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3月 |
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ストーリー インターネットで世界に広まったという作者不詳の短編詩「犬の10戒」をモチーフにした、犬と飼い主の少女の10年にわたる ハートフルな物語。 北海道・函館に住む14歳のあかり(福田 麻由子)は、庭に迷い込んだゴールデンレトリバーの子犬をソックスと名づけて飼い始める。 病気で入院していた母(高島 礼子)は、あかりに犬を飼う時に守らなければならない「10の約束」を教える。やがて母は亡くなり、 外科医の父(豊川 悦司)はあかりのために病院を辞め、自宅で開業する。 10年の時が流れ、獣医師を目指すあかり(田中 麗奈)は幼なじみの進(加瀬 亮)と再会する。 「犬の10戒」という詩のことはこの映画で初めて知った。飼い主に対するペットの10のお願いだ。犬を飼っている人なら一読した だけでじわーっとくるような、なんともたまらない言葉が並んでいる。 「私は10年か15年くらいしか生きられません。だからいつも一緒にいてください」「私に話しかけてください。言葉は理解でき なくても、全身で受け止めています」「あなたには友達や仕事や楽しみがあります。でも私にはあなたしかいません」「私が歳を取ったら 面倒をみてください。そして死ぬ時はそばにいてください」・・・。 こうして書いているだけで目がうるうるしてくる。我が家のワンコ(柴の女の子)も家に来てもう11年が経つ。あと6、7年もした ら、この子も逝っちゃうんだな、そう思うといつもとてもつらい気持ちになる。うちのワンコのためにもこの映画を見ようと決めた。
ソックスが初めてあかりの家の庭に姿を現した時の愛らしさといったら! 仔犬の愛らしさは柴が天下一品、と勝手に自負している私 だが、あの大きなゴールデンレトリバーが手のひらに入るほど小っちゃくて、むくむくころころして、見ているだけで胸がきゅんとなる。 犬は半年から1年くらいで成犬の大きさになる。どうしてもっとゆっくり成長してくれないの?と思うほど、あどけない期間は短い。 でもアッという間に大きくなったなったソックスは、ゆっくり大人になるあかりにいつも寄り添っている。 ソックスを飼うことにした時「犬の約束(=犬の10戒)」を教えてくれた母が亡くなり、外科医の父はあかりとの時間を大切にする ために大学病院の出世を捨てて開業医になり、「あっち向いてホイ」が得意なソックスは患者さんの人気者になって、あかりは同級生で ギターがうまい進と親友になり・・・、こうして淡々と平穏な日々が過ぎていく。 獣医になったあかりと進の恋や、ギタリストになった進の挫折、ソックスが彼の立ち直りのきっかけになるなど、ストーリーに目新しさはなく甘さも目立つけれど、あかりとソックスの10年が淡彩の絵のように描かれ、安心して映画の世界に浸ることが出来た。 子供時代のあかりと進(佐藤 祥太)を演じる子役が、大人になった2人を演じる田中麗奈と加瀬亮にそっくりで、連続性が感じられた のがよかった。涙を強いることもなく、豊川悦司が演じる、時にひょうきんに、時に大らかにあかりとソックスを見守る父親の存在が、 映画にほどよい距離感を保たせたと思う。 【◎○△×】6 |
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3月 |
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ストーリー アメリカ合衆国大統領の暗殺事件を8人の目撃者の異なる視点で描くサスペンス・アクション。 スペイン・サラマンカの広場は群集で埋めつくされ、サミット開催に沸き立っていた。地元警官エンリケ(エドゥアルド・ノリエガ)は 恋人ヴェロニカ(アイェレット・ゾラー)が広場の一隅で、男と親密に話しているのを目撃する。同じ頃、広場の様子をビデオカメラで 撮っていたアメリカ人旅行者ハワード(フォレスト・ウィテカー)は、サムと名乗る男に話しかけられる。 アメリカ大統領アシュトン(ウィリアム・ハート)が到着し、演説が始まろうとしていた。その矢先、一発の銃声が響き、大統領が 何者かに狙撃される。続いて大爆発が起こり、広場はパニックに陥った。大統領警護官バーンズ(デニス・クエイド)はテレビ中継車で 撮影された映像をチェック、あることに気づく・・・。 この手の映画がもともと好きな私だが、それにしても面白かった。テロ撲滅の国際サミットでアメリカ大統領がテロに遭う、という 皮肉。舞台はアメリカ、と思い込んでいたが、スペインが舞台。こうしたところに9.11以降のアメリカのテロ過剰反応に対する批判が 読み取れるが、それを脇に置いても娯楽作としての完成度は高い。 びっしりと群集に埋め尽くされたスペイン・サラマンカのマヨール広場。長方形の広場は四方をビルにまれ、どの窓からでもターゲット が狙える。不穏に揺れるカーテン、不審な挙動の聴衆・・・、数人のシークレット・サービスが大統領の前後を護衛したところでどうなる ものでもない。テロリストには絶好のシチュエーション。うまい設定をしたものだ。
