| 【映画メモ】 る で始まる映画 |
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ストーリー 狂王と呼ばれたバイエルン国王ルードヴィヒ2世が、退位を強いられ40歳で謎の死をとげるまでの孤独な半生を描く。 1864年、18歳の若さで即位したルードヴィヒ(ヘルムート・バーガー)は、オーストリア皇帝の后となっている従姉エリザベート (ロミー・シュナイダー)に想いを寄せつつ、政治や軍事には関心が乏しく、ひたすら芸術の保護に金を使っていた。とりわけワグナー (トレヴァー・ハワード)に心酔し、国家の財政に影響を及ぼすほどの巨費を投じて後援する。 エリザベートはそんなルードヴィヒを戒め、政治に力を入れるように自分の妹ソフィア(ソニア・ペトロヴァ)との結婚を勧めるのだ が・・・。 即位して間もない頃、ルードヴィヒは従姉のオーストリア皇帝妃エリザベートに「愛は義務であり、義務は現実を見ること」と諭され る。これは痛い言葉だ。たしかに “現実からの逃避” ほど、彼の生涯を表わす言葉はないからだ。 プロイセン=オーストリア戦争で、バイエルンはオーストリア側に付き、敗戦する。ぼろぼろになって戦場から帰国した弟オットーに 「王が望めば戦いは避けられたはず」と言われ、ルードヴィヒは「私は知らない。この戦争は存在しない」と答えて、彼を失望させる。
幼なじみのデュルクハイム大尉(ヘルムート・グリーム)にも、「(戦争が)短期間で終わってよかった」と洩らして、「戦った者には
永遠にも思えます」と諌められる。ワグナーを勝手な思い込みで崇拝し、「芸術を保護することが国民への奉仕だ」と信じる未熟さ。“親友” を渇くように求め、男色に 逃避し、晩年は虫歯でボロボロになった歯が彼の美貌さえも奪う。冷酷でも残酷でもない。ただ、ひたすら芸術に癒しを求めながら人格を 破綻させていった王。彼は現実を直視するにはあまりに弱い人間だったのだと思う。 映画は、側近や従卒などルードヴィヒのそば近くにいた人たちが、画面に向かって彼の即位から死までを回顧しつつ語る形で進行して いく。そのなかに「王は奇行と浪費を繰り返しているが、国民に愛されている」という言葉が出てくる。 ストーリーは、王の限られた宮廷内の暮らしのみで展開されるため(それ自体、まるで彼の閉ざされた世界を象徴しているよう)、国庫 を湯水のように蕩尽する王を国民がどう思ったのか本当のところは分らないが、なぜか私は「あ、そうかもしれない」と思った。 若く美しい王の登場を熱狂して迎えた国民も、すぐにその本質を見抜き、統治者としては見切りをつけたに違いない。それでも彼が20 年も王であり続けられたのは、現実離れした王をそれなりに彼らは愛していたから、という気がしたのだ。 本作に描かれるルードヴィヒには、そうした憎めなさがある。彼の孤独な生涯は一般庶民とは隔絶したところにあるけれど、なぜか 憐憫の思いが湧くのだ。 絶頂期のロミー・シュナイダーが美しい。この10年後、悲劇的な死を遂げたことを思うと、その美しさがいっそう悲しい輝きを放つ ように思える。ルードヴィヒに時に優しく、時に厳しく接するエリザベートは、彼にとって思慕の対象であると同時に、母のような存在 だったのではないかと思う。そうした深さを感じさせる演技だった。 【◎○△×】7 |
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ストーリー ジプシーの出身のユーゴ(アラン・ドロン)は、時黒街の仲間たちから “ジタン“ という通り名で呼ばれる一匹狼だ。刑務所で知り 合ったジョー(レナート・サルヴァトーリ)と共に脱獄、銀行強盗を繰り返す。ブロ警視(マルセル・ボズフィ)は彼を追うが、風の ように現われ行方をくらますユーゴの所在さえつかめない。 そこに宝石強奪事件が起こり、ブロ警視は暗黒街の大物ヤン(ポール・ムーリス)に容疑の目を向ける。こうしてブロ警視はユーゴと ヤンの両方を追うことになる。ヤンは不倫をしていた若い妻の殺害容疑もかけられ、昔なじみのニニ(アニー・ジラルド)のホテルに 身を潜める。 その頃ユーゴは外国への逃亡資金として郵便局を襲撃、大金を強奪する。ユーゴとヤン、2人は不思議な運命の糸で結ばれていた。 こういうギャングものはアラン・ドロンの本領発揮、とくに、酒も女も興味ないといわんばかりのストイックさはドロンの寡黙な 雰囲気にぴたりとはまって、安心して見ていられる。 もっとも、暗黒街の大物ヤンが逃亡する先々にユーゴが現われるのは、いくら「偶然に」という台詞を入れても、ちょっと都合が よすぎる。それと自分の属するジプシー(今はロマというらしい)が社会から受ける迫害が犯罪の動機、というのも少々こじつけが ましい。 そういう理由づけは抜きにして、シンプルに、ユーゴとヤンとの関係や彼らを追う警察との駆け引きを、犯罪アクションらしく堪能 させてほしかった。 【◎○△×】6 |
