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今月見た新作映画 2004年

1月〜3月



3月

アドルフの画集

2002年  ハンガリー/カナダ/イギリス  108分
監督 メノ・メイエス
出演
ジョン・キューザック、ノア・テイラー、リーリー・ソビエスキー
モリー・パーカー、ウルリク・トムセン、デヴィッド・ホロヴィッチ

  ストーリー
 第二次世界大戦中、徹底した反ユダヤ政策を取ったアドルフ・ヒトラーが、若い頃画家を志したことはよく知られている。
 本作は、そのヒトラーに手を差し延べた架空のユダヤ人画商との交流を通して、後のヒトラーがどのように形成されていったのかを 描いた人間ドラマ。
 1918年のドイツ・ミュンヘン。第一次世界大戦の無惨な敗戦は人々に暗い影を落としていた。富裕なユダヤ人画商のマックス・ ロスマン(ジョン・キューザック)は、偶然出会った陸軍伍長アドルフ・ヒトラー(ノア・テイラー)のスケッチを見て、彼に並々 ならぬ画才があることを見抜く。
 画家志望のアドルフは、絵を携えてたびたび彼の画廊を訪れるようになる。しかし、アドルフの才能は開花手前で足踏みし、彼の プライドは傷つき、焦燥は深まるばかりだった。
 その頃アドルフは、弁舌の巧みさ買われて、政治集会のユダヤ人排斥演説に引っ張り出されるようになっていた。生活の困窮に苦しむ アドルフは、将校代理の演説を行ってはいくばくかの報酬を得ていた。マックスはそんな彼に、絵の道に専念するようたびたび助言する のだが・・・。

  一口感想
 ナチの総統になる以前のヒトラーってどんな男だったんだろうという興味で映画を見た。以前、息子に勧められて読んだ手塚治虫の 漫画に「アドルフに告ぐ」がある。これは、ヒトラー自身にユダヤ人の血が混じっている、という大胆な設定の物語だった。  本作はマックス・ロスマンという架空の画商を核に据えているが、基本的にはヒトラーの実像に迫ろうという意欲的な映画で、 「アドルフに告ぐ」とは別の意味で意外性があり、なかなか面白かった。

 若い頃のヒトラーは必ずしも反ユダヤ思想ではなく、親交を持つユダヤ人の友人たちもいたという。ユダヤ人の画商ロスマンはそう した友人たちが混在した人物像となっているらしい。小男のヒトラーには、コンプレックスの裏返しの、強い自己誇大感があったようだ。ロスマンは ヒトラーの画才を認め、開花させようとするけれど、彼の助言はかえってそのコンプレックスを刺激し、誇大感を傷つける。ロスマンに 認められたいために、彼の助言に怒り、また依存するヒトラー。ヒトラーに扮したノア・テイラーから、彼の屈折した心情が痛々しい ほどに伝わってくる。

 ヒトラーはほんとうは画家として大成したかったようだ。しかし、アジ演説がうまかったばかりに陸 軍の上司にたびたび反ユダヤ演説に引っ張り出される。
 小さな広場でヒトラーがユダヤ人排斥の演説しているところに偶然ロスマンが来かかり、足を止めるシーンがある。
 驚いたことにヒトラーはロスマンの後を追い、演説の出来はどうだったかと感想を聞くのである。
 なんという彼の無邪気さ、その鈍感さ。この頃のヒトラーは、まだ生活のために口先だけの演説をしていたのだなぁ、と思わせられる 場面だ。
 しかし大集会で演説をし、狂喜する聴衆を目の当たりにした時、ヒトラーは初めてアジ演説の持つ民衆を動かす力に気づいたようだ。 身震いするほどの恍惚。一見貧相なノア・テイラーから狂気のような熱気が迫ってきて、怖いほどだ。

 ヒトラーはこれを最後に演説を止め、画家の道に専念するつもりだった。しかし、会う約束をしていたカフェにロスマンは現れない。 彼はヒトラーの反ユダヤ演説で熱狂した人々に襲われて、殺されてしまっていたのだ。運命の皮肉な巡り合わせというほかない。
 歴史に「もし」はないというけれど、ほんの少し運命がずれていたら、と思わずにはいられないラストだった。
  【◎△×】7

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1月
女はみんな生きている

2001年  フランス  112
監督 コリーヌ・セロー
出演
カトリーヌ・フロ、ヴァンサン・ランドン、ラシダ・ブラクニ、リーヌ・ルノー
オレリアン・ヴィーク、ハジャール・ヌーマ、ヴォイチェフ・プショニャック

