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9月 |
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ストーリー ふとしたことから、学園祭でシンクロを披露することになってしまった男子高校生たちの、苦難と努力と情熱の夏休みをユーモア いっぱいに綴った青春ストーリー。 部員が3年の鈴木(妻夫木 聡)1人という廃部寸前の唯野高校水泳部に、赴任してきたばかりの美人の佐久間先生(眞鍋 かをり)が 顧問になった。途端に部員は一挙に28人に。ところが先生が教えようとしているのが“シンクロナイズド・スイミング”と分ると部員 は激減し、鈴木を含む5人(玉木 宏、三浦 哲郎、近藤 公園、金子貴俊)だけになってしまった。 おまけに先生は妊娠していることが判明し、産休に入ってしまう。成り行き上、しかたなしに5人は謎のイルカ調教師(竹中 直人)の 指導の下、猛特訓を開始する。 劇場公開時、モデルになった川越高校の特集をたまたまニュース番組で見ていたせいか、映画が予想していたのとかなりイメージが 違っていて、戸惑った記憶がある。今回は2度目の鑑賞。初めからナンセンス・コメディということが分っていたせいか、意外に 面白かった。
高校生役の5人の演技は学芸会並みだし、ストーリーも浅いし、突っ込みどころは山ほど。でも、あの年代の男の子特有の青臭い
エネルギーがうまく描かれていたと思う。「しょうがないなぁ」なんて溜め息つきつつ、微苦笑がもれて、気がついたら応援している、
そんな感じだ。学園祭主任の杉田先生に扮する杉本哲太がいい。全体が上っ調子になりがちなだけに、彼の自然体の演技が映画のトーンを落ち着かせ ていると思った。 鈴木と桜木高校の女子生徒との交流が、あっさり爽やかなのが好印象。妻夫木聡は演技はまだまだだが、伸びやかなのが魅力。ガール フレンドを演じた平山綾、しっかり者でキュート。ほんとに可愛い。 練習シーンがあまりないのにいきなり上手になっちゃうのが少し気になるが、これは『スウィングガールズ』(04)もそうだったし、 矢口監督の流儀なのかも。たとえば、スポ根的になるのを避けるために、というような理由で。 ラストのシンクロナイズド・スイミングのパフォーマンスは文句なしに楽しい。ピチピチ跳ねるような勢いがある。これが若さだ!って いう感じだ。演技を終えてプールサイドを去っていく高校生たちは、みんな達成感が溢れたいい顔をしている。とても演技とは思えない。 撮影のために猛特訓をしたそうだが、その充実感が自然と顔に表われたんじゃないかなぁ。 【◎○△×】6 |
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7月 |
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ストーリー 地球温暖化で世界の大都市が水没した未来社会。ヘンリー(サム・ロバーズ)とモニカ(フランシス・オコーナー)には一人息子 マーティン(ジェイク・トーマス)がいるが、彼は不治の病にかかり、低温装置で眠っていた。そんな夫婦の元に、ある日、初めて愛と いう感情をインプットされたロボット、デイヴィッド(ハーレイ・ジョエル・オスメント)が届けられる。 人間の子どもそっくりのデイヴィッドを見て、モニカは激しく感情を揺すぶられる。夫婦の愛に包まれて幸せな日々が過ぎるが、医療 技術の進歩でマーティンは生き返り、デイヴィッドは森の中に捨てられてしまう。デイヴィッドは本物の人間になるために、遊び相手の スーパートイ、テディやジゴロ・ロボットのジョー(ジュード・ロウ)とともに、“青の妖精” を探す旅に出る。 故スタンリー・キューブリックが長年温めてきた企画をスティーヴン・スピルバーグ監督が映画化したSFドラマ。 ロボットに人間と同じ感情を組み込み、人間を愛するようにプログラミングしたらどうなるか? これは私には考えるだに怖ろしい ことのように思える。人間が神に成り代わって、新種の人類を作り出すことのように思えるからだ。 人間の愛は冷めたり新しく芽生えたり、気まぐれだ。けれど、そのアバウトさが心に空気の通り路を作ってくれるともいえる。しかし、 ロボットは一度その愛が発動されたら決して変わることなく、その対象を求める続ける。変更不可能。これはほんとに怖いことだ。
