| 【映画メモ】 て で始まる映画 |
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ストーリー 半世紀以上にわたって人気を保つアメリカン・コミックを映画化したもの。 1930年代の架空の大都会が舞台。神出鬼没の刑事ディック・トレイシー(ウォーレン・ベイティ)の敵は、街を牛耳る情け無用の 大立者 “ビッグ・ボーイ” キャプリス(アル・パチーノ)だ。 「クラブ・リッツ」のオーナー、リップスが殺される。背後に “ビッグ・ボーイ” がいると睨んだトレイシーは、スリの少年キッド (チャーリー・コースモ)を片腕に捜査に乗り出す。彼は密告屋 “ブツクサ”(ダスティン・ホフマン)から情報を聞き出し、リップス の愛人だった歌手ブレスレス(マドンナ)には証言を求める。 しかし、“ビッグ・ボーイ” も手をこまねいてはいない。殺し屋を差し向け、罠を仕掛ける。 途中で、「あれ! “ビッグ・ボーイ” はアル・パチーノかな?」と気づき、そう思って見始めると、ち
らっと横顔をみせて、その後すぐ車で爆破されちゃったあのギャング、あー、知ってる顔だ、だれだっけ・・・、“ブツクサ” もなんか見たような顔だなぁ・・・、といろいろ気になり出した。といっても、ジェームズ・カーンは登場したと思ったらもう爆破で退場だし、ダスティン・ホフマンはメークがすご過ぎて、気づくのにちょっと時間がかかったし、キャシー・ベイツも出てた? 目を皿のようにして探したけど分からなかったなぁ〜〜。(^ ^; 特殊メイクのビッグ・スターたちがオーバーアクションで楽しげに共演している。アル・パチーノなんて、あのしゃがれ声といいひん剥いた目といい、気づいてしまえば彼以外の何者でもない。 深夜のダンス指導のシーンなんて、クラブの踊り子たちがヘロヘロになってるのに、ワーワーがなり続けるエネルギーはいかにもコミックの悪漢でございという風情。見ているだけで笑ってしまう。肩の力の抜けた演技が楽しい。 赤・青・緑・黄・白・黒の6色だけの世界。赤く濡れた夜の街路や黄色い明り、緑の家壁、青や黒のドレスなど、色の印象から イメージするよりずっと幻想的で美しい。登場人物の服装がアメリカ ン・コミックそのまんまの原色なのも、おもちゃ箱ひっくり返した みたいな賑やかさだ。
アカデミー賞を受賞したと知った時は「え、どれで?」と驚いたけど、美術賞やメークアップ賞とわかれば
ナルホドと思う。デジタル録音で質を高めたサウンドを使用したのも、この映画が初めてなのだそう。見かけはチャカチャカしているけど、当時は けっこう斬新な映画だったのかも。 美人で聡明な恋人(グレン・ヘドリー)、情け無用の悪人たち、妖艶なクラブ歌手に孤児、と道具立てもそろって、ウォーレン・ベイ ティがご機嫌でトレイシーを演じている。ストーリーは正直いって、マー何ということはない。シンプルすぎて、途中で気分がだれる のが惜しい。 【◎○△×】6 |
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ストーリー サニー(ロバート・レッドフォード)はロデオの世界大会で5回も優勝した華々しい経歴を持つが、今は大企業アムコのCMタレントと して、空しい日々を送っている。 ある日、イベント会場で出会った元名馬が、不規則な仕事に耐えるために麻薬を与えられていることを知る。サニーはアムコ社会長 シアーズ(ジョン・サクソン)に抗議するが聞き入れられず、馬をつれて憤然と会場を去る。 TVレポーターのハリー(ジェーン・フォンダ)をはじめ、警察、企業イメージのダウンを恐れるシアーズらが彼の行方を追う・・・。 『めぐり逢い』と勘違いしていた。『めぐり逢い』といえば「君の名は」みたいなラブロマンスの古典、一遍見たいと思っていた。 だから、始まった途端のロデオにはびっくり。 原題は “The Electric Horseman”、そのまま訳せば「電飾・馬男」。電飾が縫いつけられた衣装で馬にまたがり、 イベント会場に登場。スイッチを入れるとピカピカ派手に服が光る。ロデオチャンピオンのサニーが、引退後契約したCMタレントと しての仕事着だ。いかにも俗っぽく、今のサ