国際中継をするテレビ中継車のモニターに、大統領が狙撃され倒れる姿が映る。続いて演壇が爆発し、大混乱に陥った広場の一角のビル
が爆破音とともに倒壊する。呆然とするテレビ局スタッフ。ここで映像は早送りで巻き戻され、23分前の12時にもどる。リズム先行のポップな曲がスリルとスピード感を出し、ドイツ映画『ラン・ローラ ・ラン』(98)を思い出す。 『ラン〜』の面白さは ‘ほんの少しの偶然と時間のずれがもたらす事態の変化’ だったが、本作では事実そのものは変わらない。同じ場で同じ事件に遭遇しても、人はそれぞれ違う角度の体験をする。その断片を積み重ねて最後に全体像が完成されるのだ。ジグゾーパズルに似ている。 シークレットサービス、サマランカ市警察官、アメリカ人旅行者、大統領、と次々に登場人物が変わり、それぞれの体験を通して事件が 再現される。同じことの繰り返しのようだが、そのつど新しい事実が判明し、事態は先へ進んでいく。 原題の “Vantage Point” というのは、「有利な地点、視点」という意味だそう。すべてが見える観客はまさに ‘vantage p oint’ にいるわけだが、事件は登場人物の視点を通して提示される
から、彼らの主観によってミスリードも起こる。こうしてすでに見たシーンの意味が変化し、どんでん返しが起こったりもする。そのスリルと意外性の面白さ! 5回映像の巻き戻しをした後は、3人の集団で一気にクライマックスに持っていく。90分というコンパクトさの中で、構成の変化に 感心した。ラストのカーチェイスは視覚を最大限に生かしためまぐるしさ。息つぐヒマもない。 真犯人はまったく予想外だった。高度なハイテクを駆使したテロリスト集団の技は、いかにも現代を表わす映画という気がする。 過去の失敗がトラウマになっているシークレットサービスが事件を通して自信を回復して様子、アメリカ人旅行者の少女にかける命がけ の愛と壊れかかっていた家族の再生、などさり気なく織り込まれたドラマに快い後味が残った。 【◎○△×】7 |
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3月 |
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ストーリー 中年を過ぎたふつうの主婦が性風俗店のエースになるという斬新なアイデアで、人生の哀歓を描いた大人のドラマ。主演は「あの胸に もういちど」のマリアンヌ・フェイスフル。 夫に先立たれ、ロンドン郊外で一人住まいのマギー(マリアンヌ・フェイスフル)は、難病で入院中の孫の病状が気がかりでたまら ない。医師からオーストラリアで治療を受けるよう勧められるが、息子には渡航費を捻出するあてがない。工面に奔走するマギーがふと 目にしたのが「接客係募集」の張り紙。 “接客” の中身を知らずに応募してきたマギーに、オーナーのミキ(ミキ・マノイロヴィッ)はあきれるが、彼女の滑らかな手を見て 雇うことを決める。 マリアンヌ・フェイスフルは『冒険者たち』(67)のジョアンナ・シムカスとともに、私にとって忘れがたい女優の一人だ。黒い皮の ジャンプスーツをまとい、早朝の高速道をまっしぐらに恋人のもとへバイクを疾駆させるフェイスフル。ヘルメットを外し、頭を ひとふりすると、長い金髪がばらりと肩にかかる。ジャンプスーツの下は全裸。 『あの胸にもういちど』(68)のフェイスフルは、若き日の私には主役のアラン・ドロンがかすんでみえるほどショッキングだった。 それだけに、彼女の名に引かれて見た『豚が飛ぶとき』(93)では、見事にオバサン化した彼女にがっくり。40代後半になってたんだ から仕方ないか・・・、そもそもタイトルがまずかった。(笑) 今や60代の彼女、若い頃のイメージは完全に頭から払拭しての鑑賞だ。
愛する孫が難病になり、医師に治療のためのオーストラリア行きを勧められるが、息子の収入では渡航費が賄えない。マギーは職安に行くが、「技術も資格も職歴もない。あなたの年齢で職探しはムリ」といわれ、銀行にローンを申し込みに行くと「担保も収入も貯金もない」と断わられる。見事に ‘ないないづくし’、むむ、身につまされる。 で、ここからがケッサク。途方に暮れたマギー、「接客係募集、高給」の貼り紙に釣られて面接を受ける。小太りのダサイおばさんが 現われて、オーナーもさぞびっくりしただろうと思う。「接客係がどんな仕事か知ってるのかね」「少しは」「どんな?」「お茶を入れたり、椅子を片付け たり」。あー、やっぱりね。クスリと笑いがこみ上げる。 柔らかな手を見込まれて雇われたマギー、殺風景な仕事部屋に花や家族の写真を飾り、腕のよさを買われて他店から引き抜きにあうと、 正直にオーナーに打ち明ける。仕事は手で男性を天国の至福に導くという、かなり際どい話なのだが、世間知らずの専業主婦を等身大に 演じたフェイ