映画の初めで、科学者のホビー教授(ウィリアム・ハート)が、愛される側の人間の義務や責任について言及するシーンがあるが、
まともにこのテーマを取り上げたら、とてつもなく深遠な難しい映画になりそうだ。スピルバーグはそこには踏み込まず、エンターテインメントに徹している。故スタンリー・キューブリックが長年温めた企画だそう だが、私はむしろスピルバーグ流のおもちゃ箱をひっくり返したような賑やかな映画になっているのに、ホッとした気分だ。 氷河期に閉ざされ、人類が絶滅した地球に、2000年の時が経って現われる宇宙人が、私には印象深かった。彼らは細くなだらかな 身体をして、まるで陽炎のようだ。見かけだけでなく、心ももの静かで優しい。彼らはデイヴィッドの願いを読み取り、たった1日 だけど、「ママ」との再会を実現してくれる。 宇宙人というと、地球を攻撃侵略する凶暴で邪悪な存在、という描き方の映画が多いけれど、スピルバーグ監督は『未知との遭遇』 (77)でも『E.T.』(82)でも、彼らを友好的な存在として描いている。彼の中には、遥かな宇宙とそこにいるかもしれない 宇宙人に対して、少年のような夢が生き
続けているんだなぁと改めて思う。ハーレイ・ジョエル・オスメントはぎこちないロボット的な動き・表情が徐々に人間らしい滑らかさに移っていく演技がすごい。 ジュード・ロウの演じた “ジゴロのジョー”。彼はセックスで人間に奉仕するように作られている。それになんの疑問も抱かず、 陽気に自分の運命を全うする。その明るさがかえって哀れに思える。 そしてデイヴィッドの伴侶の “テディ・ベア”。可愛いみかけとおじさんみたいな声を持つクマの人形は、最後までデイヴィッドに 寄り添い、彼を支える。3つのロボットたちの間には無私の関係がある。それを “愛” と呼んでいいのか分からないけれど、 切なくて美しいものに感じられる。 公開時、劇場で見た時は結末がなんとなく物足りない気がしたが、今回久しぶりに見て、これでいいのだと思った。デイヴィッドは 人間にはなれなかったけど、ロボットとしての愛を全うした。ちょっと哀しい後味が残る物語だった。 【◎○△×】7 |
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8月 |
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ストーリー 17世紀 “太陽王” と呼ばれ、フランスの絶対君主としてヨーロッパ全土にその名声を轟かせたルイ14世と、彼のために3000 曲もの音楽を作り上げた宮廷音楽家リュリの生涯を、史実をからめながら描いている。監督は『カストラート』で脚光を浴びた ベルギーの名匠、ジェラール・コルビオ。 ルイ14世は5歳で国王となるが、その実権は母アンヌ(コレット・エマニュエル)と愛人の宰相マザラン(セルジュ・フイヤール) が握っていた。 ルイ14歳の時、イタリアからやって来た音楽家で舞踏家のリュリ(ボリス・テラル)は、ルイの聡明で美しい眼差しに魅了され、 彼のために音楽を作り舞踏の振り付けを考案する。舞台に立つルイの太陽のような神々しさは、民衆の心をつかみ、王の権勢を 知らしめていくのだった。 8年後、マザランの死去とともにルイ(ブノワ・マジメル)の権力は増していく。自らもスペイン王女と政略結婚したルイは、リュリ にマドレーヌ(セシール・ボワ)との結婚を命じる。しかし男色家のリュリはルイを密かに愛していた。 太陽王といわれて絶対王制を確立したルイ14世が、ダンスが好きで自らもかなりの踊り手だったとは、この映画を見るまで 知らなかった。 踊りといっても、女性と組んで優雅に踊る舞踏会のダンスとはずいぶん違う。口をきりりと引き締め、目を怒らし、歌舞伎の六方の ように足を強く踏み鳴らす。“太陽” を表した舞台の中央にまばゆい光を放つ衣装をまとい、権力を誇示するごとく踊る王。「朕は 国家なり」と豪語したルイ14世の若い頃の気負いが、ブノワ・マジメルは身体全体で演じていたと思う。