  ストーリー
 家事に追われるだけの平凡な主婦が、ふとしたきっかけで知り合った娼婦を救うために、危険とスリルに満ちた生活に飛び込んでいく 様子を描いたサスペンス・コメディ。
 エレーヌ(カトリーヌ・フロ)はごく平凡な主婦。夫ポール(ヴァンサン・ランドン)との間にはもう会話も感情の交流もなく、恋人 と同棲中の息子ファブリス(オレリアン・ヴィーク)は、女を追いかけることしか興味がない。
 ある晩、車で友人宅に向かうエレーヌと ポールの前に、男たちに追われた若い女(ラシダ・ブラクニ)が飛び出し、救いを求める。厄介ごとに巻き込まれたくないポールは、 ドアをロックし、女が男たちに半殺しにされるのを傍観するだけだった。
 いたたまれぬ思いのエレーヌは、翌日、救急病院で彼女を探し だし、必死の看護を始める。やがて意識を回復した女は、ノエミという名で、売春組織に追われていると語る。ある日、あの夜の男たち が病院にやって来た・・・。
 娼婦を演じたラシダ・ブラクニは、フランス・セザール賞最有望若手女優賞に輝いた。

  一口感想
 女性が自由・自立を求めて男性に反旗を翻すというテーマは、これまで繰り返し描かれてきたが、この映画は、主役を“平凡な家庭の 主婦とアラブ系の売春婦”という組み合わせにしたことで、今までになくダイナミックな展開を持つ話になった。
 でも、少々くたびれ気味の中年主婦エレーヌと、美しいアルジェリア人娼婦ノエミは、『テルマ&ルイーズ』のように銃を ぶっ放したりもしないし、『旅する女 シャーリー・バレンタイン』みたいにしょうもない男に恋したりもしない。せいぜいエレーヌが、 板切れで背後からそっと売春組織の用心棒をぶん殴って、卒倒させる程度のことだ。
 2人の武器は智恵と勇気。それをフルに使って、2人は見事、組織のボスを警察に逮捕させ、エレーヌの小心でいい加減な夫と ぐうたらな息子をコケにするのだ。女性が見たら溜飲が下がること請け合いの映画、でも男性はちょっと身につまされるかも知れない。

 とはいえ、この映画はほのぼのしたユーモアと温かみを湛えている。エレーヌ役のカトリーヌ・フロは『家族の気分』でも、我が侭な 夫に振り回される善良な妻を演じてほんわかしたムードを醸し出していたが、彼女のいかにもその辺にいそうなありふれた主婦という 雰囲気が効いている。
 夫のポールは妻を家政婦代わりくらいにしか思っておらず、そのくせ若い魅力的な女に誘惑されると、手もなく 乗ってしまうような男だが、演じるヴァンサン・ランドンがなんとも憎めない。この2人の存在が、手に汗握るサスペンス映画を妙に 楽しいコメディにしている。
 娼婦ノエミを演ずるラシダ・ブラクニは、前半、口も利けず身動きも出来ず、でどうなるのかと思っていたが、後半の活躍は目覚しい ばかり。彼女の存在が映画にスピードと緊迫した空気をもたらし、本作を並みの女性映画を超えたものにしている。

 結婚がいまだ人身売買に等しい状況にあるイスラム文化や、女たちをドラッグ漬けにして組織に縛る売春組織など、扱っている内容は かなりハードだ。しかし、ポールの母、エレーヌ、ノエミ、ノエミの妹の4人が並んでベンチに座るラスト・シーンで、映画は「女性は 連帯することが出来る」という強いメッセージを伝えてくる。一方、「では男性は・・・?」という問いかけも残しているように 思えた。
  【◎△×】7

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2月
月曜日に乾杯!

2002年  フランス/イタリア  127分
監督 オタール・イオセリアーニ
出演
ジャック・ビドゥ、アンヌ・クラヴズ=タルナブスキ、ナルダ・ブランシェ
ラズラフ・キンスキー、ダト・タリエラシュヴィリ、アドリアン・パショー

  ストーリー
 フランスの片田舎に住むヴァンサン(ジャック・ビドゥ)は、毎朝5時に起きて、車や電車を乗り継いで工場に通う溶接工だ。
 仕事は単調で、工場内は厳重な禁煙で好きなタバコも吸えないし、家に帰れば雑用を言いつけられて、おちおち好きな絵を描くことも 出来ない。2人の息子は自分の趣味に没頭し、彼が話しかけてもろくに相手もしてくれない。
 ある日、ヴァンサンは急に思いついてふらっと旅に出る。行く先は水の都ヴェニス。見栄っ張りの没落貴族や女装してトイレ番をして いる友人を訪ね、やがてヴェニスの住人カルロ(アリーゴ・モッツォ)と知り合いになる。
 ゆったりと流れる時間の中で、ヴァンサンは楽しげな観光地ヴェニスでも、そこに暮らす人々には自分と変らぬ日々の生活がある ことに気づくのだった。
 グルジア出身の巨匠オタール・イオセリアーニ監督が、中年男が退屈な日常から束の間脱出する姿を描いた心温まるドラマ。ベルリン 国際映画祭で銀熊賞と国際批評家連盟賞をダブル受賞。

