| 【映画メモ】 0−9 で始まる映画 |
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ストーリー シリーズ第13作。ベルリンのイギリス大使館に情報部員009が、ロシア皇室の財宝 “ファベルジュ・エッグ” の偽物を持って駆け 込み、そのまま息絶える。一方、本物はロンドンの競売で、インドの富豪カマル・カーン(ルイ・ジュールダン)が高額で落札する。 カーンの目的を探るようM(ロバート・ブラウン)から指令を受けたジェームズ・ボンド(ロジャー・ムーア)は、インド・ウダイ プールに飛ぶ。 その頃ロシアではオルロフ将軍(スティーヴン・バーコフ)が西側への攻撃を主張していた。カマル・カーンに捕らえられ、宮殿に 幽閉されたボンドは、そこでダイヤの密輸などの犯罪組織を持つ謎の女 “オクトパシー”(モード・アダムス)に出会う。 その夜、ヘリコプターが宮殿に着き、降り立ったオルロフ将軍を出迎えるカーンの姿があった。 『ムーンレイカー』では宇宙までいっちゃって、後はどうするんだろうと思ったけど、本作はボンドシリーズの原点に返ったような、 息つぐ暇のない体力勝負のアクションが楽しい。 ボンドの操縦する飛行機が、機体を横にして、閉まりかかっている倉庫のドアの隙間をすり抜け
るプロローグ、爆走する列車上のアクション(列車の窓枠にぶら下がっまま疾走するシーンのスタントマンは、じっさいに大怪我をしたそう)、文字通りの命がけだ。そういう熱意が全編に感じられる。終盤、尾翼にボンドが捕まったまま飛行機が飛び上がり、上空からの空撮ではボンドは両手両足で必死に機体にしがみついている。 もう、見ただけで背筋がすーーっ。 用心棒ゴビンダがカマルに「外に出てボンドをやっつけろ」と言われて、「え?! 私が?」というのに思わずプフッ。そりゃそうでしょう、なんたって飛んでるんだもの。 やむなく彼は操縦室から出て、機体の上でボンドと格闘だ。「コワイ!」、もうこれしかない。で、アンテナみたいなのをボンドが 狙い定めてデコピン、あえなくゴビンダは空中落下。パラシュートがちゃんと開いたんでしょうね、と余計な心配までしてしまう。 ロジャー・ムーアはすでに50代半ば、正直いってアクションはかなり苦しい。動きがもたついて窮地に陥ることもしばしばだ。麻袋に 入って冷凍死体になりすましたり、ゴリラの縫いぐるみを被ったり(目だけキョロキョロがなんとも情けない)、ピエロの扮装をしたり して、その場その場をしのいでいく。 ヒッチハイクしようとして若者にからかわれるボンドなんて、ショーン・コネリーなら考えられない。笑いながらも、しみじみ彼の お年を噛みしめ、ペーソスに浸ってしまう。それでも、(スタントさんとも ども)身体を張ってエンターテインメントに徹するところが私は好きだ。
そういえば、『ムーンレイカー』では妻のことを聞かれて涙ぐんだりしてたっけ。そういう人間臭さがムーア・ボンドの魅力だなぁと
思う。オクトパシーに扮したモード・アダムスは中年に片足かけたくらいの落ち着きがムーアに似合っていたと思う。私の好きなタイプ、 綺麗な人ですね。『黄金銃を持つ男』に続いての2度目の登場とか。まだ見てないけど、彼女が出ているんなら、見てみようかな。 オクトパシーが率いる美女軍団がアクロバティックな動きの中にしなやかさがあって魅力的だ。そういえば、本作はQの活躍が 目覚しく、研究室から飛び出して熱気球でインドの宮殿までいったりする。美女軍団に囲まれてまんざらでもないQ、「後でね」なんて だれかさんのような科白を言ってました。 インドと東ベルリン、とまったく違う雰囲気の場所が交互に出てくるのも、新鮮な気分になれた。 【◎○△×】6 |