リュリに扮したボリス・テラルもなかなかの熱演。彼は、自分の才能を認めるべき人物は絶対権力者たる王以外はありえない、という
芸術家としての強烈な自負があったように思う。そのために全身全霊をもって王に仕えた。王が原野で軍隊を指揮するポーズを取り、画家に自らの絵を描かせるシーンがある。その傍らで、宮廷楽士たちの演奏を指揮する リュリの姿は、まさに鬼気迫る。 リュリはいわゆるバイ・セクシュアルだったらしい。しかし、彼の王に対する愛は同性愛的なものとは違う気が私はした。美しく 才能ある絶対権力者。こんな魅惑的な存在はこの世にない。外国からやって来て、宮廷内で密かな疎外感に苦しんだに違いない リュリが、王に一体化することで、芸術家としての自己を保ったのだという気がする。 王と臣下という主従関係は厳然と存在するけれど、ルイに対する愛は、彼に自分を投影した自
己愛的なもののように私には思えた。劇作家モリエール(チェッキー・カリョ)をルイの傍らから排除し、ひたすら彼を賛美する歌と音楽を作り続けたリュリが、 そのためにかえってルイに飽きられ、寵愛を失うのは皮肉なことだ。 彼は「王が望むものを自分が作り出している」と信じて疑わなかったけれど、権力者とはずっとずっと気まぐれで冷酷なものなのだと 思う。 リュリは怪我がもとで重病になり、脚を切断しなければならなくなる。しかし「王と踊った脚を切ることはできない」と手術を 拒否し、そのまま息を引き取る。 リュリの死の知らせを受けたルイが家臣を引き連れて歩み去る場面は、じっさいのベルサイユ宮殿でロケしたのだそうだ。こ場面は きらびやかな中にも荘厳さに満ち、言葉を失うほど美しい。 王に従って遠ざかっていく宮廷人たちの姿が左右対称の構図なかにぴったりと収まって、確立された王の権勢を示しているように 思えた。 【◎○△×】7 |
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7月 |
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ストーリー ロサンゼルス近郊に住む悩みや孤独を抱えた5人の女性たちの日常が、ハリウッドを代表する女優たちの出演でオムニバス・ ドラマ風に描かれる。 痴呆の進む老母を介護する女医イレイン(グレン・クローズ)の話、不倫中の銀行の独身女性支店長レベッカ(ホリー・ハンター)の 話、離婚して中学生の息子と2人暮らしの童話作家ローズ(キャシー・ベイカー)の話、死の病に冒された同性の恋人リリー (ヴァレリア・ゴリノ)と同居している女占い師クリスティーン(カリスタ・フロックハート)の話、美貌で盲目の妹(キャメロン・ ディアス)を持つ女性刑事キャシー(エイミー・ブレネマン)の話、と5話構成。 1つのエピソードの登場人物が別のエピソードにチラリと姿を見せたりして、5人が同じ町に暮らすことをさり気なく示すものの、 相互のエピソードが直接的に関わりあうことはなく、それぞれ独立した物語となっている。 第一話“キーナー医師の場合”が私には一番身につまされる話だった。人生の折り返し地点を過ぎてもう大分になる私など、人との 触れ合いを求めながらも、面倒臭さが先に立って、人に心を閉ざしてしまっていることに時おりふと気づく。キーナー医師を訪れた タロット占い師クリスティーンの言葉がいちいち胸に響き、さりとて取り乱すことなくその場を取り繕うところまで彼女と一緒で、つい 苦笑してしまった。 第三話“ローズのための誰か”はファンタジーみたいな趣がけっこう私好み。小人の隣人アルバートが裸体で眠る姿にふと母性愛を 覚えたローズが、成熟した男の目で彼が自分を見つめているのに気づいた瞬間の狼狽、それからは我しらず彼に性的な思いが向いて しまうことの戸惑いなど、中年女性の性の深淵がさり気なく描かれていて、面白かった。 ほかに “レベッカの贈り物” “おやすみリリー、おやすみクリスティーン” “キャシーを待つ恋” など。 【◎○△×】7 |
