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【映画メモ】  で始まる映画



ノストラダムス

1994年  アメリカ/イギリス/ドイツ  118分
監督 ロジャー・クリスチャン
出演
チェッキー・カリョ、アマンダ・プラマー、ジュリア・オーモンド
F・マーレイ・エイブラハム、アサンプタ・セルナ

  ストーリー
 「諸世紀」の予言で有名なミシェル・ド・ノストラダムスの波乱に充ちた生涯を描いている。
 16世紀、フランス。教会による厳しい異端者弾圧と疫病が蔓延する時代、ノストラダムス(チェッキー・カリョ)は医学生として 勉学に励んでいた。しかし、従来の医学に疑問を投げかける彼は、教会から神聖を冒涜するものと非難される。
 ペストで妻子を失い失意のうちに旅に出た彼は、幼い頃から見てきたさまざまな予言夢を、詩文の形にして書き留める。アンリ2世の 死の予言が現実になったことから、王妃カトリーヌ・ド・メディチ(アマンダ・プラマー)の信頼を得るノストラダムスだったが・・・。

  一口感想
 ノストラダムスの “大予言” は私もかなりはまったクチで、一時はずいぶん読み漁った。予言といっても詩篇の形を取っているので、 抽象的だったり曖昧だったり、「そういう解釈も成り立つのか」と思うものばかりだが(これはノストラダムスに限ったことでなく、 予言というのは本来そうしたものらしい)、そんな中で、本作にも登場するアンリ2世の馬上槍試合での死がかなり具体的だったことと、 ヒトラーの登場を一時違いの ‘ヒスラー’ で予言していたのが印象的だった。

 映画の冒頭で、ノストラダムスの近所に住む女性が魔女として火刑に処せられるシーンが出てくる。「そうか、16世紀といえば魔女 狩りや異端審問が盛んな時代だったんだ」と初めて気づいた。
 彼は子供の頃から世界が滅ぶイメージをよく幻視した。今の時代なら超能力かたわ言かで済む話でも、彼の生きた時代、こうした話は非常に危険なことだったろう。彼が何度か「異端」として逮捕尋問されるのが、 なるほどと納得された。

 以前読んだ本で、ノストラダムスがじつは医業が専門と知って意外に思ったものだが、彼はペストがヨーロッパをおおって大流行した時、独自の治療法で患者の救済に当たっている。すぐれた医者だったのだと思う。(その彼ですら自分の妻子を救うことは出来なかったのだけれど。)
 大学の授業で「瀉血(しゃけつ)は体力を衰えさせるばかりで、間違った治療法だ」と発言して、教授の怒り を買うシーンある。彼は合理的・科学的思考の持ち主だったようだ。
 しかし、科学的思考は教会の権威を冒涜するものとして抑圧された時代だ。じっさい彼も異端として逮捕され、拷問を受ける。王妃カトリーヌ・ド・メディチの庇護を受けていなかったら、ほんとにどうなったか分からない。

 科学者でありながら占星術をよくし予言者でもあるノストラダムスの複雑な人間性と、彼が生きた時代が丁寧に描かれているのが興味 深かった。主演のチェッキー・カリョは、教養人としての線の太さと、世界の滅亡を幻視する苦しみ、さらに特異な風貌にはセクシーな 匂いもあり、魅力ある男性像を造形していたと思う。

 中世フランスの重々しく古びた街並みや、異端とされる書物や研究書を秘蔵した隠し部屋の秘密めいた空気など、時代がリアルに 感じられるのも魅力があった。
 王妃カトリーヌ・ド・メディチに扮したアマンダ・プラマーが、愛人のいるアンリ2世のもとに嫁いた女性のしたたかな冷徹さを みせて、印象に残った。
  【◎△×】7

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ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア

1997年  ドイツ  90分
監督 トーマス・ヤーン
出演
ティル・シュヴァイガー、ヤン・ヨーゼフ・リーファース
ルトガー・ハウアー、ティエリー・ファン・ヴェルフェーケ
モーリッツ・ブライブトロイ

  ストーリー
 “男の友情” を描いたドラマとして本国ドイツで大ヒットしたアクション・ロードムービー。
 余命わずかと宣告され、末期病棟で偶然同室となったマーティン(ティル・シュヴァイガー)とルディ(ヤン・ヨーゼフ・リーファー ス)は、厨房でこっそりテキーラを飲み、すっかり意気投合する。
 まだ見たことのない海を見るために、2人は病院の駐車場からベンツを盗み出し、海へ向かう旅に出る。ところがそれは大金を積んだ ギャングの車だったばかりに・・・。
 『ラン・ローラ・ラン』のモーリッツ・ブライプトロイ、『ブレードランナー』のルドガー・ハウワーら個性派スターが共演者として 脇を固めている。

  一口感想
 マーティンを演ずるティル・シュヴァイガーはドイツではすごく人気があるんだそう。うん、わかる。病院でナースに「脱いで」と 言われると「全部?」と聞き返してニヤリとしたり、ハンサムじゃないけ ど、やんちゃな感じがすごくかっこいい。
 余命数日の脳腫瘍(しゅよう)、同じ病室のルディは末期ガン。「くたばるヤツばかり集めたか。陽気な病棟 だな」と憎まれ口を叩く。途端に壁の十字架像がゴトンと落ち、はずみで下の物入れの戸が開き、中に鎮座しているのはテキーラの瓶。 病気の深刻さがマーティンの強がりでシニカルな笑いに転化して、映画は快調に回りだす。

 もうすぐ死ぬ2人、この世に怖いものなんかない。で、マーティンとルディが何をするかと思えば「海が見たい!」それも天国で みんなの話についていけるように、っていうのが笑っちゃうし、泣かせる。
 酔った勢いで病院の駐車場から車を盗み、当座の金をガソリンスタンドから頂戴し、さらに銀行強盗で資金を調達する。最初は腰が 引けていたルディが、だんだん堂に入った手伝い役になっていくのがどことなく微笑ましい。
 盗んだ車がギャングのもので、中に大金が積まれていたために、2人は警察とギャングの両方から追われることになるのだが、2人を 追う強面(こわもて)ギャング2人組のお人好しぶりも、予想通りとはいえ、やっぱりクスクスしてしまう。

 ところでギャングのボスを演じるのは『ブレード・ランナー』のルトガー・ハウアー。彼はせっかくマーティンとルディを捕まえても、 「もうすぐ死ぬ」「海が見たい」という冗談みたいな話に、一言、「早く行け。間に合わないぞ」と返して、2人を解放してしまう。 男の心意気。そんな役です。
 初めに出演依頼を受けた時、マネージャーが1日10万ドルのギャラを要求したために、プロデ ューサーを兼ねていたティルがあきらめたところ、ハウアー本人から電話がかかって「マネージャーのいうことなんか気にするな」といってくれたとか。映画の役柄同様、いい話ですね。

 海に向かってひた走ってるはずの2人が、なんだか同じ所をぐるぐる回ってるようにも見えるけど、気にしない気にしない。
 軽快なテンポで進みながらも、時々起すマーティンの発作の激しさに、胸がギュッと締めつけられる。やっと浜辺に辿り着いた時、 それまで兄貴ぶっていた彼が弱気な目をするのも切ない。内気なルディがかえって「分かってる。何も怖くないさ」と彼を包み込む のだ。

 マーティンは海を見つめながら静かに息を引き取る。傍らに座るルディも余命はそう長くはない。いずれ2人は天国で、潮風の匂い、 砂の感触、壮大な海の眺めを語り合うのでしょう。
 面白おかしくて、最後はほろりしみじみ、ドイツ本国で大ヒットしたのも納得の1本でした。
  【◎△×】7