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ストーリー 4代目ジェームズ・ボンド、ティモシー・ダルトン主演のシリーズ第16作。 友人フェリックスの結婚式に出席したジェームズ・ボンド(ティモシー・ダルトン)は、沿岸警備隊の連絡を受け、フェリックスと ともに急遽式を抜け、麻薬王サンチェス(ロバート・ダヴィ)を逮捕する。しかし、難なく逃亡に成功したサンチェは、フェリックスに 重傷を負わせ、彼の新妻デラを殺して復讐をする。 ボンドは上司M(ロバート・ブラウン)の「事件に手を出すな」という命令に背き、デラの仇を討つために単身サンチェスへ近づく。 しかし、そのため彼は「殺しの許可証」“007” を取り消されてしまう。 イアン・フレミングの原作にはないオリジナルだそう。道理でほかの007ものとはちょっと毛色が違う。とくにボンドがMの指令ではなく、個人的な動機 ー「親友の妻が殺された」ことへの復讐ー
で動くところは、私的な情に動かされない(はずの)従来のボンド像と
ずいぶん違う。(これはじつは、第6作『女王陛下の007』(69)で一度だけ結婚したボンドの妻の死が下敷きになっている。ロジャー・ムーアに 代替わりしてからも、時折りふっとボンドの心に影を落とし、どれほど彼が妻を愛していたかをうかがわせたものだった。 そういう意味で、第6作ジョージ・レーゼンビーのボンドはもう少し注目されてもいいんじゃないかなぁ、とひそかに思う私なのです。) もちろんMはひそかに支援するけれど、ボンドが組織から離れて動くせいかどこか心もとなさが付きまとい、その分ハラハラドキドキ 感が大きくて、意外に面白かった。 ティモシー・ダルトンはアクションがすごくいいし、笑顔がチャーミング。先代たちにくらべると世間ずれしていない純情さが魅力だ。 美女2人に惚れられて、あっちにキスし、こっちにキスしてうろうろするところなんて、「あれあれ、もちょっと上手くやれないの?」と 微笑(わら)いたくなる。 彼の主演の007は、これともう1作、前作『リビング・デイライツ』(87)しかない。新しいボンド像を模索したけれど、時代が少し 早すぎたのかな、と思ったりする。私としては彼のボンドをもう少し見たかったんですけどねぇ・・・。 サンチェ役のロバート・ダヴィは、ちょっと見はチンピラ風なのに、ストーリーが進むにつれてどん
どん大物感が出て怖くなる。眉一つ動かさず、人間が鮫に食われるのを見つめる非情さや、ボンドの策略で裏切り者と勘違いした腹心のクレストを、高圧機のなかに閉じ込めて殺してしまう冷酷さ。そのくせ、血まみれになった札束は「ロンダリング(洗濯)しとけ」とシャレにもならないことを言う。悪役に凄みがあると映画って面白くなる。ダヴィは合格だ。トレーラーを使ったボンドとの追走劇なんてあまりの迫力に胃がきりきり してしまった。 若い頃のベニチオ・デル・トロがサンチェの片腕役で出ている。痩せて意外にハンサムだけど、目の辺り、性格異常者っぽい感じが 不気味。英語がまだ下手で、変なアクセントでゆっくり喋るのがかえって怖い。麻薬精製工場のボンドは、相棒の女性パイロット、パムが 駆けつけなかったら本当に危なかったと思う。それくらいデル・トロには迫力があった。 【◎○△×】7 |
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ストーリー ジェームズ・ボンド・シリーズの第4弾。83年、ショーン・コネリー主演で『ネバーセイ・ネバーアゲイン』としてリメイクされた。 核弾頭を積んだNATO軍の戦闘機が行行方不明になり、国際犯罪組織スペクターから米英首脳に脅迫が届く。それは1週間以内に1億ポンドを支払わなければ、アメリカに核を落とすというものだった。イギリス情報部は 007号ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)に戦闘機の行方の調査を命ずる。 一方バハマでは、作戦の指揮を取るスペクターの幹部ラルゴ(アドルフォ・チェリ)が富豪を装い、愛人ドミノ(クローディーヌ・ オージェ)とともに豪華ヨットで滞在していた。貿易商を装いドミノに接近したボンドは、珊瑚礁の奥に戦闘機が隠されていることを 突き止める。ドミノは戦闘機パイロットの兄が殺されたことを知り、密かにラルゴへの復讐を決意していた。 初期のボンド・シリーズは、Mのいる諜報部のオフィスが渋い色調で、いかにも重厚な感じがするのが好きだ。それと、秘書のマネー ペニーとボンドがおふざけして、擬似恋人のような会話を交わすのも私のお気に入り。こういう洒落たセンスって残念ながら日本映画 ではなかなかお目にかかれない。 