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9月 |
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ストーリー 麻薬密売にからむフランス警察の陰謀にたった一人で立ち向かう中国人秘密捜査官の、壮絶な闘いを描いたハードボイルド・ アクション。製作・脚本はリュック・ベッソン。 麻薬ルートを捜査するためパリを訪れていた中国のエリート捜査官リュウ(ジェット・リー)は、地元パリ警察のリチャード警部 (チェッキー・カリョ)の罠にはめられ、殺人の濡れ衣を着せられてしまう。 逃亡中、リュウはアメリカ人娼婦のジェシカ(ブリジット・フォンダ)と出会う。彼女は偶然にも殺人現場に居合わせていたが、 リチャードに幼い娘を人質に取られ、口を封じられていた。 ジェット・リーが扮する中国から派遣された捜査官が、パリに到着してからのわずか2日間の出来事を描いているのだけれど、 その間、アクションに次ぐアクションで、瞬きする暇もない。アクションには「華麗」とか「過激」とか表現されることが多いが、 ジェット・リーのアクションは「鋭い」という形容が当てはまる。 しかし正直いって、彼のアクションをあまり楽しむ気持ちになれなかった。チェッキー・カリョの悪役ぶりが凄まじすぎて、それに 圧倒されてしまう。部下だろうがなんだろうが容赦なく殺す。その冷酷さはほんとに背筋が凍るようだ。ジェシカが「彼は悪魔よ」 という場面があるがほんとにそういう感じだ。 彼の部下たちも恐ろしい。鋼のような身体をした男たちが暴力で娼婦をいたぶり、支配し、麻薬を打って働かせる。問答無用で銃を ぶっ放す。残酷な獣か、感情のない機械のようで、人間という感じがしない。そんなシーンの連続なので、だんだん心が殺伐として くる。 かれらにたった一人で対決し、次々に倒していくジェット・リーは凄いけれど、悪役の荒涼とした非人間性に打ちのめされて、「悪人 をやっつけてよかった」というアクション映画らしい痛快感がどうも沸いてこないのだ。 リーが長い針を、相手が気づかぬほどの素早さで首のツボにスッと刺しこんで仕留めるところは、日本のテレビドラマ「必殺」 シリーズを連想した。こういう技は欧米人には新鮮に感じられるのだろうと思う。でもその結果、カリョが眼や鼻から血を噴きだし、 顔中血まみれになって死ぬのは、視覚的にあまりに血なまぐさい。 リーの水のようなクール個性や物静かな雰囲気は嫌いではないが、アクション映画はやはりシンプルに楽しんで見られるものがいい。 ジェット・リーのアクション目当てで見に行ったのだけれど、あんまり後味のいい映画ではなかった。 【◎○△×】5 |
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8月 |
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ストーリー 17世紀のフランス女流作家ラファイエット夫人による古典文学「クレーヴの奥方」の映画化。『世界の始まりへの旅』のマノエル・ ド・オリヴェイラ監督が、舞台を現代の上流階級に移して描いている。 カトリーヌ(キアラ・マストロヤンニ)は熱烈に求愛する若いフランソワ(スタニスラス・メラール)を振り、母の友人に紹介された 医者ルイ・ド・クレーヴ(アントワーヌ・シャピー)と結婚する。夫との穏やかな生活はカトリーヌに心身の安定をもたらすが、彼女は 年の離れたルイに尊敬以上の感情を持つことが出来ない。 そんなある日、ロック歌手ペドロ・アブルニョーザのコンサートに出席したカトリーヌは、これまで経験したことのない心の高ぶりを 覚える。一方、ペドロも美しいカトリーヌに惹かれ、彼女に積極的なアプローチを図るのだった。 全編がほとんど二人の人物の対話、という形で進行する。動きのない映像はまるで静止した絵画を順番に見せられているようで、 少々退屈。とはいえ、映像そのものは中世絵画の趣きがあり、かなり魅力的だ。 字幕説明を使って場面転換する方法がサイレント映画みたいで面白い。 主人公カトリーヌを演じているキアラ・マストロヤンニは、カトリーヌ・ドヌーヴとマルチェロ・マストロヤンニの娘だが、感情を 抑制した演技というより、ただ暗いだけという印象で、魅力が薄い。主役は荷が重かったんじゃないかな・・・。 ポルトガルの実在の歌手ペドロ・アブルニョーザが、ハンサムでも何でもないのにチャーミング、舗道のさり気ない立ち姿とかがすごく サマになっている。時おり挿入される彼のコンサートが雰囲気があっていいと思った。 【◎○△×】7 |