ニーの空虚な気分をよく表わしている。『出逢い』という邦題、イメージが違いすぎるけど、そうと分かれば馬と大自然を愛するレッドフォードらしい映画だ。 ストーリーというほどのストーリーはない。でもそれでいい。高原や渓谷を、ドラッグやステロイド注射で傷んだ馬を回復させがら、 ゆっくりと目的地に向かって旅をする。 ユーカリの葉を燃やした煙が、馬の治療薬とは知らなかった。コアラが食べるだけじゃないんですね。馬は頭から袋をかぶせられて(煙が他に逃げないためです)、もぐもぐ煙を吸う。 軟膏を延ばして馬の脚に塗りこむ。痛むのか思わず引っ込めるのを、「よしよし」というように優しく叩く。レッドフォードって本当に 馬が好きなんだ。素直に自然にそれが分かる。 スクープ狙いでサニーにくっ付いてくるTVレポーターのジェーン・フォンダもいい。ヒールのあるブーツで、取材カメラや録音機の 入った金属ケースを提げて、無理だというのについてくる。しかし、途中で音を上げ「休もう」というと、今度はサニーが無視。いや ならさっさと帰ればいい、というわけだ。女より馬が大事、取材機具を馬に乗せてやるなんてこともしない。 初めは切れ者風の嫌味な女に見えたハリーが、「知らないとこではよく眠れない」という弱さを見せる辺りから、2人の距離がぐぐっと 縮まる。ジェーン・フォンダ、正統派の美人じゃないけど、ほんとに綺麗。それで可愛い。彼女の魅力再発見だ。 目的地で馬は蹄鉄を外してもらい、野生馬の群れに向かって疾走する。爽やかな風が流れる。馬ってなんて美しい生き物なんだろう!と 思わず感動がこみ上げる。このシーンにレッドフォードの思いのすべてが込められている。 グレイハウンド(長距離バス)の出発駅でのサニーとハリーの別れは、情感があって素敵だ。さらりとしてるけど、いい映画だなぁと 思う。 【◎○△×】7 |
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ストーリー 核戦争が終って15年、パリ郊外にポツンと建つ精肉店兼アパートの“デリカテッセン”。 どこからか肉が入荷し、店に並んだ アパートの住人たちに、不気味な笑いを浮かべた店主(ジャン=クロード・ドレフュス)が売りさばく。草木も生えず、家畜もいないこの 世界で、“肉” は果たしてどこからやって来るのか? ある日、新聞の求人欄を見た気の好い青年ルイゾン(ドミニク・ピノン)が、職を求めてやって来る。店主の娘ジュリー(マリー =ロール・ドゥーニャ)は一目で彼が好きになり、彼を待ち受ける “運命” を黙って見ていられない。菜食主義者の “地底人” たちに 相談を持ちかけ、アパートは上を下への大騒ぎ・・・。 大ヒット作『アメリ』のジャン=ピエール・ジュネ&マルク・キャロ監督による異色のブラック・ファンタジー。フランス・セザール賞 で新人監督賞を初め4部門で受賞したほか、東京国際映画祭ヤングシネマ部門の金賞にも輝いた。 荒廃した夜の通りに、そこだけほっかり温かな灯りがかえって怪しげな “デリカテッセン” の店。吸い寄せられるように入っていく と、奇怪な大男がビカビカ光る大包丁を磨いている・・・。背後に 流れるのは、戻りそうで戻らないままどこまでも外れ続けるBGM。
“人肉喰い”の映画、という先入観とこのプロローグに騙されて、
