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【映画メモ】  で始まる映画



小さな恋のメロディ

1971年  イギリス  106分
監督 ワリス・フセイン
出演
マーク・レスター、トレイシー・ハイド、ジャック・ワイルド
シーラ・スティーフェル、ジェームズ・カズンス

  ストーリー
 幼い恋人同士の純愛をユーモアを交えながら美しい映像で描いている。全編に流れるビージーズの曲が印象的。
 中流家庭の一人っ子、ダニエル(マーク・レスター)は11歳の引っ込み思案の少年だ。貧しいけれどガキ大将のトム(ジャック・ ワイルド)とは親友で、毎日一緒に遊びやいたずらで過ごしていた。ある日、ダニエルは偶然みかけた女の子メロディ(トレイシー・ ハイド)に恋をする。
 2人は学校を休んで海に遊びに行き、校長先生にお説教されて、思わず「結婚します」と宣言。学校中が大騒ぎになる。

  一口感想
 トムとダニエルが下校のバスに乗りそこなって遊びにいくウェストエンド、ダニエルとメロディが学校をサボって出かける町や海岸、 ・・・こんなに生きいきと魅力的なロンドンは初めて見た。
 2階建の赤いバスや車が行き交い、人々は笑ったり喋ったり歩いたり、普段と同じことを同じようにしているだけなのに、脈々と 息づく町の鼓動が聞こえてくる。子どもの体験しているロンドンが、まさにこれなのだろう。
 子どもが子どもでいられるのはほんのひと時。大人になってそれが分かる。騒々しい学校生活も、失敗だらけの爆発実験も、幼い恋も、 みな彼らが子どもの時間を生きている証しなのだ。この映画のきらめきは、子どもが無心に生きている「今」という時間への愛おしさ から生まれているのだろう。

 ダニエルとメロディの初デートはなんと墓場だ。木洩れ日が輝き、ビージーズの「若葉のころ」が流れる。ディスコ・サウンズになる 前のビージーズでは、私の一番好きな曲だ。
 メロディが「50年ってどれくらい長いの?」とダニエルに聞く。なんという無垢な響きの言葉か・・・。50年という長さが想像 もつかない時代がたしかに私にもあった。
 11、2歳の頃、もういっぱし大人のつもりの私は、同じだけ生きてもまだ25歳にもならないのが「どうしてそんなに若いんだろう」と不満だった。セピア色の風が揺れて、その向こうに子ども時代の自分が見える気がする。

 彼女の「そんなに長く愛せるの?」という問いに、ダニエルは「もう1週間も愛してる」と答える。50年と1週間が同じ重さを持つ。 それが子どもの生きている時間なのだと思う。
 ダニエルとメロディが何処までも続く線路を懸命にトロッコを漕いで遠ざかるラストシーン、彼らの行き先がリアルな大人の時間では ないことを祈りたい気持ちになった。

 主役のマーク・レスターがあどけなさ過ぎて、トレイシー・ハイドとは釣り合わなくて、頼りない気分になったのがちょっと残念。 むしろジャック・ワイルドのほうが前思春期の男の子の微妙な心の揺れを感じさせて、メロディのお相手にはしっくり合うような気が した。
 (マーク・レスターは私には7、8歳くらいにしか見えなかったけど、1958年生まれという から13歳だったのか・・・。トレイシー・ハイドは1960年生まれとか。ということは当時11歳。フーム、13、4歳には見える。
 ジャック・ワイルドは14、5歳に見えるけど、1952年生まれだそう。つまり、当時19歳。悪ガキ風の中に翳りを感じさせるのは そのせいか。それにしても大して違和感なく11、2歳を演じちゃったのはご立派。)
  【◎△×】7

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地中海殺人事件

1982年  イギリス  122分
監督 ガイ・ハミルトン
出演
ピーター・ユスチノフ、マギー・スミス、ジェーン・バーキン
ニコラス・クレイ、ジェームズ・メイソン、ダイアナ・リグ
ロディ・マクドウォール、コリン・ブレイクリー