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8月 |
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ストーリー 『青いパパイヤの香り』『シクロ』のトラン・アン・ユン監督作品。ハノイに住む3姉妹を中心に、その男きょうだいや夫、恋人など の姿を、母の命日から1ヶ月後の父の命日まで描いたホーム・ドラマ。 母の命日に集まったスオン(グエン・ヌ・クイン)、カイン(レ・カイン)、リエン(トラン・ヌー・イェン・ケー)の3姉妹と ただ一人の男きょうだいハイ(ゴー・クアン・ハイ)の4人は、和気藹々と命日の料理を作っている。屈託のない穏やかな空気が 集まった家族を包む。しかし、姉妹はそれぞれに悩みや秘密を抱えていた。 喫茶店を営む長女スオンは年下の恋人と密会を重ね、夫のクオック(アンクル・フン)は密かにもう1つの家庭を持ち、子までなして いた。次女カインの夫は作家の卵だが、デビュー作の筆が捗らず、気分転換に出た旅先で危うく浮気しそうになる。 大学生の三女リエンと下積み俳優のハイは一緒に暮らしているが、リエンは恋人との仲がうまくいかず、恋人気分で兄に甘えてハイを 困らせるのだった。 穏やかで美しい映像が素晴らしい。庭や室内を染める淡い緑の色調、風に膨らむカーテン、白く柔らかな光、姉妹の長い黒髪と湿り 気のある肌、ベトナム語の滑らかな響き・・・。 三姉妹が抱えるそれぞれの家庭の事情も、どろどろした激しさは持たずに、たおやかに流れていく。もっとも長女スオンの夫は、 これからも二つの家族に引き裂かれつつ人生の重荷を背負っていくのかなぁ、とやや深刻な後味を残すけれど。 ただ、主役の三女リエンは優雅で美しい人だが、27、8才の人妻の雰囲気。とても無邪気な22、3才の大学生には見えない。 長女スオンも42、3才の中年女性の感じ。夫のクオックも40才過ぎに見え、結婚5、6年で2、3才の幼児がいる夫婦というには ちょっと無理がある。演ずる俳優たちが役柄よりも老けて見えるのが、最後まで違和感があった。 【◎○△×】7 |
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8月 |
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ストーリー 『ジュラシック・パーク』『ロスト・ワールド』に続くシリーズ第3作。 古生物学者のアラン・グラント博士(サム・ニール)は、助手のビリー(アレッサンドロ・ニヴォラ)と一緒に恐竜の研究を続けて いた。ある日、彼を実業家と名乗るポール(ウィリアム・H・メイシー)と妻のアマンダ(ティア・レオーニ)という夫婦が訪れ、 イスラ・ソルナ島上空を回るツアーのガイドを依頼する。 グラント博士は研究資金を見返りとすることで承諾するが、彼らの目的は、じつは2ヶ月前にパラ・セーリング中にこの島で行方不明 になった息子のエリック(トレヴァー・モーガン)を探すことだった。この島に生息する恐竜たちが次々に一行に襲いかかる・・・。 本作の恐竜たちは人間に劣らない知能を備えている。もはや、“狩るもの” が恐竜、“狩られるもの” が人間という図式、人間は ひたすら逃げるしかない。 翼竜プテラノドンが、もとは人間が自分たちを閉じ込めた巨大な鳥かごを利用して、人間たちを捕獲しようとするところが面白い。 グラント博士たちは初めは単に古鉄橋と思って渡り始める。今にも崩れそう。1人ずつしか渡れない。霧が立ちこめ、橋の途中から先が 見えないのがとても怖い。 そのうち博士が異変に気づく。「しまった!これは鳥かごだ」。その途端に黒い大きな影がばさっ
