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【 映画雑感 】No.23

マグダレンの祈り


2002年  イギリス/アイルランド  118分
監督 ピーター・ミュラン
出演
ノーラ=ジェーン・ヌーン、アンヌ=マリー・ダフ、ドロシー・ダフィ
アイリーン・ウォルシュ、ジェラルディン・マクイーワン

  ストーリー
 アイルランドに実在したマグダレン修道院。そこに収容された女性たちの衝撃的な体験を基にした人間ドラマ。1964年のアイル ランド、ダブリン。時を同じくして3人の少女がマグダレン修道院に収容された。親戚の結婚式の日、控え室で従兄弟にレイプされた マーガレット(アンヌ=マリー・ダフ)。孤児院育ちの美少女バーナデット(ノーラ=ジェーン・ヌーン)、彼女の魅力的な瞳が少年たち を惑わすことが「ふしだら」とされたのだった。そして未婚の母となったローズ(ドロシー・ダフィ)、出産したばかりの赤子は取り 上げられ、里子に出されてしまっていた。
 彼女たちを待っていたのは、監獄に勝るとも劣らない厳しい生活だった。修道院の責任者、シスター・ブリジット(ジェラルディン・ マクイーワン)を初め修道女たちは、彼女たちを性悪女と決めつけ、その無惨な扱いに収容者の1人、クリスピーナ(アイリーン・ ウォルシュ)はついに精神のバランスを崩し、精神病院に送られた。バーナデットはひそかに脱走を決意する。
 俳優ピーター・ミュランの監督第2作。ミュラン自身、家に逃げ帰った娘を再び修道院に連れ戻す父親の役でワン・シーンだけ出演 している。べネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞。

  ひと口感想
 この映画の舞台になっている時代はつい40年前、ここに登場する少女たちは、私よりやや若いけれどほぼ同年代といって年頃だ。 そのことに鋭い痛みを感じた。日本公開に先がけて来日したピーター・ミュランのインタビュー記事をたまたま新聞で読んだが、彼自身、 このような修道院の実態を知ったのは比較的最近のことだそうだ。今はもう廃止されているとはいえ、長い間このような女性差別が 行われていたことに義憤を感じて、この映画を作ることにしたという。

 マーガレットはレイプの被害者だ。本来なら加害者への怒りをともにし、彼女の心身の傷をいたわってくれるべき親の手で、 この修道院に送り込まれてくる。彼女がもう処女ではなく、それが家族の恥とされたからだ。マーガレットは、数年後、弟が迎えに来た ことで外に出ることが出来るのだが、その時「こんなに簡単に出られるなんて」と呟いたのが胸にグサッと来た。
 そうなのだ、本当はそんなに簡単なことなのだ。彼女を見捨てていない家族(弟)がいたからマーガレットは出られた。けれど、下働き の老女ケーティは母親にここに入れられ、何十年も過ごし、年老いて死んだ。家族に見捨てられた一生、これほど悲惨なことは ない。
 バーナデットのように魅力的であることが、ローズやクリスピーナのように未婚の母であることが、老女ケーティのように兵隊に声を かけたことが、そんなにふしだらなことかと首を傾げてしまうが、さらに家族に捨てられることで彼女たちの苦しみが倍加 されたことを思うと、哀れさで心が震えてくる。

 マグダレン修道院は今は廃止されたが、女性に対する「性」の偏見は今も存続している。例えば、レイプ事件が起きた時必ずといって いいほど出てくる「そんな(挑発的な)かっこうをしているから」とか「そんな時間にそんな場所をうろうろしてるから」と被害者を 非難する言葉。ことの本質はそんな処にあるのではないのだけれど。
 たとえば、鍵をかけなかったために泥棒に入られた人が、「鍵をかけなかった」ことを非難されるようなものだ。それは本人が自戒 すればいいことで、だから被害を受けたのは当然だ、ということにはならない。いくら鍵が開いていようが、泥棒に入ったほうが悪いに 決まっている。しかし、こんな単純な理屈や怒りでは済まないのが「性」の問題の厄介なところだ。今でもマグダレン修道院の出身者は それを隠さなくてはいけない風潮があると聞くと、暗い気持ちになる。
 バーナデットはローズとともに修道院を脱走し、美容師として自立の道を歩み出す。彼女の生きる力の逞しさが感じられる結末で、 ほっと心が明るくなった。



 「マグダレン修道院は19世紀に“堕落した”女性や娼婦のための避難場所としてアイルランドに建設された。20世紀に入って カトリック教会が運営するようになると、“慈悲深い”シスターたちのもとで厳格に管理され、“一族に恥をもたらした”女性たちが 洗濯部屋で働かされた。私語は禁じられ、家族と会うことも出来ない監禁生活は刑務所より過酷。中には施設に閉じ込められたまま 一生を終える女性もいた。このマグダレン修道院は1996年まで存続した。」(パンフより)
  【◎△×】8

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