| 【 映画雑感 】No.38 |
|
ストーリー 『ライオン・キング』で一躍名を上げた舞台出身の演出家ジュリー・テイモアが、シェークスピアの戯曲『タイタス・ アンドロニカス』を映画化している。 古代ローマの名将軍タイタス(アンソニー・ホプキンス)はゴート族との戦いに勝利し、女王タモラ(ジェシカ・ラング)と3人の 息子を人質に凱旋する。タイタスは戦いで死んだ息子たちの恨みを晴らすため、女王タモラの長男を生け贄とする。命乞いが叶わな かったタモラは復讐を誓う。 その頃ローマでは亡き皇帝の長男サターナイナス(アラン・カミング)と弟パシアナス(ジェームズ・フレイン) が帝位継承を巡り争いを繰り広げていた。裁定を委ねられたタイタスはサターナイナスを皇帝に指名し、パシアナスと恋仲だった娘 ラヴィニア(ローラ・フレイザー)を嫁がせようとする。しかし、タモラの色香に迷ったサターナイナスは彼女を皇后とし、タイタスを 失脚させる。 一方、タモラは愛人アーロン(ハリー・レニックス)とともに復讐の策謀をめぐらしていた。 『タイタス』はシェークスピア戯曲「タイタス・アンドロニカス」の映画化だそうだ。シェークスピアにこのような戯曲があるとは 寡聞(かぶん)にして知らなかった。どこからどこまで残酷一辺倒、「人肉喰い」まで登場するんだから恐れ 入る。こうまで徹底すると、人間の暗部を抉(えぐ)り出されるような嗜虐的な通快感すら湧いてくる。 亡くなった皇帝の後継者争いをするサターナイナスとその弟バシアナスが、群集の前に車やオートバイに乗って登場したり、皇帝の 住む宮殿の造りや登場人物が身に着ける衣装が、現代のものなのだが古代風にデザインされていたり、現代と古代ローマを衝き合わせた ようなダイナミックで斬新な演出が面白い。ひさびさに壮大なスペクタクルを見た思いになる。
とくに冒頭のローマ軍の凱旋シーンが素晴らしい。人形で戦争ごっこをしていた少年が、突如タイムワープのように現代から古代
ローマにスリップする。そこは深夜のローマ・コロッセウム。昔はやった超合金ロボットのような鎧姿の兵士がずらりと並び、
ガシャ・・、ガシャ・・、ガシャ・・、と重い音を響かせて行進する。柱廊から広場へ、さらに中央へと進む兵士たちの荘厳な動き、
際立つ静寂、暗闇に差し込む鋭い光と影、・・・すべてが様式的な美しさに満ちている。監督のジュリー・テイモアは『ライオン・
キング』を演出し、女性では初めてトニー賞を受賞した舞台監督だそうだが、実際、舞台演劇を見ているような恍惚感さえ湧いてくる。彫像のように身じろぎもしない男たちの裸体の群像が、逆光に浮かび上がる浴場のシーンも美しい。 悲劇はタイタスがタモラの長男を惨殺した時に種が蒔かれ、サターナイナスを次期皇帝に指名したことで本格的に転がり始める。 タイタスはなぜサターナイナスを後継者に選んだのだろう。一見豪胆なタイタスだが、意外に律儀な小心者で、人物を見るよりも長男・ 次男という長幼順に囚われたのだろうか、もう歳で単純に耄碌(もうろく)しただけなのか・・・、などといろ いろと思いはめぐる。 しかし私が一番興味を引かれたのは、じつはタモラの愛人の黒人側近アーロンだった。一片の良心もなく悪を貫き通し、その悪に殉じて死んでいく。その「生きざま」「死にざま」はいっそ潔いほどだ。徹底した悪人の 彼が、背中に負ぶったわが子を命がけで守るのも、ちょいと泣かせる。彼を主人公にしたドラマを作っても面白いものになりそうだな、 と思ったりした。 【◎○△×】7 |