よほどグロテスクな映画かと思ったら、じっさいはなんとも可笑しいブラック・コメディだった。アパートの住人はみな “人肉喰い” の共謀者だ。何も知らない新入居者がやってくるのを、手ぐすね引いて待っている。飛んで火に いる夏の虫、失業道化師のルイゾンが罠にかかると、住人たちは「いつやるのか」「もう1週間も肉を食ってない」と、肉屋の親父(兼 家主)に矢の催促。全員罪意識は皆無、けろっとしている。 菜食主義者の “地底人” も、見つかれば食料にされるというのに、まるっきり危機感がない。ルイゾン救助隊の先頭が地上に顔を 出して、いきなり肉屋の親父に撃たれると、「〇〇が撃たれた」「〇〇が撃たれた」と順番に後ろに伝えていく。「こんなとこで伝言 ゲームやってやってどうすんの」と突っ込みいれたくなる始末。 一見荒唐無稽な話のようだけど、第一次世界大戦で天文学的賠償金を負わされ、人心が疲弊荒廃しきったドイツで、じっさいに人肉 喰いの事件はいくつか起きている。なかでも有名なのは “フリッツ・ハールマン事件”。彼はハノーヴァーで肉屋を営み、安くておいしいというので行列が出来るほどの人気だったそうだ。 映画の冒頭、客が並んで順番を待つシーンが妙にリアルニ思えるのは気のせいか・・・。人間の
暗部に向けたジュネ監督一流の辛辣さはたっぷり盛り込まれている昼からよろしきことに励む男女、ベッドのスプリングがリズミカルに軋む。それに合わせてメトロノームがコチコチ動き、家主の娘が ビオラを弾く。別の階では主婦が布団を叩き、おもちゃ作りの兄弟の機械が動く。男が自転車のタイヤに空気を入れ、ルイゾンは支えの ベルトでリズムを取りながら、天井にペンキを塗る。 男女の動きが速まると、みんなの動きもせわしなくなる。そしてクライマックス! ビオラの弦ははじけ飛び、ルイゾンのベルトも ぶち切れる。この連続したシーンには抱腹絶倒した。 毒のある映画なので、だれにでもお勧めという訳にいかないけれど、出演者はみな大真面目なのにユーモラス、私はたっぷり笑わせて もらった。 【◎○△×】7 |
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ストーリー 気の合う女同士が軽い気持で出かけたドライブ旅行で、思いがけない事件をきっかけに追いつめられていくアクション・ロード ムービー。アカデミー賞でオリジナル脚本賞を受賞した。 平凡な主婦のテルマ(ジーナ・デイヴィス)とウェイトレスのルイーズ(スーザン・サランドン)は週末旅行に出かけるが、食事に よったバーでテルマが見知らぬ男たちにレイプされそうになり、ルイーズは男を撃ち殺してしまう。レイプ未遂事件での苦い体験を持つ 彼女は警察を信用せず、そのまま2人は逃避行に移る。目的地はメキシコ。しかし、警察の追跡は身近に迫ってくる・・・。 木綿のシャツのようなさっぱりした魅力のジーナ・デイヴィス、思い切りのいい姐御肌のスーザン・サランドン、主役2人が際立つ。 逃避行に入ってからのテルマの変化には目を瞠らされた。ヒッチハイクで拾った若い男JDと一夜をともにした翌朝、「初めてセックス が分かった」とルイーズに報告する場面、有頂天で目が点
になってる。笑いをこらえて「よかったね」「おめでとう」といいたく
なった。いいことの後には悪いことがついてきて、JDに有り金をぜんぶ盗まれてしまうけど、テルマはあわてない。JDに寝物語でレク チャーされたスーパー強盗を実践するのだ。監視カメラに映った彼女の堂に入った犯行ぶり。横暴な夫の顔色を見ながらおどおど暮らして いたかつてのテルマが嘘のようだ。 監視カメラの映像を警察で見せられ、見くびっていた女房の見事な女っぷりに放心する夫の顔・・・。止めの一撃は警察署ですれ違った JDの吐いた一言だ。「お前さんの女房、いい女だったぜ」(デビュー間もないプラピの面目躍如)。 テルマは浅はかな女かもしれない。でも、人生を生気のないものと受け止めていた彼女が溌剌と自分を生きはじめたのだ。 ルイーズと三流バンドマンの恋人ジミー(マイケル・マドセン)のやり取りがしみじみした味わいだ。電話で連絡を受けたジミーは、 事情が分からぬままに、ルイーズの貯金をぜんぶ下してモーテルに届けに来る。そして、警察に追われているらしい、と察しながらも プロポーズする。しかし、今更もう遅いのだ。 「落ち着いたら連絡する」とルイーズは約束するけれど、多分、もう、そうはならないと知っている。大人の男女のやるせない愛。 無骨な男の純情をそこはかとなく醸しだすマイケル・マドセン、メキシコへの逃亡に希望と絶望の2つながらをひめたサランドン。 2人が朝の喫茶室でキスを交わして別れる場面は、この映画で唯一といっていいほどにロマンティックだった。