スフルの好演で、生々しさからは免れている。壁を隔てて見えない相手の手のひらに転がされ、絶頂に至る男性が哀しくも愛しいものに思えてくるから不思議だ。 マギーの善良さ、同僚ルイザ(ドルカ・グリルシュ)のビジネスライクな生きかたの潔さ、人生の機微を知るオーナー、ミキの苦味、これらが交錯し、仄かにかもし出される人情もいい。 こうして渡航費は工面できたが、母親の秘密を知って大騒ぎするのが息子のトム(ケヴィン・ビショップ)、姑にはじめて心を開く のが嫁のサラ(シボーン・ヒューレット)。 息子ってやっぱり基本的にマザコンなんでしょうね、サラがしっかり母親してるのと対照的に、トムは自分が息子であることのほうが先で、父親になりきれてないというか。マギーにしろサラにしろ、女は強しということで しょうか。 私生活は波乱万丈だったらしいフェイスフルだが、その匂いは毛筋ほどもなく、平凡な主婦になりきっている。絶妙な邦題にも拍手。 【◎○△×】7 |
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3月 |
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ストーリー チャウシェスク政権下のルーマニアを舞台に、違法な中絶手術を受ける女子大生と、彼女に付き添うルームメイトの一夜を描く。カンヌ 国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞。 1987年の冬のある日、大学生のオティリア(アナマリア・マリンカ)は望まぬ妊娠をしたルームメイト、ガビツァ(ローラ・ヴァシ リウ)の中絶手術のために、朝からあわただしく動き回っていた。 中絶は非合法のため、ガビツァは友人に紹介されたもぐりの堕胎医ベベ(ヴラド・イヴァノフ)に連絡を取り、その日の午後に手術を 受けることになっていた。しかし手違いばかりが起こり、体調がすぐれない彼女に代わって準備を進めるオティリアに次々に難題がふり かかる。 際立って個性的な映画に出会った、というのが第一印象だ。画面の切り取り方が変わっている。特徴がよく出ているのが、堕胎医のベベ が手術のためにホテルにやって来る一連のシーン。カメラは壁際に置いた鞄に固定され、登場人物たちは手や足が時々画面にちらりと映る だけ。彼
らの交わす会話も画面の外から聞こえてくる。こうしてカメラは、登場人物の動きを追い表情を写し取る作業を止め、観客に鞄を凝視することを強要するのだ。堕胎用器具が入って いるという意識がこちらに働くせいか、見ているうちに、じわじわ強い緊張感が湧いてくる。それを十分承知した上でのカメラの固定だ。 計算しつくした “画面の破綻” がカメラの長回しとともに、異様な迫力になっている。 タイトルの〔4ヶ月、3週と2日〕というのは、妊娠期間のことだ。妊娠は5ヶ月で安定期に入るが、逆に言うと、中絶はそれだけ 危険になる。〔4ヶ月、3週と2日〕はその危険な時期に妊娠がかかったことを意味する。 チャウシェスク政権下のルーマニアでは、労働力確保のために妊娠出産が奨励され、定期的な妊娠チェックや確実に出産したかどうかの 調査までされて、中絶に対しては厳しい処罰が行われたそうだ。もぐりの医者による堕胎というだけでも女性としては不安や恐怖を覚えるのに、そうしたルーマニアの状況がいっそう、強い緊張感となって画面から押し寄せてくるのだろう。
映画は、望まぬ妊娠をしたルームメイト、ガビツァの中絶手術のために女子学生オティリアが孤軍奮闘する1日を追っている。事の重大さを骨身に沁みて感じているオティリアと対照的に、当の本人のガビツァは意外にケロリとしている。厳しい監視社会に暮らしていても、現代っ子は現代っ子、どこも変わらないものだな、と妙な感慨に襲われる。 しかし、彼女のルーズさのために次々に手違いが生じ、その始末にオティリアは追いまくられる。そんな中で、ホテルフロントの官僚的 な冷たさが印象的だ。まさに木で鼻をくくる対応。こんなところにチャウシェスク政権下の社会がリアルに顔をのぞかせる。 一方、堕胎医のベベは「話が違う」と怒り出すが、それは違法行為の重大さを十分認識しているからこそだ。手術は的確かつ事務的、 でも冷ややかではない。それなりに血の温もりが感じられるのが意外でもあり、好感を持った。 オティリアが恋人に「もし私が妊娠したらどうする?」と聞く場面がある。オティリアがガビツァのために献身的に奔走するのは、明日はわが身かもしれない不安があるからだろう。他人事ではな
いのだ。しかし、恋人は「心配ない。そんなことにはならない」という。べつに根拠はない。漠然とそう思っているだけ。だから、オティリアに「それは分からない。妊娠するかもしれない」と迫られると、あわてて「その時は結婚しよう」という。 妊娠に対する男女の意識の違いは、体制にかかわりなくどこの国も似たようなものらしい。そのことにも感慨を覚えた。 私が一番ショックだったのは、オティリアが胎児の処理をするところだ。さらりとした描き方だが、それより他に道がない痛ましさに、 胸がふさいだ。 【◎○△×】7 |