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野ばら

1957年  西ドイツ  95分
監督 マックス・ノイフェルト
出演
ミヒャエル・アンデ、ヨゼフ・エッガー
パウル・ヘルビガー、エリノア・イェンセン

  ストーリー
 動乱のハンガリーからオーストリアに逃れてきた孤児のトーニ(ミヒャエル・アンデ)は、汽船の元船長だったブリュメル老人(ヨゼフ ・エッガー)に救けられる。ある日、教会のミサでウィーン少年合唱団の歌を聞いたトーニは、合唱団入りを決意する。老人と離れるのは 辛かったが、寮母マリア(エリノア・イェンセン)が母代わりになってくれた。
 アメリカ公演を前にして、合唱団は東チロルに合宿にいくが、そこで紙幣盗難事件が起こり、トーニに疑いがかかってしまう。
 ウィーン少年合唱団が数々の名曲を披露するが、「陽の輝く日」「歌声ひびけば」の2曲はこの映画のために新しく作曲された。

  一口感想
 私がパンフレットを自分のお小遣いで買った初めての映画。粗末な紙質の薄っぺらいパンフで、表紙の右上にはクルクルと天然パーマの ミヒャエル・アンデ、左下に大きく “野ばら” の字が印刷されていた。大切にしていたのに、いつの間にか散逸してしまった。半世紀も 前だし、しょうがないんですけどね・・・。
 アンデは私とは一つ違いだけど、当時はずっと年下と思っていた。それほど愛らしかった。大分経って、「モモ」や「ネバーエン ディング・ストーリー」の著者名を知って驚いた。ミヒャエル・エンデ。あの可愛い男の子がいつの間に俳優から作家に転身して、こんな 素晴らしい物語を書いていたのか、と思ったのだ。
 もちろん別人で、年齢もかなり違うのだけど、私はそうとう長い間、勘違いしていた。

 もう1つ、主人公が入団する合唱団を私はずっと “木の十字架少年合唱団” だと思っていた。映画には “ウィーン少年合唱団” と 何度もはっきり出てくるのにねぇ・・・。
 当時、毎年のように来日公演していたのが “木の十字架少年合唱団” で、透明な歌声は「天使のよう」という形容がぴったりの美しさ だった。それが私の中で映画のイメージに重なったんでしょう。“木の十字架” という素朴な名前に、私が少女っぽい憧れを抱いたのも 大きかったと思う。

 そんなこんなで、勘違いがいっぱい詰まった懐かしい映画を久しぶりに再見した。清潔で心やさしいストーリーが、なんの技巧も てらいもなく、淡々とまっすぐに展開していく。
 登場するのは善人ばかり。ふつう、これだけ善人がそろうとかえって嫌みになるものだけど、この映画には不思議なほどそれがない。 とくに、孤児のトーニを引き取って慈しみ育てるブリュメル老人が印象深い。

 トーニの天分に気づくと、寂しさをこらえて合唱団に入団させ、彼が事件に巻き込まれると、駆けつけて懸命に弁護する。トーニに会うために、壊れた自転車を押して野道をいく姿にはホロリとさせられたっけ。
 合唱団の団長(パウル・ヘルビガー)を庭師と間違え、 団長もケロリとなりますまして、あとでネタばらしをする初対面でのとぼけたやり取りなどは、のどかなユーモアが楽しかった。

 背景にハンガリー動乱という当時の重い現実があるものの、それがストーリーに影を落とすこともなく、これは理想郷の物語なのだ なぁ、とつくづく思う。美しい山野、愛情深くやさしい人々、少年たちの澄み切った歌声・・・。後半に、トーニをめぐって誤解から 小さな事件が起こるけれど、それすらも温かな解決をみる。なんと素朴でナイーブな世界かと思う。
 老境に至った今、少女時代とは異なる無心さの中で、清々しい安らぎを感じた。
  【◎△×】7

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