.64

春夏秋冬そして春


2003年  韓国  102分
監督 キム・ギドク
出演
オ・ヨンス、キム・ジョンホ、ソ・ジェギョン
キム・ヨンミン、キム・ギドク、ハ・ヨジン

  ストーリー
 深い山間(やまあい)の湖にひっそりと小寺が浮かんでいる。ここで老僧(オ・ヨンス)と暮らすと幼い 見習い僧(キム・ジョンホ)が、無邪気に殺生の業を背負う “春”。
 見習い僧は青年(ソ・ジェギョン)となり、療養のために寺を訪れた少女(ハ・ヨジン)と恋をし、初めて性の欲望を知る “夏”。 寺を出た青年が自分を裏切った妻を殺し、逃亡犯(キム・ヨンミン)として戻ってくる “秋”。
 壮年となり心身の鍛錬に励む男(キム・ギドク)の前に赤子を抱いた女が現われる “冬”。そしてふたたび “春”、老僧となった 男は、寺に預けられた赤子を育てている。
 韓国映画界の鬼才、キム・ギドク監督が、人間の一生を四季の移ろいに重ね合わせ、平安を求めてあがく人間の業を詩情豊かに綴って いる。

  一口感想
 映像が息を飲むほどに美しい。山奥の小さな湖にぽつんと浮かぶ寺。瑞々しい新緑の春から、息づく生命のせめぎあいを表わすような 濃緑の夏、紅葉と黄葉が錦を織りなす秋、そして湖面が白い氷におおわれる冬。四季の移ろいが、寺の佇まいとともに幻想的な世界を 作り出し、まるで一幅の東洋画を見るようだ。

 しかし、ここで繰り広げられるのは人間の業をめぐる生々しい物語だ。
 人生の“春”。寺に預けられた幼い子どもが、生き物をむごい目に合わせるシーンにまずドキッとさせられる。子どもは魚やカエル、 蛇に糸で石をくくりつけて水に放つのだ。
 小さな石でも小動物には身動き取れないほどの重さだ。水中で必死にあがく彼らは、重い業を 背負わされているように見えて、目をそむけずにはおられない。
 老僧は子どもの後をつけ、その行為を止めずに蔭からじっと見ている。そして、小動物たちの苦しみを子どもに自分の身体で 知らしめるために、夜、彼が寝ている間に、背中に重い石をくくりつけてしまう。
 最初の魚の時に、子どもを叱って止めさせれば、彼は カエルと蛇を苦しめなくて済んだ。最後まで罪を犯させた上で罰する老僧が、私には怖ろしい。

 人生の“秋”。かつての少年は青年となり、妻殺しの犯人として寺にもどって来る。
 老僧は寺を巡る廊下に般若心経を書き、これを一文字一文字ナイフで刻むように男に命ずる。追ってきた刑事たちを一晩待たせて、男は手を血で真っ赤に染めながら、刻んでいく。
 男のなかに燃えたぎっていた怒りが徐々に浄化されていくのが伝わってくるとても印象的なシーンだ。
 翌朝、男が連行されるのを見届けると、死期を悟った老僧は、湖上に舟を漕ぎ出して舟もろとも炎上する。燃え上がる炎の静けさ から、かえって壮絶な死を思い知らされるようだ。
 初めは冷徹に思えた老僧だが、そうではなく、彼の生死の底には透明に研ぎ澄まされた諦念があることを感じた場面だ。

 刑期を終えて、男が帰ってくる“冬”。彼は凍った湖面に穴を開け、そこで魚を釣り上げる。
 ある日、顔を布で隠した女が赤子を預けに来る。逃げるように立ち去る女は、男の開けた穴に落ちて死んでしまう。赤子が氷上をハイハイしながら母を追う。
 男は自分をめぐる罪業を償うかのように、かつて小動物にしたように腰に重い石臼を縛り付けて、山を登る。このシーンで流れる「アリラン」の魂を絞り上げるような唄声は、全体が抑制された静謐さに満たされているだけに、異様な迫力で迫ってくる。
 岩山の頂上にたどり着くと、男は抱えてきた観音菩薩像を安置し、傍らに座って合掌し祈る。

 ふたたび“春”、かつての老僧と少年のように、男は幼子を育てている。幼子は無邪気にカメを虐めて遊ぶ。
 罪が犯され、浄化される。そして、浄化された罪がまた犯される。キリスト教世界なら、ここで魂の救済を神に求めるのかもしれない。 しかしこの映画は、ただ人間の業として繰り返される“罪業”を見つめる。

 これが仏教的世界なのかどうか私には分からないが、欧米映画とは明らかに違う精神世界がここにはある。登場する小動物が、キツネやウサギといった獣ではなく、魚や蛇、カエル、カメという水に近い生き物であることも、象徴的な意味を持つように思える。
 キム・ギドク監督の映画を見るのは初めてだが、異才といわれるだけの才能の持ち主だと痛感する。自然があまりに美しく詩情に溢れ ているために、いっそうそこで綴られる人間の罪業が森(しん)とした深さを持つように思えた。
  【◎△×】8

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