  一口感想
 ヴァンサンが突然蒸発しても家族がいっこう驚かず、今まで通りの生活を平気で続けているのがなんとも可笑しい。
 とはいえ、妻はまるっきり彼に無関心な訳でもなく、やっぱり腹を立てていて、旅先からヴァンサンのよこす暢気な葉書は読まずに 破り捨ててしまう。
 それを承知の郵便配達人は、次男ガストンに「今度は破られないといいね」とか言う。通りがかりに「破ったかい?」と聞くと、ガス トンは「もちろん!」と元気に答える。思わずクスッとしてしまう。
 くわえ煙草で車をぶっ飛ばすおばあちゃんも愉快だ。その葉書を拾って壁に貼り並べて、ちゃんと収集しているのだ。このおばあ ちゃん、亡夫の墓参りに行くのはいいが、掃除人にチップをやって花を渡し、「墓に飾っといて」と自分は手抜きをする。
 こんな何ということのないエピソードが綴られ、見ている内にだんだん心のしわが延びてくる。

 そういえば、ヴェニスでのんびりぶらぶらしたヴァンサンもしわが延びたらしく、赤いシャツなんか着てちょっぴり洒落た感じに 変身して帰ってくる。
 少しは気が咎めてドア横の階段でうろうろしていると、ひょっこり覗いた妻は驚きもせず、「おかえり」の一言。 それでも、翌朝の出勤の時は、ヴァンサンの首にマフラーを巻いてやって、車を発進しやすいように押してやって・・・、前より ちょっと優しくなった。「いつまで続くか分からないけどね、でも悪くはないよ、これが人生さ。」そんな気分になる。

 冒頭に描かれるヴァンサンの働く化学工場の光景がすごい。有毒の煙がもうもうと立ち、どぎつい色の排水が管からドクドク流れ出し て、いかにも殺風景なのだ。それだけに、その後に続くノンビリとたおやかな農村風景やヴェニスの美しい町並み、そして登場する人情 味溢れた人々に自然に心が和んでくる。
 ヴェニスだって、そこに生活する人々にはヴァンサンと同じ退屈で平凡な繰り返しの毎日がある。 彼らも時にはどこか違う所にちょこっと「しわ延ばし」をしに行ったらいい。そんな楽しい余韻に浸りながら、スローライフでいこう、 と呟いている自分に気づいた。
  【◎△×】7

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3月
ゴシカ

2003年  アメリカ  97分   監督 マチュー・カソヴィッツ
出演
ハル・ベリー、ロバート・ダウニーJr、ペネロペ・クルス
チャールズ・S・ダットン、ジョン・キャロル・リンチ、バーナード・ヒル

  ストーリー
 女子刑務所内の精神科病棟で医師として働くミランダ(ハル・ベリー)は、義父殺人犯クロエ(ペネロペ・クルス)を担当していた が、「独房に現われる男に凌辱される」と妄想を語る彼女の治療に悩んでいた。
 ある夜帰宅途中、ミランダは降りしきる雨の中で全裸で 立つ少女を危うく轢きそうになる。間一髪で事故を避けたものの、そのまま意識を失ったミランダは、やがて目覚めた時、自分が精神病棟 の独房に収容され、夫殺しの容疑者となっていることを知り、驚愕する。
 彼女を担当する元同僚のグレアム医師(ロバート・ダウニー Jr)に、自分は正気だ、夫を殺してなどいないと必死に訴えるミランダだったが・・・。

  一口感想
 滑り出しは好調だったが、後半、事件の謎解きに入って急速につまらなくなった。そもそも事件の関係者が犯人、被害者とも、みな 主人公の身近な人たちばかりというのに興ざめする。例えばミランダの前に現われる亡霊は、別に院長の娘でなくてもいいと 思うのだが・・・。
 それに、ミランダが彼女の代わりに犯人に復讐を果たした後も、彼女はなぜ現われ続けて、ミランダを振り回したり壁にぶつけ たりするのだろうか。犯人は1人ではないことを伝えたかったから? 視覚的な怖さに話が傾いて、ストーリー性が弱くなってしまった 気がする。
 サイコ・セラピストのミランダが患者の妄想に巻き込まれ、自分自身がサイコティックになっていく、という流れをメインにしたほう が、面白くなったんじゃなかろうか。
 夫を殺し、独房に収監されていること自体が、現実の事件なのか彼女の妄想なのか。サイコ・セラピストとして患者の話を妄想と 片付けていた自分が、今度は話を信じてもらえない患者になっているという、立場の逆転。
 その辺りを追求していけば、妄想と現実、正気と狂気の境目をめぐる、一味変った映画になったのではないかと思うのだが・・・。
  【◎△×】6