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ストーリー タジキスタンの小さな田舎町。女優を夢見る17歳のマムラカット(チュルパン・ハマートヴァ)は、満月の夜の森で、どこからとも なく聞こえる男の声に魅了されて結ばれる。俳優と名乗る男は翌日姿を消すが、マムラカットは妊娠していた。 激怒した父(アト・ムハメドシャノフ)は、戦争後遺症の息子ナスレディン(モーリッツ・ブライプトロイ)と彼女を連れて、相手の 男を捜しに旅に出る。全国の劇団を訪ね歩くが男は見つからず、村に帰れば住民からの罵倒が絶えない。思い余って一人村を出た マムラカットは、乗り込んだ列車で、父との旅で知り合った偽医者のアリク(メラーブ・ミニッゼ)と再会する。 タジキスタンの映画監督バフティヤル・フドイナザーロフのファンタジック・ドラマ。 未婚の娘が妊娠することへの人々の厳格な目と、加えられる迫害の大きさに驚いた。今でもこれがタジキスタンの現実なんだろうか。 もっとも映画は賑やかなドタバタに徹していて、悲惨さはあ
まりない。マムラカットの父親がじつにいい。娘の不始末を一度は激怒するが、気持ちの切り替えも早い。「相手の男を探せ」とばかりに、娘と 息子と引き連れて全国行脚に出かける。 何しろ顔も名前も分からない。マムラカットが知っているのは、満月の光の中で聞いた魅惑的な声だけだ。 そこで父親は劇団を回っては、これぞと思う役者の声を聞かせて、「こいつか」とマムラカットに聞く。そのがむしゃらな 猪突猛進ぶりがすこぶる可笑しい。その強引さには娘への愛情が溢れている。 マムラカットは家出先で偽医者アリクと再会し、恋に落ちる。彼は陽気な美青年で、気立てもいい。マムラカットとは似合いの カップルだ。私としてはこのまま無事ゴールインしてほしかったが、と
んでもない結末が待っていた。またもや村人の迫害にさらされ、追い詰められたマムラカットは、プロペラのような扇風機が付いた屋根に乗って、空を飛んでいく。 その様子はまるでアラジンの魔法の絨毯のようだ。 マムラカットは月光の中で男と結ばれた時、過って崖から落ちるのだが、落下しながら性の高みに上るような不思議な恍惚感を 体験する。そして今度は、その時に出来たお腹の子どもと一緒に、じっさいに空の高みへと飛翔するのだ。 このラストは現実とファンタジーが渾然となり、不思議な楽しさがある。 マムラカットを演じるチュルパン・ハマートヴァが綺麗で可憐。表情豊かでとてもチャーミングだ。兄ナスレディン役で、『ラン・ ローラ・ラン』(98)、『es[エス]』(01)のモーリッツ・ブライブトロイが出ているのにはびっくり。でも、見ていて全然 違和感がない。彼ってアラブっぽい顔をしているし、さらにルーツを辿ればこの辺りに来るのかな・・・? 【◎○△×】7 |
ストーリー
宮崎駿が始めて手がけた劇場用長編アニメ。世界を股にかける怪盗・ルパン3世の活躍を描いた人気テレビ・アニメの劇場版第2弾。カジノから盗んだ札束が精巧なニセ札であることに気づいたルパン(山田 康雄)は、相棒の次元(小林 清志)とともにニセ札作りの 噂が絶えないヨーロッパの小国・カリオストロ公国に潜入する。ここで彼らは悪漢に追われる美少女クラリス(島本 須美)を助ける。 彼女は大公家に残された最後の公女で、権力を独占しようと考える摂政のカリオストロ伯爵(石田 太郎)から結婚を迫られていたの だった。 最近はSFXやCGの発達でどんなアクションが出てきてもあまり驚かなくなったが、本作のルパンの華麗なるアクション には、ほんとに度肝を抜かれた。オープニングのカーチェイスもすごいが、カリオストロ城に潜入してからは、まさにアニメの独壇場。 垂直の壁だろうが急勾配の大屋根だろうが、するする上ってしまう。指先から強力粘着ノリでも出てるんじゃないかという勢いだ。
最高に受けたのは、クラリスが幽閉されている塔に飛び移るための細工を城の大屋根の天辺(てっぺん)で