と襲いかかってくる。スリル満点だ。殺した捜索隊のメンバーの一人を生きているようにみせかけて、つまり “生餌” として、他のメンバーをおびき寄せようとする恐竜 が少し前に出てくるが、同じ襲うのでもストレートな分、こっちのほうがずっと好感が持てる。 ラプトルという妙に人間臭い恐竜も登場する。彼らは助手が盗んだ卵を取り返すために、チームを組んでしつこく博士たちを追って くる。 映画冒頭、彼らは響音腔を持っていて互いにコミュニケーションが取れるらしい、と博士が学会で研究発表する場面が出てくるが、 それが効いてくる。模型の頭蓋骨(ちゃんと持って来ていた!)を博士が笛のように吹くと、大事そうに卵を抱えてそそくさと去って いくのだ。何か会話が成立したらしい。一行を襲って復讐しようという気はなかったらしく、思わずほっとする。 本作は、次々に襲いかかる困難からいかにして脱出するかという、言ってみれば “冒険アクション映画” だが、登場する恐竜の種類 は、シリーズ中では一番多いんじゃなかろうか。シリーズ第一作の文明批判のような深みはないけれど、恐竜ものの醍醐味はある。 グラント博士のサム・ニールや、エリー役のローラ・ダーンもゲスト出演ながら顔を見せて、その点も楽しめる。 ただ、1つ気になるのは、ラストシーンで空を飛ぶプテラノドンだ。彼らの姿は悠々として美しい。でもあのまま人間世界にまで飛行 していったら、どうなるんだろう・・・? 考えるとかなり怖い。 【◎○△×】7 |
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8月 |
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ストーリー レオン・カーファイ主演の香港インディーズ映画。 ヤン(リュ・リーピン)は元はダンサーだったが、事故で足に怪我をして、今は大きな中華料理店のエレベーター嬢をしている。同棲 相手のジエン(レオン・カーフェイ)は薄汚い雑居ビルのポルノビデオ店主だ。年上のヤンから小遣いをもらうヒモのような生活を しつつ、町で見かけた若い女エン(ワン・ニン)に惹かれて声をかけたりする。 エンは中国本土で恋人を亡くし、香港に流れてきた。手軽に稼げる商売とドライに割り切って、娼婦をしている。 もう1人の登場人物はエレベーター整備士のリー(ロルフ・チョー)。恋人もなく、ラジオの電話デート番組で相手をからかったり、 ポルノビデオを見たり、所在ない日を過ごしている。 香港を舞台に4人の男女の出会いとすれ違いを通して、都会の孤独を綴る。 登場人物がそろいも揃って無気力で投げやりなのが気にかかる。寂しくて、愛を求めているのに、自分のその寂しさにさえ気づいて いないみたいだ。 本土出身の娼婦エンは不貞腐れていて、いつもだるそう。でも彼女には帰る故郷がある。 しかしエレベーター嬢のヤンには、帰る場所すらない深い孤独の渕がある。同棲しているジエンが浮気をしても、怒るでもなく別れる でもなく、腐れ縁のような関係をずるずる続けている。 事故で足首から先を失ったが、その理由はいつも嘘ばかり。相手の反応を見て楽しんでいるのだ。 嘘といえば、エレベーター整備工のリーもラジオの電話デート番組にダイヤルして、作り話で相手を怒らせる。それも彼にはただの 暇つぶし。エロビデオやテレビゲームが唯一の楽しみで、カーテンを引いた部屋の自分の世界に籠っている。 なかで唯一元気に見えるレオン・カーファイ演ずるポルノビデオショップ店主のジエン。自分を捨てた女に連綿とする一方で、 ちゃっかり年上の女ヤンに小遣いをたかったりしている。それでも目的もなくフラフラ生きてる点では、他の登場人物たちとそう 変わらない。 だれもが澱みに漂っている浮草みたいに頼りない。今は引っ掛かっているけれど、いつまた何の弾みで流れていくか知れないのだ。 大した事件も起らず淡々と流れるストーリーだけど、都会の孤独が迫ってきて切ない気持になる。 【◎○△×】7 |
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8月 |