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2月
シービスケット

2003年  アメリカ  141分
監督 ゲイリー・ロス
出演
トビー・マグワイア、ジェフ・ブリッジス、クリス・クーパー、エリザベス・バンクス
ゲイリー・スティーヴンス 、ウィリアム・H・メイシー、デヴィッド・マックロウ

  ストーリー
 世界的大恐慌に襲われたアメリカで、一頭の競走馬に全てを賭け、懸命に生きた3人の男たちの人生を描いたヒューマン・ドラマ。 ローラ・ヒレンブランドのノンフィクション小説「シービスケットーあるアメリカ競走馬の伝説」を映画化したもの。
 1930年代のアメリカ。自動車販売で成功し財を成したチャールズ・ハワード(ジェフ・ブリッジス)は、交通事故で最愛の息子を 亡くし、妻にも去られ、失意のどん底にいた。カウボーイのトム・スミス(クリス・クーパー)は自動車産業の発達で職を失い、西部劇 ショーの馬の調教師として各地を流転していた。大恐慌で一家離散した“レッド”ことジョニー・ポラード(トビー・マグワイア)は 騎手としての才能を持ちながら、地方競馬の僅かな賞金では生活できず、アマチュア・ボクシングで稼ぐ日々を送っていた。
 そんな3人と、小柄だが気性の荒いサラブレッド“シービスケット”が出会い、やがてシービスケットは連戦連勝、人気馬にのし上がっていく。

  一口感想
 主人公の3人の男たちと1頭の馬が出会うまでを、時間をかけて、丁寧に描いているところがいい。親に捨てられ荒んだ青春を生きる 騎手、時代に取り残され生きる場を失ったカウボーイ、成功者としてのし上がるきっかけになった家業の自動車で最愛の息子を亡くし、 家庭さえも失った実業家、そして荒れ馬のために手ひどい扱いを受け、一層気性の激しい馬になっているシービスケット。
 観客の中に、それぞれの人物と馬のイメージがリアルにかつ十分膨らんだところで、3人と一頭は初めて顔を合わせるのだ。こうした手堅い作りが、初め からサクセス・ストーリーと分かっている物語を味わい深いものにし、絵空事でない感動をもたらす。

 私はシービスケットが一度怪我をし、そこから再起した馬とは想像もしていなかった。騎手のレッドも右目の視力を失い、さらに落馬 で大怪我をしている。こんな彼らがもう一度競走に出るというのだから、フィクションなら「まさかぁ〜」と思ってしまうところだ。 しかし実際にそれが起こったのだ。
 1人と一頭が寄り添いながら身体と心の傷をゆっくりと癒していく。「ちょっとの怪我で、命あるの ものを殺すことはない」と、そんな彼らを見守る馬主のハワード。ノンフィクションの持つ迫真性に引き込まれてしまう。ハワードを 演ずるジェフ・ブリッジスがじつにいい。

 劇中での競馬シーンの迫力がすごい。とくにウォーアドミラルとのマッチレースなどは、怪我で出場できないレッドに代わって親友の 騎手 “アイスマン” ことジョージ・ウルフが騎乗し、レッドから伝授されたシービスケットの癖を巧みにさばいて勝利する。
 男同士の友情のかっこよさ、競馬のドラマティックな展開に素直に興奮を覚える。“アイスマン” を演じたゲイリー・スティーヴンス は本物の一流騎手だそうだ。道理で存在感があるはずだ。
 この映画を見ていると、「一度や2度の失敗がなんだ」「ミスやキズがあったっていいじゃないか」「人生捨てたもんじゃない」と いう気分になってくる。清々しく心地よい映画だった。
  【◎△×】8

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1月
10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス

2002年  ドイツ/イギリス/スペイン/オランダ/フィンランド/中国   92分
監督 アキ・カウリスマキ、ヴィクトル・エリセ、ヴェルナー・ヘルツォーク
   ジム・ジャームッシュ、ヴィム・ヴェンダース、スパイク・リー、チェン・カイコー
出演 【結婚は10分で決める】 カティ・オウティネン、マルック・ペルトラ
    【ライフライン】 アナ・ソフィア・リャーニョ、ペラヨ・スアレス
    【女優のブレイクタイム】 クロエ・セヴィニー
    【トローナからの12マイル】  チャールズ・エステン、アンバー・タンブリン
     【夢幻百花】 フェン・ユエンジョン、グン・ラ

  ストーリー
 15人の巨匠たちが10分の時間制限と決められた予算で製作した、コンピネーション・フィルム『10ミニッツ・オールダー』。 『人生のメビウス』『イデアの森』の2部構成になっており、第一部の本作は“時間”がテーマ。7人の監督が人生の瞬間ー結婚・ 誕生・進化・孤独・死・運・郷愁ーを10分という短い時間の中に凝縮して描いている。
 カウリスマキ監督の【結婚は10分で決める】、ヘルツォーク監督の【失われた一万年】、セリエ監督の【ライフライン】のほかに、
 撮影の合間の10分の休憩時間が少しも休息にならない、ジャームッシュ監督の【女優のブレイクタイム】
 間違って薬物入りのクッキーを食べたために、病院に向う男の運転中の景色がトリップして不思議な様相を呈する、ヴェンダース 監督の【トローナからの12マイル】
 狂った男の前に夢幻の美しさを持つ花と屋敷が現われる、チェン・カイコー監督の【夢幻百花】
 アメリカ大統領選を、破れたゴアの選挙スタッフの証言で考察した、スパイク・リー監督の【ゴアVSブッシュ】など。

  一口感想
 監督たちのこのラインナップを見れば、これはもう、見ないではいられない。
 冒頭に「時は抗いがたく流れゆく川。一つが視界に入るやすぐ次が取って代わり、それもまた一瞬に流れゆく」というような文章が 出る。うむ、「行く川の流れは絶えずして、しかもとの水に あらず・・・」、古人の考えることはどこも同じだな、としばし哲学的になりつつ画面を見つめる。
 と、そこに現われるのは、カウリスマキ監督お得意の仏頂面2人組。思わずぷっと吹きそうになる。
 くたびれた中年男女の結婚話、「結婚は10分で決める」。それでも、故郷のフィンランドを離れ、ロシアに向う車窓に流れる夜の 景色を眺めながら、「祖国はまだあるかな」と呟く男の台詞にはグッと来るのだ。

 こんな調子で始まる本作は、世界一流の監督たちがきっちり10分に納めたショート・ストーリー集。短かさの中に凝縮した味わいが 籠められている。
 なかでも、私はセリエ監督の「ライフライン」にもっとも心惹かれた。スペインの片田舎、少女の乗ったブランコが揺れ、老女は 台所で粉をこねる。男たちは鎌を振るって草を刈り、少年は腕に描いた時計に耳を当てる。
 蜜のように穏やかなシエスタの午後。そして、眠る新生児と若い母。
 赤子のおくるみに赤い血が滲み、徐々に広がっていく。合間に挿入される「国境検問所にナチスの旗が立てられた」という新聞記事。 大勢の男たちがにこやかに並んで写る写真。そして、無心に眠る赤子とじわじわ広がるおくるみの不気味な赤い血・・・。
 赤子はへその緒の処理をし直すことで助かるのだけれど、ひたひたと迫るナチの脅威がモノクロームの透明な美しい映像の底に不安な 空気となってたゆたい、見事だと思った。

 ヘルツォーク監督のドキュメント、「失われた一万年」も強烈だ。石器時代の生活を続けていたブラジル・熱帯雨林の原住民、ウル イウ族が、1980年、初めて文明に触れたことで急速に1万年の時間を駆け抜け“進化”する。
 しかし、それは彼らの滅びの始まりでもあった。20年後の現在の映像も含めて彼らの辿った運命を目の当たりにすると、 “文明” とは何か、“進化” とはなにかを考えさせられる。
 他にも、たった10分の休憩時間に痛烈に浮かび上がる女優の孤独、狂った男の心に息づく古く懐かしい屋敷への郷愁など、7つの 話のどれもに上等のお菓子を食べるような趣きがあり、楽しかった。
  【◎△×】7

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2月
10ミニッツ・オールダー イデアの森

2002年  ドイツ/イギリス  106分
監督 ベルナルド・ベルトルッチ、マイク・フィギス、イジー・メンツェル
    イシュトヴァン・サボー、クレール・ドニ、フォルカー・シュレンドルフ
    マイケル・ラドフォード、ジャン=リュック・ゴダール
出演 【水の寓話】 アミット・アロッツ、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
    【時代×4】 マーク・ロング、ドミニク・ウェスト
    【老優の一瞬】 ルドルフ・フルシンスキー(記録映像)
    【10分後】  イルディコ・バンサギィ、ガボール・マテ
     【ジャン=リュック・ナンシーとの対話】  ジャン=リュック・ナンシー
    【啓示されし者】  ビビアナ・ベグロー、イルム・ヘルマン
    【星に魅せられて】  ダニエル・クレイグ、ローランド・ギフト