してた時。うっかり滑り落ち、それからは「よよよよよ、わー」とか叫びながら猛スピードで屋根を駆け下りていく。で、屋根が切れたら、びよ〜〜んっと大股開きで空中滑空。途中で何かの塔で弾みをつけて、もう1回びよ〜〜ん。無事クラリスの塔に着いちゃう のだ。 アメリカン・コミック・ヒーローも束になってかかって来い、と言いたい大技に大喝采。どんな時でもお洒落なスーツを脱がない ルパンの細くて長い脚がかっこいい。 ルパンと次元がカリオストロ城に向かう途中で立ち寄る大公家の城跡の光景が素敵だ。かつての栄光の面影を止めつつも、今はひと気の ない寂莫たる廃墟だ。もの思いに耽りながら、一人庭園を歩むルパン・・・。ロマンティックなムードもサマになる彼、けっしてモンキー フェイスってだけの三枚目じゃありません。 次元はクラリス救出を思案するルパンに気づき、何を悩んでいるのか白状させてしまう。熱き友
情、・・・といいたいけど、プロレス技で締めあげちゃうところが笑わせる。あとで登場する五右ヱ門(井上 真樹夫)も加えて、彼らのあうんの呼吸で通じ合い、タイミングよく行動するリズムのよさは、いつもながらに気持ちいい。こういう友情は私の憧れだ。 可笑しかったのは、ルパンがカリオストロ伯爵を「ロリコン」とからかうところ。クラリスに「おじさま」と呼ばれて鼻の下を伸ばして いるルパンも立派にロリコンよね。 ただ、クラリスが「一緒に連れてって」とルパンにしがみつくのは感心しない。公国のただ一人の跡継ぎとして、『ローマの休日』の王女のように凛としないとね。 終盤、急に不二子(増山 江威子)・銭形(納谷 悟郎)コンビが出来上がって、カリオストロ公国の偽札製造を暴いてしまうのは愉快 だった。 【◎○△×】7 |
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ストーリー 『スモーク』などの原作で知られる作家オースターの監督デビュー作。自ら脚本も手掛けている。 ニューヨークのサックス奏者のイジー(ハーヴェイ・カイテル)は発砲事件に巻き込まれて重傷を負い、演奏できなくなってしまう。 絶望の日々を送っていたある日、偶然不思議な青い石を手に入れ、それがきっかけで駆け出しの女優のセリア(ミラ・ソルヴィーノ)と 知り合、恋に落ちる。 やがて、セリアは名作『パンドラの箱』のリメイクのヒロイン “ルル” 役に選ばれ、撮影場所のダブリンヘと旅立つ。一方、イジー は石の行方を探す謎の一団に監禁され、ヴァン・ホーン博士(ウィレム・デフォー)という謎の男の尋問を受ける。 ルルというのは1929年製作のドイツ映画『パンドラの箱』のヒロインの名前だ。男を破滅させる魔性の女で、ルイーズ・ブルックス が演じている。本作の冒頭で、イジーがトイレの壁一杯に貼られた女優たちのピンナップを見つめるシーンが出てくるが、そのなかに、 目の上で切りそろえた断髪のブルックスの写真が何度か大きく写される。 駆け出し女優のセリアの写真も一瞬写る。眼裏(まなうら)に残った彼女たちのイメージが、瀕死のイジーの 脳裏で幻想の物語を紡いだのがこの映画ということになる。 イジーを監禁する謎の男ヴァン・ホーンが魅力的だ。非情だけれど冷酷ではなく、誠実ですらある。生真面目なくせに、「雨に唄えば」 が大好きで、軽くステップを踏んで踊ったりする。 彼がイジーを拉致し監禁した目的はなにか。ほんとうは青い石を取りもどすことのはずなのに、彼はイジーに過去(とくに家族との 関わり)を振り返るように迫るのだ。毎日やって来ては、何時間
も机を挟んで向かい合い、イジーの過去を丹念に掘り起こす。時にはイジー本人ですら忘れていたようなことまで知っており、驚くべき
ことに、その時のイジーの感情まで熟知しているのだ。彼は一体何者なのか。私は “死神” ではないかと思っている。黒スーツ姿のウィレム・デフォーって、いかにもそんな雰囲気じゃない だろうか。イジーに三途の川の引導を渡す前に、人生の総ざらいをさせに来たのだ。 イジーはこれまで自分勝手に、思うがままに生きてきた。家族や友人たちにも迷惑をかけたに違いないが、反省や後悔なんてしたこと もなかっただろう。ところが、死に瀕して、“無意識” が “死神” に姿を借りて、そんな彼に人生の総決算を迫ったのだ。そう考える と、ヴァン・ホーンの登場も納得がいく。 面白いのは、イジーがセリアのことを隠していたと、ヴァン・ホーンが怒るところ。しかし、イジーの表情は、彼女に追跡の手が伸び ないように嘘をついたというより、本当に知らないように見える。たしかに現実には彼はセリアなんて会ったこともないのだ。幻想の中 でこそ見知らぬ若い女と恋をしたイジーだが、いよいよ死に際になって、現実に戻って来たのだろうか。 監督のポール・オースターは過去の名作『パンドラの箱』、あるいはルイーズ・ブルックスにオマージュを捧げて本作を作ったのかとも 思うが、最後の救急車の場面ですべてのオチをつけてしまうのは、安手な感じもする。アイデアは私好みだが、後味はやや軽い。 【◎○△×】6 |