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ストーリー 元トップレーサーだったジョー・タント(シルヴェスター・スタローン)は、かつての相棒でチーム・オーナーのカール(バート ・レイノルズ)から、現場復帰の要請を受ける。衝撃的なデビューを飾りながらも、スランプに陥った新人レーサー、ジミー(キップ・ パルデュー)をサポートするためだ。 昨年度のチャンピオン、ボー(ティル・シュワイガー)は快進撃を続けていた。ジョーは自らの経験とテクニックをジミーに伝授して いくことを決意する。 スタローンがカーレーサーっていうのは、はっきり言って、とっても似合わない。体ががっちりしていかついから、乗ったら車の スピードが落ちそう・・・。若手のアシストのためにレースに出てるいらしいのだけど、完全に現役を引き、裏方で新人を指導する役に 徹した方がずっとカッコよかったと
思うんだけどなぁ。でもそうなると、主役はどうしてもキップ・パルデューのほうにいって、スタローンは脇役に回ってしまう。それはやっぱりマズイ のかしら・・・。 プールでシンクロもどきの泳ぎを披露していたエステラ・ウォーレンがなかなかチャーミング。ほんとはボーを愛しているのに、 振られた腹いせにジミーの方になびいて、ボーをやきもきさせる。そのくせジミーが本気なのを承知で、結局ボーのところにもどって しまう。下手をすると、身勝手な女の子になりかねないけど、ぜんぜん嫌味ではない。 3人の恋の鞘当ては青春映画としてはなかなか面白いが、肝心の、ジョーがどういう風に若いジミーをレーサーとして再生させて いったのかがよく分からない。 キップに、ドイツのやんちゃっ子、ティル・シュワイガー、そしてエステラ・ウォーレン、と若手が目立つ映画。スタローンやバート ・レイノルズがちょっと色褪せて見えた。 レースごとに必ずといっていいほど事故が起き、車が派手にビューンと宙を飛ぶ。実際のレースでこんなにしょっちゅう事故が起きる とは思わないけど、命を的にした危険なものというのはよく分る。お祭りのように華やかなレース場の雰囲気が魅力的。 【◎○△×】5 |
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9月 |
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ストーリー 世界中でベストセラーとなったヘレン・フィールディングの同名小説を映画化したラブ・コメディ。 ロンドンの出版社に勤めるブリジット(レニー・ゼルウィガー)は32歳の独身女性。目下の目標は、体重とタバコとお酒の量を 減らし、素敵な恋人をみつけることだ。 出版記念パーティーの夜、ブリジットは憧れの上司ダニエル(ヒュー・グラント)と急接近して有頂天になるが、彼はとんでもない 浮気男だった。傷心のブリジットは会社を辞めて、TVリポーターに転職する。 ある夜、彼女は友人夫妻に呼ばれた夕食会で、以前実家のホームパーティで顔を合わせたバツイチの弁護士マーク(コリン・ファース) に再会する。 ブリジットとマークの出会いが傑作。ホームパーティで母親に「彼よ」と耳打ちされたブリジット、後ろ姿を見て「アタリかも」と 俄然その気になる。ところが、振り向いたマークの胸には大きなトナカイの編みこみ模様が・・・。途端にブリジット、「あ、ハズレ」。 レニー・ゼルウィガーの軽妙なナレーションと、コリン・ファースのムッと不機嫌な顔が絶妙のバランスだ。 マークはラスト近くのパーティでは、今度は赤い地に雪だるまがどっさり並んだ、何とも目立つネクタイをして現れる。どちらも 母親のプレゼント。気難しい顔の向こうに、ちょっと困ったマザコン息子が見えて吹き出したくなる。