  ストーリー
 映画史に名を残す世界の巨匠15人の“時間”をテーマにしたオムニバス『10ミニッツ・オールダー』の後編。前編『人生のメビ ウス』と同様、10分という厳密な時間制限の中で、各監督が自由に思いを羽ばたかせて製作している。
 インドの寓話をベースに、時間の不思議な流れを描いたベルナルド・ベルトルッチ監督の【水の寓話】から始まり、
 4分割スクリーンで過去と現在、未来を探っていくマイク・フィギス監督の【時代×4】、一人の老優の生涯を綴る映像詩、イジー・ メンツェル監督の【老優の一瞬】、
 倦怠期に差しかかった夫婦を突如襲った事件を通して、“一寸先は闇” を描いたイシュトヴァン・サボー監督の【10分後】、 哲学者と若い女性の対話を描くクレール・ドニ監督の【ジャン=リュック・ナンシーとの対話】、
 蚊のモノローグで古代の哲学者アウグスティヌスと現代を繋ぐ、フォルカー・シュレンドルフ監督の【啓示されし者】、80光年の タイムトラベルから帰還した、宇宙飛行士の体験を描くマイケル・ラドフォード監督の【星に魅せられて】、
 そして歴史のすべてを「・・・の最後の瞬間」に凝縮したジャン=リュック・ゴダール監督の【時間の闇の中で】まで、8つの短編が 収められている。

  一口感想
 今回の8編は、前編の『人生のメビウス』に比べてやや思索的な内容で、ストーリーのはっきりしているものと、そうでないものが 比較的分かれていたような気がする。
 哲学者が“時間”について若い女性と対話を交わす【ジャン=リュック・ナンシーとの対話】などは、私はちょっと退屈した。逆に、 ベルトルッチ監督の【水の寓話】や、イシュトヴァン・サボー監督の【10分後】は、10分という短い時間の中に人生のエッセンスが 詰め込まれて、印象深かった。

 【水の寓話】は、長い人生がじつは一瞬の夢の中の出来事だったのではないか、と思わせる結末で、中国の古い物語「胡蝶の夢」とか 「一炊の夢」などを連想した。
 とくに、ほとんど台詞のない静かな画面が、最後に若者が老人と再会するシーンで、国道を走るトラックの騒音が突然驟雨のように 襲ってきて、夢が一挙に覚める感じがするのが鮮烈、全体に芳醇な味わいを醸す一編だ。
 【10分後】は長い夫婦の関係を根底から崩れさせる出来事が、たった10分の間に起きてしまう、その皮肉さが効いて いる。夫の怪我に仰天しておろおろ世話する妻が、警官に腕を取られた瞬間に、自分が刺したという現実に引き戻される切り替わりが 見事だった。
 マイク・フィギス監督の【時代×4】は、4分割の画面がちょっとチラチラしたが、過去と現在が4つの画面(部屋)の 中で繋がっていく構成が面白い。
 【老優の一瞬】のイジー・メンツェルという監督の名は、この映画で初めて知った。すでに故人となった実在の俳優の青年期から 中年、そして老年期に至るまでの姿を、彼の出演した映画フィルムを繋いで描いていく。その中から一人の俳優が辿った人生が夢の ように浮かび上がり、そして立ち去っていく。
 幻のような映像とバックに流れる美しいピアノ曲。しみじみした味わいが残り、この映画の中では一番好きなフィルムだった。
  【◎△×】7

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3月
ホテル ビーナス

2004年  日本  125分
監督 タカハタ 秀太
出演
草なぎ 剛、中谷 美紀、香川 照之、市村 正親
パク・ジョンウ、コ・ドヒ、チョ・ウンジ、イ・ジュンギ

  ストーリー
 最果ての街のホテル・ビーナス。ここは脚の悪いオカマのオーナー“ビーナス”(市村 正親)、ウェイター兼ホテルの世話係り “チョナン”(草なぎ 剛)、夫婦喧嘩の絶えないアル中の元医者“ドクター”(香川 照之)と妻の“ワイフ”(中谷 美紀)、花屋を 開く夢を持つ娘“ソーダ”(チョ・ウンジ)、いつもピストルを携え、殺し屋を自称する少年“ボウイ”(イ・ジュンギ)など、それ ぞれ過去に事情を抱えた人たちが住んでいた。
 ある日、“ガイ”(パク・ジョンウ)と名乗る無口な男が、口を利かない少女“サイ”(コ・ドヒ)を連れて現われる。2人もなにか ワケありの過去を背負っているようだ。