平原にただ1本通った道を、乾いた陽光を浴びて、車はひた走りに走る。行く先は破滅しかないと分かっているのに、ルイーズと
テルマのなんという明るさ。女を性のはけ口としか見ていないトレーラーの運転手を、銃でキリキリ舞させる2人には爽快感さえ漂う。すべての束縛を振り切り、自由になった軽やかさ。 アリゾナの大峡谷に追いつめられ、後ろを警官隊に包囲された時、テルマはいう、「捕まりたくないんでしょ。このまま行って」と。 ジーナ・デイヴィス、明るさと切なさが溶けあい絶品の演技。「本気なの? 分かった!」 笑顔で受け止めるルイーズの吹っ切れた 潔さ。すっかり日焼けして、スッピンの2人が眩しいほどかっこいい。 崖を飛び出す瞬間、テルマとルイーズはぐっと手を握りあう。悔いはない、この逃避行で十分に人生を生きた、あとは鳥になって大空に 羽ばたくだけ。・・・ストップモーションで静止した車から、2人の思いがほとばしるように伝わってくる。犯罪を重ねながら鮮やかに 自己解放していく女性像は、20年近く経った今見ても新鮮だ。 2人を救おうとする警部(ハーヴェイ・カイテル)の存在も温かな余韻となっている。 【◎○△×】8 |
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ストーリー エド・マクベインの “87分署シリーズ” の一話「キングの身代金」を翻案したサスペンス映画。 高台の豪邸に住む製靴会社の重役・権藤(三船 敏郎)は、自分の子供と間違えてお抱え運転手・青木(佐田 豊)の子供が誘拐され、 身代金として3000万円を要求される。悩んだ末に、権藤は全財産を投げ出して子供を取りもどす。やがて捜査線上に1人の貧しい 医学生(山崎 勉)が浮かび上がる。 新幹線「こだま」を使っての現金受け渡しを模倣したと思われる誘拐事件が実際に発生し、社会的反響を呼んだ。また映画自体はモノ クロだが、『シンドラーのリスト』で引用された、煙突からピンク色の煙が出るパートカラーのシーンが有名である。 前半と後半でまったくタッチの違う造りになっている。前半はほとんどが権藤邸の居間で展開され、舞台劇のような趣だ。 権藤は経営方針で会社幹部と対立しており、全財産を抵当にして自社株の買占めを画策している。誘拐犯人から脅迫電話がかかった のは、腹心の部下(三橋 達也)に小切手を持たせて、交渉相手の待つ大阪に出発させる間際だった。新幹線の時間が迫る。この機を 逃せば、彼が生涯をかけて築いた会社での地位は失われる。
誘拐されたのが自分の子供なら、身代金を出すことになんの迷いもない。使用人の子供であるところがこの物語のミソだ。人道的に
いえば子供の生命が優先なのは明白だが、同じ立場になれば、だれでも葛藤するに違いない。これは非常に巧みな設定だと思う。三船敏郎と言えば豪快というイメージが先に立ち、心理的な機微を演じるのは苦手な俳優かと思っていたが、実直な男の煩悶を骨太な イメージのままに演じていたのはさすがだった。 刑事たちがデパートの配達を装って到着する。小説などで私はまだそういう描写に出会ったことがないが、実際のこととして考えれば、 犯人はどこからか権藤邸の動きを観察しているわけだし、これくらいの心配りをしてもらわないと安心できない。 捜査会議の様子もなかなか面白い。小人数に分かれた各班が次々に報告をする。それがじつに多岐に渡り、詳細なのだ。こうして たがいに情報交換して、次の動きに移っていく。捜査というのはこんな風に進められるのか、ととてもよく納得できた。 後半に移ると、一転して騒音で沸き返るような町の雑踏が舞台になる。隠し撮りでもしているのかと思うような映像は、かつての 『酔いどれ天使』(48)や『野良犬』(49)を彷彿とする。 ここでやっと犯人役の山崎努が登場するのだが、犯人が容易に姿を見せない演出は『野良犬』