マークがブリジットの誕生日に彼女のアパートに表われて、「ずっと君が好きだった」と告白する場面が素敵。ちょっとはにかんで、 上目使いをした時のどっきりするほど甘い表情。コリン・ファースってこんな隠し技を持ってたのね。落差が大きいだけに、ノック アウト1本だ。本作の一番の儲け役は彼だろう。 2人が甘いムードになりかかったところへ、ノコノコ現れる上司のダニエル。一人寂しく誕生日を過ごしているに違いないブリジット は、自分が現れただけで感激するはず、と思い込んでいる。 虫のいい勘違い男を演じるヒュー・グラントがまた抜群だ。ガラス張りのオフィスで、遠隔操法でブリジットのハートを鷲づかみする 二枚目ぶりもサマになっているが、こういうドジな三枚目を演じた時のグラントは、ちょっと下がり目が愛嬌になって彼ならではの味を 見せる。 こんないい男2人が取っ組み合いの喧嘩をするんだから、ブリジット、もてない30女どころではない。レニー・ゼルウィガーが 演じているからだろうけど、とってもチャーミングで、恋人がいないのが不思議なくらいだ。 勝負パンツを穿いている間にマークに出て行かれて、あわてて裸にカーディガンを羽織って追いかける格好なんて、現実には絶対あり 得ないことだけど、ゼルウィガーなら納得してしまうのだ。 恋人を捕まえるための涙ぐましい努力(その割りに、ブリジットはタバコも酒も止めず、痩せもしないのだけれど)に大いに笑いつつ 共感。主役3人がはまり役でとても楽しめた。 【◎○△×】7 |
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7月 |
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ストーリー 女子大生ミッキー(アビー・コーニッシュ)は、バーで行われたポエトリー・リーディングでエロティックな自作の詩を朗読したあと、 忽然と姿を消す。 両親に依頼され、彼女の行方を追う女探偵ジル(スージー・ポーター)は、調査を進めるうちにミッキーの担当教官ダイアナ(ケリー ・マクギリス)と知り合い、強烈に魅了される。彼女は年下のハンサムな夫(マートン・チョカス)を持っているにもかかわらず、ジル の想いに応え、2人は愛の時を重ねる。 その頃、ミッキーの奔放なもう1つの顔も浮かび上がってくる。そしてある日、彼女が死体となって発見された・・・。『女と女と 井戸の中』で女性2人の心理のあやを巧みに描いたサマンサ・ラング監督作品。 物語は、詩の朗読会の後、忽然と姿を消し、さらに腐乱死体となって発見された女子大生ミッキーの死の謎を追うというミステリーだ。 事件を追ううちに、ジルはミッキーと彼女の担当教官ダイアナそれぞれの隠された顔を知ることになる。清純な女子大生、あるいは社会的 地位のある知的な女性の性の欲望を露わにすることで、女性の二面性を描こうとしたのかと思う。 しかし、この狙いは比較的早い段階で空中分解してしまっている。1つは、ミッキーの性生活を知らなかったのは親だけで、観客は 初めから彼女のエロティックな詩を聞かされ、男を引きつけずにおかないチャーミングな目を見せられているから、意外性はない。その 上、私立探偵ジルの 関心は、犯人捜査よりももっぱらダイアナとの関係にあるように見える。
同性愛は隠し味ていどに抑えて、殺人事件の捜査をしっかりメインすえたら面白くなりそうな素材だが、匙加減を間違えたようだ。
最後の謎解き部分も、意外と言えば言えるが、取って付けた感じもあり、さほど感心しなかった。元警官の私立探偵ジルの個性が面白い。黒い皮ジャンにちょっと肩を怒らせた歩き方、精一杯気張ってるけど、どことなく子どもっぽ くて頼りなげ。 レズビアンの恋人ダイアナに「探偵術は下手」と言われて(ということは、別のことは上手、ということで、かなり意味深)腹を立てる けど、そう言われても仕方ない。ある程度、事件の真相を知っているダイアナにしたら、なおそう思えるのだろう。 演じるスージー・ポーターはシャープな顔立ちでなかなかの美人だが、お腹のあたりはややぽてちん。あんまり若くはないのかな。 大学で詩を教えるダイアナを演じるケリー・マクギリスは、『刑事ジョン・ブック/目撃者』(85)の頃はずいぶん綺麗な人と思った けれど、15年も経つとさすがにちょっと老けました。それでも、ジルと同性愛関係になりながら、10歳年下のハンサムな夫と別れる 気はさらさらなく、どちらも手玉に取る中年女性の熟れた魅力を発散して、さすがに貫禄があった。 【◎○△×】5 |