それから本作で好きなのは、プロローグでボンドが背中に個人用の小型ロケットみたいなのを付けて、びゅーんと空を飛ぶシーン。『メリー・ポピンズ』が傘をさす代わりに、背中に小型ロケットを付けていると思えば分かり易いかも・・・。 最初に本作を見た時、思わず「お、お・・・」と見とれて、私もああいうのをつけて空中散歩をしてみたい、でも、みんなが空を飛び出したらやっぱ り交通整理がいるかな、なんて子供じみたことを考えたことを思い出す。 海中でのボンド側潜水隊とスペクターとの戦闘シーンは面白かった。泳ぎながらの闘いなので動きが美しい。そこに突然ビュッと鋭い 矢のついた水中銃が飛んで、グサッと刺さる。異様な迫力だ。 ただ不思議というか面白いのは、ほかのメンバーは全員、全身を覆う潜水 スーツを着ているのに、ボンドだけ素脚がニョキッと丸出しの潜水スーツであること。おまけに白いパンツみたいのがはみ出している。 「うわ、かっこわるぅ〜〜」。彼の全身が画面に写るたびつい笑いそうになる。 まさか、一目でボンドと分かるように、ああいうスーツ を着せた訳でもないだろうけど、そんなこともふくめて、好きなシーンだ。 【◎○△×】7 |
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ストーリー ジェームズ・ボンド役にショーン・コネリーが復活したシリーズ第7作。 200万ポンドにのぼるダイヤモンドが密輸され、しかも 闇市場に出回っていないことが判明する。ダイヤの運び屋に変装したジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)は、ティファニー (ジル・セント・ジョン)という女に接触する。しかし、彼女に運搬を頼まれたダイヤはいつの間にか消えていた。 ダイヤの行方を追ったボンドは、アメリカの富豪ホワイトが経営する科学研究所へ辿り着き、ダイヤ密輸の黒幕は、国際犯罪組織スペクターの首領ブロフェルド(チャールズ・グレイ)であること突き止める。ブロフェルドは、大量のダイヤを使って強力なレーザー光線を放射する人工衛星を 作り、世界各地の重要拠点を次々と破壊しようと目論んでいた。 ボンド・シリーズは、ストーリーは忘れてしまっていても、強烈に印象に残っているシーンが大抵1つや2つはある。本作の場合、 ボンドが敵に追われて逃げるうちに狭い道に入り込み、車体を斜めにして片側の車輪だけで走るシーンがそれ。意表を衝かれて、思わず 「うそぉ〜〜!」と叫びたくなる。 わざわざ目立つ赤い車で逃げるのも笑っちゃうけど、それが斜めにかしいで走る姿は妙に可愛くて、とても好きなシーンだ。 ボンド・ガールもこのシリーズを見る時の楽しみの1つだ。彼女らはなるべく超グラマーで、かつワルであってほしい。たとえボンド とベッド・インしても、隙あらば彼を殺そうと狙い、ボンドもそれを承知の上で情事を楽しむ。もちろん、小粋な会話つきで・・・。 そういう私の願望からすると、本作のジル・セント・ジョンはちょっと役不足の感。露出過剰の衣装(というほど、布を使ってない)でウロウロしすぎる。頭が悪そうなのも物足りない。ボンドがせっかくコンピューターに入れ替えたテープを元にもどし、わざわざ報告に来るところなんか、「もぅ〜〜」とちょっとイライラしてしまった。 ボンドにいつもほど精彩がないのは、ショーン・コネリーが 気分が乗らないままに出演しているせいとは思うけど、ボンド・ガールに花がないのが大きいんじゃないかなぁ。 【◎○△×】6 |
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ストーリー 大ヒットした『ゴールデンアイ』に続く、ピアース・ブロスナンのジェームズ・ボンド第2弾。 イギリス戦艦が中国領海近くの海域で攻撃を受け、両国の間に緊張が高まる。しかし、それは世界の情報を牛耳る “メディアの帝王” カーヴァー(ジョナサン・プライス)の陰謀だった。彼は衛星を操作してイギリス・中国双方に誤った座標情報を送り、紛争の火種を 起こして、全世界の報道を一手に掌握しようと企んでいたのだ。 