  一口感想
 日本映画にもかかわらず日本語はまったく出てこない。台詞はすべて韓国語、舞台となるのは最果ての街ウラジオストク。うらぶれた 喫茶店兼ホテルが醸し出す国籍不明の雰囲気はかなり魅力的だ。
 しかし、いかんせんストーリーの展開手法が安易すぎる。登場人物が 過去にそれぞれ傷を持ち、今もそれを抱えて生きている、ということは、物語の進行とともにじわじわあぶり出されてきた時に、 初めて、観客はその痛みの深さに共感するのだと思う。当人たちに安直に語らせてはいけない。登場人物がみな自分の傷に浸りこみ、 たがいの傷をなめあっている感じで、かえって気分が離れる。もう少し突き放した客観的な視点がほしいと思った。
 アル中の元医者に扮した香川照之が、さりげない演技ながら光る存在感を示し、さすがと思った。
  【◎△×】6

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1月
ミスティック・リバー

2003年  アメリカ  138分
監督 クリント・イーストウッド
出演
ショーン・ペン、ティム・ロビンス、ケヴィン・ベーコン
マーシャ・ゲイ・ハーデン、ローレンス・フィッシュバーン

  ストーリー
 貧しい住人たちが暮らすボストン・イーストバッキンガム地区。路上でボール遊びに興じるジミー、デイヴ、ショーンの3人の少年の 傍らに車が止まり、警官を装った2人の男がデイブを連れ去ってしまう。ジミー、ショーンの2人はなすすべもなく、走り去る車を 見送るだけだった。4日後、デイヴは男たちに弄ばれ、自力で脱出したところを保護された。
 それから25年、同地区で殺人事件が 発生する。被害者は町で雑貨店を営むジミー(ショーン・ペン)の19歳になる娘だった。今は殺人課の刑事となったショーン (ケヴィン・ベーコン)が事件を担当することになり、かつての幼馴染みは25年ぶりに再会する。犯人に激しい怒りをたぎらせる ジミー。やがて、捜査線上にデイヴ(ティム・ロビンス)の名が浮かび上がる。
 ベストセラーとなったミステリー小説をクリント・イーストウッドが監督、映画化した。単なる犯人探し、謎解きを超えて、人間存在 の本質に迫ろうとしたヒューマン・ドラマ。ショーン・ペン、ティム・ロビンスがそれぞれアカデミー主演、助演、男優賞を受賞した。

  一口感想
 世評は非常に高い映画だが、なぜか私はにはもう1つピンと来なかった。どんな映画でも2つや3つ気になるところがあるものだが、 それでも、楽しんだり感動したりする。ただ時々、そのいつくかの部分が小骨が喉に刺さるように引っかかり、最後まで抜けない時が ある。本作はそういう映画の1本だった。

 たとえば、ショーン・ペン。彼は最後まで気分が乗らないままこの役を演じたのではなかろうか。娘の死の悲しみを幼なじみのデイヴ にベランダで打ち明けるシーンで、「無理に悲しんでる」という印象に襲われ、その後も手馴れた暴力的な男をルーチンワークのように 演じている印象が去らなかった。
 ケヴィン・ベーコンの妻がかけてくる無言電話も気になった。電話をせずにいられない、でもどうしても言葉を発することが出来ない。 そういうことはあると思う。ただ、その経緯(いきさつ)をもう少し描いて ほしかった。あれでは異常な感じしか残らない。最後の街頭パレードを見るショーン・ペンの妻の態度も変だ。夫が人を殺したこと を知っていて、あんなに晴々しい表情をするものだろうか。私には、夫がもしや殺人犯ではないかという疑念で怯え、不安になるティム・ ロビンスの妻(マーシャ・ゲイ・ハーデン)のほうが自然な姿に思えるのだが。

 最も気になったのは、子供時代のデイヴ誘拐事件が、3人の少年の人生にどういう影響を及ぼし、25年後の事件に至ったのか、が よく分からなかったことだ。少なくともデイヴがその影を引きずって生きてきたこと、まだそこから立ち直ってはいないことは分かる。 でも、他の2人はどうだったのだろう。ジミーが、娘が殺されたというその時に、「あの時誘拐されたのがデイヴでなく自分なら・・・」 と言い出すのはあまりに唐突だ。ずっとその思いが彼の人生に影を落としていたなら、それをどこかでさり気なく描いてほしかったと 思う。