  ストーリー
 地中海のリゾート地の浜辺で、結婚を機に引退した人気舞台女優アリーナ(ダイアナ・リグ)の絞殺死体が発見された。ホテルに滞在 していた客は、ラテン語教師でアリーナに熱を上げているパトリック(ニコラス・クレイ)とその妻クリスチン(ジェーン・バーキン)を はじめ、全員がアリーナとなんらかの関係があり、それぞれに動機があるがアリバイも持っていた。
 別件の捜査でこの地を訪れていた名探偵ポワロ(ピーター・ユスチノフ)が事件の調査に乗り出す。アガサ・クリスティの原作、「白昼 の悪魔」の映画化。全編に流れるコール・ポーターの名曲が雰囲気を盛り上げている。

  一口感想
 たとえばホテルで殺人が起きた時、容疑者はホテルの滞在客全員でそれ以外にはない、というのは現実にはありえないが、推理もの では一種の ‘密室’ を形作ることになる。しかも全員、被害 者と何らかのかかわりがあり(=動機がある)、かつ互いに相補する完璧な アリバイを持っている、となればこれはもうクリスティものの王道パターンだ。
 ストーリーの核の部分は「ナイル殺人事件」(78)にそっくりなので、中盤過ぎあたりから犯人の見当はある程度ついてくるが、ポアロ がこのアリバイをどう崩すのかが見どころになる。

 動機と言っても、「それで人を殺すか?」「殺したら困るのアンタでしょ?」というのまで混ざってるから、線引きはかなり曖昧だ (無理やり全員容疑者にしちゃってるとも言える)。そこで厳密に、殺したいほどの動機ってなんだろう・・・、と絞っていくとオープ ニングのダイアをめぐる騒動がじわじわ効いてくる。
 冒頭の、イギリスの寒村で起きた女性の変死体発見事件も、最後はきちんと辻褄があう。もっとも、それが犯人とどうつながるのかは ギリギリまで伏せてあるし、一見動機に思えたことがそうでなくて、土壇場でひねりの効いたどんでん返しが待っているのもクリスティ らしく、小粋な展開が楽しませてくれる。

 ポアロものの醍醐味は、ラストに容疑者全員を集めて、事件の全容が明かされるところだろう。 劇場で見ると理解が追いつかない時があるが、本作はビデオ鑑賞。巻きもどして確認したり、「そうだっけ?」「ああ、この時がね!」なんて考える暇があるので助かる。
 ポアロが時間を計りながら海岸沿いの岡を歩いたり、崖から海を覗き込んだりするのが布石となって、最後に1つの線につながる。本作 でのアリバイ崩しの場面は私はなかなか面白かった。

 マギー・スミスのおちゃらけたホテル・オーナーぶり、ヒッピー風の妙な衣装でダサい若妻をしっかり印象づけた後にあっという変身を みせたジェーン・バーキン、ポアロといったらやっぱりこの人、ピーター・ユスチノフの愛嬌たっぷりのレトロな水着姿など、ストーリー 以外の部分でも楽しかった。
  【◎△×】6

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チップス先生さようなら

1969年  アメリカ  151分
監督 ハーバート・ロス
出演
ピーター・オトゥール、ペトゥラ・クラーク
マイケル・レッドグレーヴ、マイケル・ブライアント

  ストーリー
 イギリスの作家、ジェームズ・ヒルトンの原作をミュージカルに映画化したハートフルなドラマ。
 イングランド南部の寄宿学校に勤めるチップス先生(ピーター・オトゥール)は、教育熱心だが生徒たちからは人気がない。ある夏、 休暇旅行のついでに立ち寄ったロンドンで、ミュージカルの舞台女優キャサリン(ペトゥラ・クラーク)と知り合い、恋に落ちる。堅物 先生と美人の舞台女優の結婚に名門校は大騒ぎ。生徒たちもチップス先生の魅力に気づき始める。
 2人の幸せな結婚生活が続いたが、やがて戦争が始まった・・・。

  一口感想
 高校生時代、英語の受験勉強用の推薦書に “Goodbye,Mr.Chips” があった。いろいろやることが多いのにそれ どころじゃない、なんて私は読まなかったけど、ずっと気になっていた。いい 先生らしいのに悪いことしたなぁ、みたいな・・・。それで、40年以上も経って、かつての借りを映画で返すことにした。

