| 【 映画雑感 】No.8 |
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ストーリー 17世紀のオランダの画家ヤン・フェルメールが残した名画「青いターバンの少女」(映画タイトルの「真珠の耳飾りの少女」のこと) をめぐるドラマ。といっても、モデルとなったフェルメール家の使用人グリートが実在したかどうかは不明。最近出版された書物の中に 設定された人物という。この映画は17歳の少女グリートから見たフェルメールの姿が描かれる。 1665年のオランダ、デルフト。グリート(スカーレット・ヨハンソン)はタイル職人の父が事故で失明したことから、画家フェル メール(コリン・ファース)の家で使用人として働き始める。やがて彼女の色彩感覚の鋭さを見抜いたフェルメールは、彼女に絵の具の 調合を手伝わせるようになる。夫のアトリエに自由に出入りするグリートに、妻カタリーナ(エシー・デイヴィス)は激しく嫉妬する。 その頃、フェルメールのパトロン、ファン・ライフェン(トム・ウィルキンソン)は、グリートの肖像画を描くように巧みにフェル メールを挑発する。 下働きの少女グリートが、アトリエの窓ガラスを拭いてもいいかと尋ねる。フェルメールの妻が「一々そんなことは聞かないで」と 答えると、グリートは「光が変りますが」と言う。その瞬間が鮮烈だ。学問など無縁のグリートだが、絵に対する優れた感覚を持って いることが、このさり気ない一言で見事に表現される。妻の冷ややかに取り澄ました顔が一瞬歪む。この映画は、フェルメールが名画 「青いターバンの少女」を描くまでのプロセスを追いながら、モデルとなった少女とのフェルメールとの緊張に満ちた愛情関係と、それに 嫉妬する妻の葛藤を描いている。3人の関係の出発点がこのグリートの一言だったと思う。 妻にとってフェルメールの描く絵は生活の資に過ぎない。夫のいる芸術の世界を彼女は理解している訳ではないのだ。出会がしらの 勝負で妻はただの下働きと思っていた少女に負けた。それを妻が本能的に悟った瞬間だ。彼女の嫉妬はこの時すでに始まったのでは ないかと思う。少女は自分の入り込めない世界を夫と共有している。そのことに・・・。
フェルメールとグリートは最後まで一線を越えることはない。それが映画全体に適度な緊張をもたらす。ふと触れるフェルメールの
手の感触に微かにおののくグリート、背に回った夫に首飾りの留め金を留めてもらいながら、肌に伝わる夫の手の気配に恍惚とする妻。
フェルメールは実像が謎に包まれた画家だというが、コリン・ファースの演ずるフェルメールは孤高の芸術家の厳しさを漂わせる。
しかし、2人の女は、彼の秘められた官能に反応する。緊張とエロティシズムが極度に高まるのが、フェルメールが真珠のピアスをつけるために、グリートの耳に穴を開けるシーンだ。実際 には行われない2人のセックスを象徴するかのような印象的なこのシーンのあと、グリートは憑かれたように恋人のもとに駆けつけ、 初めて激しく結ばれる。グリートは耳たぶの貫通の痛みを経て、少女から大人の女へと変化したのだ。肖像画に描かれた少女の清冽な 面影を映したかのようなスカーレット・ヨハンソンがいい。 運河沿いの路を行きかう人々、彼らが身にまとう衣装、秋・冬と変化する自然のたたずまい、燭台に点るろうそくの揺らめき、ほの 暗い部屋の匂い、ガラス窓を通して洩れる光・・・中世オランダ・デルフトの町が眼前に現われたような映像がじつに美しい。1つ1つ の瞬間がそのままフェルメールの絵のようで、スクリーンを止めてしばし眺め入りたい衝動を覚える。フェルメールは寡作の画家で、 「牛乳をつぐ女」や「レースを編む女」など生涯に30数点の作品しか残していないという。名画が生まれる瞬間に立ち会ったような 静かな充足を味わった映画だった。 【◎○△×】7 |