 しかしそれよりも、果たしてあの事件を3人に共通の体験(トラウマ)にする必然性があったのだろうか。デイヴ一人の胸に秘め た体験で、それが25年後の事件を通して徐々に明らかになり、他の2人が彼の痛みを共有していく、という設定ならどうだったろう。 この部分がもっとすんなり受け入れられたなら、初めに縷々書いたような小骨もいずれ喉から取れてしまっていたのではないか、と という気もするのだが・・・。時をおいて、もう一度見たいと思っている。
 ケヴィン・ベーコンの渋みを増した演技に接することが出来たのは収穫だった。
  【◎△×】7

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1月
MUSA

2001年  韓国/中国  133分
監督 キム・ソンス
出演
チョン・ウソン、チュ・ジンモ、アン・ソンギ
チャン・ツィイー、ユー・ロングァン、パク・チョンハク、パク・ヨンウ

  ストーリー
 14世紀末、朝鮮半島の高麗王朝はすでに末期、一方、中国ではモンゴル(フン)族の建てた元が滅び、漢族の明王朝が誕生してまだ 間もない頃だった。1375年、高麗は新たな宗主国・明に使節団を送るが、彼らはスパイの容疑をかけられ囚われの身となる。
 広大な砂漠地帯の流刑地へ向う途中、モンゴル軍の襲撃に会い、護送の明軍は全滅。高麗使節団は図らずも自由の身となるが、故郷へ向う彼ら が出会ったのは、モンゴル軍に捕らえられた明王室の芙蓉(プヨン)姫(チャン・ツィイー)だった。
 彼女を救出すれば、スパイの容疑も晴れると考えた使節団のチェ・ジョン将軍(チュ・ジンモ)は、モンゴル兵の隊列を襲って姫を 救出する。しかし、帰国を中断し、明の首都・南京に向う一行を、姫奪還を図るランブルファ将軍(ユー・ロングァン)率いる モンゴル兵は、更なる大軍で追いかけてくるのだった。

  一口感想
 高麗(こうらい)が語源となって韓国はKorea と呼ばれるようになったそうだ。それほど朝鮮半島に 強大な勢力を持った国だが、それでも宗主国、中国・明王朝に送った使節団はそのつどスパイ容疑をかけられて拘束されたというから、 大国に接している弱小国はつらいなぁと思う。
 4回送った使節団のうち、1つは結局帰国せず、消息が知れないという記録が残っているそうで、この映画は「彼らに一体何が 起こったのか」をオリジナルに創造して描いている。

 こういう話は私は文句なしに好きなので、出来不出来を云々する以前に楽しんでしまった。
 興味深かったのは、砂漠を流刑地へと護送される高麗使節団を襲ってきたモンゴル軍が、彼らが漢民族でないと知ると、何もせずに 立ち去ることだ。歴史の一時期、ユーラシア大陸を席捲したフン族は、勇猛というより、獰猛・残虐のイメージが強かったから、 「へぇ〜、意外に紳士的なんだ」と、驚いた。私の狭い偏見が修正された瞬間だ。(大袈裟かな?)
 モンゴル軍の指揮官ランブルファ将軍が素敵だ。情誼をわきまえ、ひどく 人間的な魅力に溢れている。「古武士」という呼び名にピッタリの人物だ。
 彼だけでない。この映画は登場人物たちがみな魅力ある。“イケメン” と評判になった若い2人、とくに解放奴隷に扮したチョウ・ウソンの美男ぶり にはびっくり。翳りと鋭さがこんなに見事にミックスした美貌は、残念ながら日本の若手俳優には見られないなぁと思う。韓国の名優、 アン・ソンギも人望厚い隊長を好演して、彼ならではの味を出している。お姫さま役のチャン・ツィーもいい。

 と、褒めまくりに聞こえるが、じつは大きな欠点がある。ストーリーが平板なことだ。登場人物の個性も的確に描き分けられている し、戦闘シーンの迫力の凄さは、スペクタクルの名に恥じない壮大さだ。
 しかし、惜しむらくは人間ドラマに膨らみがない。芙蓉 (プヨン)姫がなぜ砂漠を少ない供でうろついてモンゴル軍に捕らえられるマネをしたのか、なども、本人が 「外の世界を知りたかった」と説明する場面があるけれど、彼女の争奪を巡って物語は展開するだけに、これではいかにも弱い。
 戦闘シーンに製作の精力が使い果たされ、人間ドラマに回すゆとりがなくなった感じで、とっても残念な気がした。
  【◎△×】7

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