でも使っていた。まだかまだかと思わせ、ぎりぎりまで引っ張る。巧い手法だと思う。印象的なのは、夜でも外さない彼の黒メガネだ。ネオンがうねるように反射して、不気味な冷酷さを感じさせる。山崎努という俳優の 存在感がこの黒メガネで強烈に刻印されたのはたしかだと思う。 新幹線「こだま」を借り切って撮影された現金受け渡しシーンは、計8台のカメラで一気に撮影されたそうだ。取り直しがきかない だけに、凄い迫力を生んでいる。 犯人を割り出し、おびき出すまでの捜査陣の一連の推理と行動はまさに息づまるような展開だ。最後まで途切れることのない緊張感は黒澤監督の真骨頂だった。 【◎○△×】8 |
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ストーリー 推理小説ブームを巻き起こした松本清張の同名ベストセラー小説の映画化。 博多・香椎の海岸で男女の死体が発見された。検視の結果、合意の心中と判断されたが、福岡署のベテラン刑事・鳥飼(加藤 嘉)は、 男が汚職疑惑が起きている某省の課長補佐であったことから、不審を持つ。独自に調査を進めるうちに、同様の疑問を抱いた警視庁の 三原刑事(南 廣)が福岡を訪れる。 2人はこれを殺人事件と推理し、犯人と思われる人物に近づくが、彼には鉄壁のアリバイがあった・・・。 松本清張を初めて読んだのは中学生の頃、「オール読物」に出ていた「1年半待て」だった。大人の世界をこっそり覗いたようにドキ ドキしたっけ。その後に巻き起こったのが「点と線」ブーム。
彼の初の長編小説だ。高校生の私は初めてのアルバイトで得たお金で、この小説の入った清張全集を買った。黒い地に白い線が縦に数本、というシャープなデザインのブック・ケース入り。これは今も私の書棚に大切に収まっている。 「点と線」で強烈だったのが、今も語り草になっている “4分間のトリック” だ。東京駅で1組の男女が列車に乗り込むところを、 知人が向かいのプラットフォームから目撃する。よくある出来事、何ということのない「日常性」。そのまま読み流していた私は、東京駅は列車の発着が激しくて、プラットフォームが向かい側まで見通せるのは1日のなかでたった4分間しかない、と分かった時はずいぶん驚いた。 東京駅の目撃は偶然ではない、何かの作為が働いている・・・。ここから「日常」に隠された「非日常」が表われ始める。清張世界の 真骨頂だ。小説では推理の道筋として綿密な時刻表が記載されていたような気がするけど、違ったかしら・・・。当時、国鉄の時刻表を 引っ張り出して確かめた読者も多かったんじゃないかと思う。 何かの随筆で読んだが、清張は時刻表マニアで、時刻表や列車のダイヤグラムを眺めてはさまざまな土地の風物を思い浮かべ、空想の 旅をしたそうだ。そんなある時、時刻表のあの4分間の空白が天啓のように彼の目にとまった、とこれは私の空想。
“4分間のトリック” をあぶり出すプロセスがこのストーリーの最初の見どころだが、映画では三原刑事が東京駅で駅員に口頭で確かめるだけ。呆気ないほど簡単に処理されている。脚本を練りこめば、映像で解き明かしていくのはそれほど難しくないと思うんだけどナァ・・・。 その後のアリバイ崩しもストーリーを辿っていくだけで、大味というか、平板というか。絡んだ糸がほどけていくような知的な興奮がないんですよねぇ。舞台が九州から北海道へ展開するわりには、空間的な広がりが感じられないのも難。 でも、手の込んだ映画に馴れてしまった今の感覚で評価するのは酷かもしれないな、と思ったりもして・・・。 高峰三枝子をはじめ、月丘千秋、風見章子ら女優陣のあでやかさにびっくりした。まさに、「銀幕のスター」「高嶺の花」という言葉が 生きていた時代の女優さんたちですね〜。 【◎○△×】6 |