 じつは本作がミュージカルというのもヘンな気がした。およそチップス先生らしくない。相手役のペトゥラ・クラークも気になる。 あの大ヒット曲「ダウンタウン」の明るく伸びやかな歌声が甦ってくる。どんな奥さんになるのかな・・・。

 “チップス” とは妙な名だとずっと思っていたけど、本当はチッピングなのだそう。コッツウォルズ地方にチッピング・カムデンと いう町がある。ひょっとして先生はそこの出身? 生徒をとても愛しているのにちっとも人気がなくて、そのことに悩んで同僚に相談 したりして、生まじめで堅苦しいけど、あの飴色の町のような愛すべき人物だ。
 歌もBGMのようにぼそぼそバックを通り過ぎていく感じ。歌い上げたりしないところがチップス先生らしくて好ましい。

 先生が舞台女優のキャサリンに出会う場面が面白い。堅物の彼は初めてミュージカルの舞台を見て、女性が「とんだり跳ねたり」する のにびっくりする。ついそれを口に出して、さすがに失礼なことを言ったと気づき、てっきり嫌われたと思い込む。でも不思議なもので、 キャサリンはかえってそ れで先生の嘘のない誠実な人柄を知り、好きになるのだ。

 この映画でミュージカルらしいのは、クラークが歌う2つの曲くらいのものだが、この時に舞台で歌う “ロンドンはロンドン” が 楽しい。ポンペイの遺跡で再会した時に歌う “ユー・アンド・ミー” も、 しみじみと胸に沁みる美しい曲だ。
 若く溌剌とした舞台女優との恋に、校長はじめ同僚も生徒もみんなびっくり。そりゃそうよねぇ。くすくすっと笑いがこぼれる。 チップス先生、面目一新だ。

 一番印象に残るのは、なんといっても、チップス先生が校長に昇進し、その喜びをキャサリンに告げようと校庭を横切って走るところ。 もう若くない先生が、四角い帽子を押えながら、長いマントを翻して懸命に走る。前線の慰問に出かけるキャサリンは、車から身を乗り 出して「帰ってから聞くわね」という。

 でも彼女は帰らない。ナチスの爆撃で落命してしまうからだ。その知らせを受けた先生が、悲しみをこらえて授業を続けようとする姿に涙がこぼれそうになった。名優オトゥールの真価を感じさせる場面です。

 学校を去る時の最後の挨拶も、生徒たちを愛する先生の人柄が滲み出て、万感胸に溢れる。歌もストーリーも小じんまりとして、華々 しいところはないけれど、温かい。私がイメージしていた通りのチップス先生、それをそっくり再現してくれた映画だった。
  【◎△×】7

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チャップリンの冒険

1917年  アメリカ  20分
監督 チャールズ・チャップリン
出演
チャールズ・チャップリン、エドナ・パーヴィアンス
エリック・キャンベル、ヘンリー・バーグマン、アルバート・オースティン

  ストーリー
 脱獄囚のチャーリー(チャールズ・チャップリン)は警察の追跡をなんとか逃れ、ついでに海に溺れている令嬢(ドナ・パーヴィ アンス)と婚約者の “ひげ男”(エリック・キャンベル)を助ける。
 お礼に邸に招かれたチャーリーだが、新聞記事で脱獄囚だとバレてしまう。おまけに令嬢の父(ヘンリー・バーグマン)は判事だった。 追っ手の警官たちが現われ、必死に逃げ回るチャーリーだが・・・。

  一口感想
 オープニング、浜辺の砂のなかからもこもことチャーリーが現われたのには驚いた。砂の中って、水中に息を詰めて潜っているより、 ずっとずっときついんじゃないかなぁ。それなのに、顔を出したのが警官が一服しているすぐ脇。慌てて自分で頭に砂をかぶせて、また もぐり込んでしまうのが、いかにもチャップリンらしくておかしい。

 本作は早回しというのかコマ送りというのか、動きがすごく早い。とくに冒頭は、海辺の崖をよじ登り、岩の穴から顔を出し、道を 駆け下り駆け上り、そのめまぐるしさといったらない。邸の中で階段をくるくる駆け回る警官との追い駆けっこも、同じパターンの繰り 返しなのだが、勢いがあってわーっと見てしまう。ドタバタに徹した動きが単純に楽しい。

