| 【 映画雑感 】No.58 |
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ストーリー 戦争によって深い心の傷を受けた男女の愛を淡々と綴っている。カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞。 パリの郊外でカフェを営むテレーズ(アリダ・ヴァリ)は、ある日、店の前を通り過ぎた一人の浮浪者(ジョルジュ・ウィルソン)を 見て驚愕する。男が第2次大戦中にゲシュタポに連行されたまま消息を絶った夫アルベールに瓜二つだったからだ。 しかし、セーヌ河岸の小屋に住む男は記憶を喪失していた。 テレーズは男が夫アルベールに違いないと確信し、彼の記憶を呼びもどそうと努力する。アルベールの叔母と甥を故郷から呼び、男に 聞こえるように家族のことを話題にしたり、男を招いて2人だけの晩餐をする。しかい男の表情に変化はなかった・・・。 テレーズに、叔母と甥は「あの男はアルベールではない」という。 テレーズが彼を初めて町でみかけた時、愕然としたほどだから、面差しはよく似ているのだと思うが、おそらく雰囲気がまるで違って いたのだろう。闊達で生き生きして、魅力的な紳士だったに違いないアルベールと、目の前にいる魂を失ったように生気のない表情を した男。 でも、私はテレーズと同様、男はやはりアルベールだと思う。そうでなければ、あのラスト・シーンの鮮烈な出来事は起きないはずだ。 2人だけの晩餐のあと、背を向けて立ち去っていく男にテレーズは思わず「アルベール!」と呼びかけるのだ。しかし、男は 反応しない。心配して外に出ていた近所の人たちも口々に「アルベール!」と呼ぶ。それでも男は歩みを止めない。
ところが、集まっていた人たちの中に警官が混じっていて、彼も一緒に男に呼びかけたのだ。「アルベール!」と。警官の声がひときわ大きく夜の闇に響く。 すると、男は立ち止まり、ゆっくり両手を挙げたのだ、「手を上げろ!」と命令されたかのように。 私はこのシーンに脳天を殴られたようなショックを受けた。 下から仰ぐようにアップになった男の顔が恐怖にこわばっている。男はアルベールだ。この瞬間私はそう確信した。警官と ゲシュタポの官憲は、どちらも一般人とは違う独特の声の響きをしていたのだと思う、威圧的な恐ろしい声音を・・・。 それが封印された彼の記憶を微かにほどいた。彼はゲシュタポに逮捕された時の恐怖を甦らせたのだ。愛する人の呼びかける声すら 届かなかった彼の記憶が、戦争の恐怖だけに反応した。それが私にはショックだったのだ。
それから男は猛然と走り出す。まるで逮捕を逃れようとするかのように。男の前に猛烈な勢いで
直進して来る、トラックのライトのまばゆい光。男がそのトラックに轢かれたかどうかは分からない。しかし無事だったとしても、おそらく彼はもうこの町には近寄らないだろう。 無事だったとしても、本当は死んだのだとしても、テレーズにとっては同じことだ。どれだけ待っても、もう彼はもどって来ない のだから。 これから彼女にとってこれまで以上に “長い夫の不在” が始まる。 1つ気にかかることがある。立ち止まって両手を挙げた男の恐怖に引きつった顔を、テレーズは見ていない。彼女が見ていた のは終始男の背中なのだ。 テレーズは、なぜ男が両手を挙げ、それから突然走り出したのかを、これからずっと考え続けることだろう。それは、なぜ アルベールはもどらないのかと考えるよりも、もっとテレーズには辛いことではなかろうか。 2人だけの初めてダンス・シーンがあまりに美しかったので、その直後の残酷な別れに、そんなことを思った。 【◎○△×】8 |