| 【 映画雑感 】No.34 |
| 大人の見る絵本 |
| 生れてはみたけれど |
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ストーリー 小津安二郎監督のサイレント期を代表する作品。東京近郊の住宅地を舞台に、子供の視点から大人のサラリーマン社会の矛盾と悲哀を ユーモアを織り交ぜて描いている。 東京の郊外に引っ越してきたサラリーマン一家には2人の子供がいる。長男・良一(菅原 秀雄)と次男・啓二(突貫小僧)。2人はたちまち近所のガキ大将になり、近くに住む父親の上司・岩崎(坂本 武)の息子・太郎(加藤 清一)も家来にしてしまう。 彼らは父親自慢をし合うが、良一・啓二兄弟は自分たちの父親(斎藤 達雄)が一番偉いと信じて疑わない。ところがある日、太郎の家で催された会社の実写フィルム映写会で、彼らは会社で太郎の父にへつらう父親の卑屈な姿を見る。驚き怒った兄弟は、なぜ太郎の父より偉くないのか、と父親に尋ねる。 今までいくつか見た小津作品は、どうも肌に合わないというか、ピンと来る作品は少なかったが、この映画が初めて心から面白いと 思えるものだった。サイレント映画だが、まるで画面を通して子供たちの声が聞こえているような錯覚が起きる。それほど生き生きと 子供たちがスクリーンの中で躍動している。 いろいろ面白い光景が登場する。まずは主人公の兄弟が朝登校する時、かぶった帽子の上にちょこんと弁当を乗っける姿。よく落っこ とさないものだと感心する。なにか意味があるのかと思うとそうではないらしく、なんということもなく毎日繰り返される。なんだか 可笑しい。兄弟が指を2本立てて突き出すと、相手はばたっと道に倒れる。今のように舗装されてるワケじゃないから、土埃がべったり 背中に付くのだが、お構いなしで倒れる。おもむろに十字を切ってまた指を突き出すと、呪文が解けて倒れた相手は起き上がる。こんな 遊びが昔は流行ったのだろうか。真面目な顔で指を突き出す様子がこれまた可笑しい。 小津監督の特徴として、カメラ視線の低さ、ということがよく言われるが、兄弟が学校をズルしたことがバレて、父親に説教される シーンが傑作だ。ちんまり座った兄弟の眼の前に、着替えをする父親の脛がある。もじゃもじゃに生えた毛。弟が神妙にうなだれながら、 隣に座った兄の膝を突ついて目顔で教える。思わずぷっと吹き出してしまう。こんな卓越したユーモアってそうあるもんじゃない。 兄弟は父親がこの世で一番偉いと思っている。ところが本当はそうでないらしいことがだんだん分かってくる。 「どうして岩崎君のお父さんのほうが偉いの」 「岩崎君のお父さんは重役だからだよ」 「じゃぁ、お父さんも重役になればいいじゃないか」 「そういう訳にいかないよ。お父さんは岩崎君のお父さんから月給貰ってるんだから」 「じゃぁ、お父さんが岩崎君のお父さんに月給やればいいじゃないか」 「そんなことを言うもんじゃないよ。月給貰えるから、お前たちが学校行ったりご飯食べたり 出来るんだよ」 「じゃ、ぼく、もうご飯食べない」 「学校に行かない」ではなくて、「ご飯食べない」ほうに話が行くのか、なんて変なことに感心したり、ワケも分からず兄に同調して 一緒に足をばたつかせている弟が、ほんとは父親のお土産が気になって、悟られないように知らん顔で子供部屋に蹴り込んだりする 様子にクスクスしたり、全編子供の巧まざるユーモアに笑い腺が弛みっ放しだ。小津監督がこんなに細かく子供の世界を観察する人とは 思わなかった。これほどのユーモア・センスを持っていることも意外だった。 涙顔で寝込んだ兄弟を父親と母親がしんみり覗き込むシーンがとても好き。親子・夫婦の情愛がしみじみ漂う。上司にへつらってでも 生きていかなければならない世知辛さ、とテーマはけっこうシリアスなのだが、子供の視線で描いたことでほのぼのした味わいの映画に なったと思う。 【◎○△×】8 |