 個人的に好きだったのは、邸で目を覚ました脱獄囚のチャーリーが、囚人服と同じ派手な縞模様のパジャマを着ていることに気づいて ぎょっとする場面。こういう時のチャップリンの表情って、ほんとにいわく言いがたい。そこに執事が入ってきて、またまたぎょっ。 彼が慇懃に退出して、やっと状況を思い出してホッとする辺り、クスクスさせられた。
  【◎△×】6

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チャンス

1979年  アメリカ  130分
監督 ハル・アシュビー
出演
ピーター・セラーズ、シャーリー・マクレーン
メルヴィン・ダグラス、ジャック・ウォーデン

  ストーリー
 大邸宅から一歩も出たことのない中年の庭師チャンス(ピーター・セラーズ)は、主人の死で立ち退きを迫られ、突然世間に放り だされる。上流夫人イヴ(シャーリー・マクレーン)の乗る高級車に轢かれ、チャンスはそのまま彼女の屋敷で治療を受けることになる。 イヴは余命いくばくもない財界大物ランド(メルヴィン・ダグラス)の妻だった。
 チャンスの植物についての話を経済不況打開の啓示と受け取りったランドは、彼を大統領(ジャック・ウォーデン)に引き合わせ、 大統領は彼の言葉をテレビスピーチに引用し、チャンスはたちまち時の人になるのだが・・・。

  一口感想
 チャンスは学校に行ったことがなく、運転免許やキャッシュカードも持たず、そして、おそらく戸籍もない・・・。前歴、履歴をどれ ほど調べても、彼の痕跡は1つも見つからないのだ。
 「チャンス」を “チョンシー” と聞き間違えられ、「庭師」という仕事を “ガーディナー” という姓と間 違えられると、そのままチョンシー・ガーディナーという人間になってしまう。こうなると、チャンスという元々の名前だって疑わしい。ほんとは「名無し」さんだったんじゃない・・・?
 まるで、この世に存在していない人間がある日突然現れたみたいだ。

 彼にはいろいろ不思議なところがある。たとえば、経済界の大物・ランドの邸で、初めてアメリカ大統領に会う場面。いくら私的な会見とはいえ、相手は国家の最高権力者だ。緊張するとか臆するとか、それが普通でしょ? ところがチャンスはまったく何ということはなく、鷹揚に振舞うのだ。
 おかげで大統領も側近もチャンスを隠れた大物と勘違いしてしまうのだが、タネを明かせば、多分、彼は大統領のしぐさをそっくりその まま真似ただけなのだろうと思う。それは人に初めて会う時にはどうすべきかも、大統領の何たるかも、彼がわきまえていなかったからに 違いない。

 もっと不思議なのは、チャンスが男性としての世間並みの性欲を持っていないらしいことだ。ランドの妻イヴがいくら彼を誘惑しても、 ぜんぜん意味が通じない。テレビに没頭し、たまたま映ったラブシーンをお手本にキスしてみるのがせいぜいなのだ。
 (それにしても、シャーリー・マクレーンの一人セックスには大笑い。さんざん一人で悶えたあと で、「思い切り解放してすっきりした」とけろっとして言うのには吹き出してしまった。)

 お屋敷から一歩も出ずに中年になったチャンス。彼はこの世に紛れ込んだ天使だったのかもしれない。黒人の老メイドがチャンスを 何度も「永遠の少年」と呼んだのを思い出す。
 お屋敷の主人 “オールド・マン” が亡くなった朝、子供のように「ご飯はまだ?」とメイドに聞いたチャンスが、ランドの死では 悲しみの表情を見せるのが印象的だ。ランドとの間に結ばれた信頼と友情、イヴへの仄かな愛、・・・彼は人間界という湖面にさざなみの ように波紋を起こしつつ、それによって自分もまた、無色の存在ではなく、人としての愛や悲しみを知ったのだと思う。

 ラスト・シーン、ステッキをついて湖面を去っていくチャンスを見ていたら、水上を歩くキリストの奇跡が思い浮かんだ。このまま彼は ふっと消えて、元の世界にもどっていくのかな・・・。奇妙な味わいの映画。ピーター・セラーズの無垢な透明感が印象に残った。
  【◎△×】7

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