不審を抱いたイギリス情報部は、このニュースをいち早く報道した カーヴァーを調査するため、ボンド(ピアース・ブロスナン)を送り込む。同じ頃、中国公安当局から派遣された女工作員リン (ミシェル・ヨー)もまたカーヴァーを追っていた。 ミシェル・ヨーのかっこ良さにひたすら感動! ピアース・ブロスナンと対等に渡り合えるアクション女優ってそうそういないと思う。 ただ強いだけではなくて、女っぽい。それもベタベタしなしなした色気でなくて、カラッとさっぱりしているところが好きだ。 彼女が扮する中国側のスパイ、リンとボンドが抱き合って、高いビルを巨大垂れ幕を引き破りながら降下してくるところなどは、アクションと いうよりもうまるでラブシーンそのものだ。 冷戦構造がなくなって敵役を作るのに苦労しているボンド・シリーズだが、情報で世界を支配しようとする “メディアの帝王” を悪玉 に持って来た発想は面白い。でもこういう知能的確信犯タイプの “悪” って、アクションには馴染まないんじゃないかなぁ。その辺で ストーリーとしてはちょっと消化不良の感じがした。 【◎○△×】6 |
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ストーリー 全世界にスパイ・ブームを巻き起こしたイアン・フレミング原作のスパイ・アクション、“007” シリーズの第1作。「殺しの ライセンス」(殺人許可)を意味するを “00” ナンバーを持つ、イギリス諜報部員 “007” ジェームズ・ボンド。彼に扮した ショーン・コネリーの出世作となった記念すべき作品だ。 ジャマイカのイギリス情報支局長が何者かに殺害された。事態を重く見たロンドン本部は、真相究明のために情報部員 “007” ジ ェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)を現地に派遣する。 島の漁師クレオルの話では、支局長は謎の中国人ドクター・ノオ(ジョセフ・ワイズマン)のボーキサイト研究所があるクラブ島を 探っていたらしい。そこで、ボンドはクレオルの道案内でクラブ島への潜入を図る。 ボンドの宿命のライバル、国際犯罪組織 “スペクター” は、この第1作ではドクター・ノオの所属する組織として単に名前が出てくるだけ。シリーズの名物男 “Q” もまだ登場していない。久しぶりに見てそんなことに気づいた。(ちなみに “Q” は第2作『ロシアより愛をこめて』では「装備係り」なんてしょぼい呼ばれ方をしている。)
女性あしらいに長けたボンドの定番イメージは本作ですでに確立し、秘書マネーペニーとのお洒落な恋愛ごっこのやり取りも、早くもこの第1作から見ることが出来る。初代ボンド・ガールは当時の肉体派女優No.1、ウルスラ・アンドレス。ずいぶん贅沢な配役だったんですねぇ・・・。もっとも後の ボンド・ガールと違って陰謀に絡む役回りではなく、たまたま居合わせて事件に巻き込まれた娘という設定だ。そんなところも今となると 素朴で懐かしい気分になる。 彼女が海から現れるシーンは、野性的で大胆な肢体がほんとうにショッキングで、それなのに声や話し方がキュートなのが妙に初々しかったことも思い出す。 本作で記憶に強いのはなんといっても毒グモのシーン。8本の太い足が生々しく蠢(うごめ)いて、ボンドは 金縛り状態だ。彼の鼻腔が広がり、顔が脂汗で光る。久しぶりに見直したら、案外あっさりした描写で拍子抜けしたが、当時はかなりの 迫力だった。 ほんとはあの大きさで毒を持ったクモはいないらしい。今回あまり怖くなかったのは、それを知っていたせいかな? 代わりにドクター・ノオが意外に怖かった。初登場シーンは声だけで姿を見せない。「ボンドは死んだはずではなかったのかね?」 「ここに彼が現れたら、それは君の責任だよ」、・・・密閉された
部屋に感情のないやさしげな声が響く。彼が義手のために鉄のはしごを捕めず、ずるずるプール型原子炉に沈んでいくのにも、なんとはなしの恐怖を覚えた。 公開時の第1作、第2作のタイトルは『007は殺しの番号』『007/危機一発』。ちゃちなタイトル、映画もちゃちな三流アク ションなんだろうなぁ、と思ったものだ。 後で知った話だが、じっさい、この2作に関しては配給会社が自信がなくて、無難なB級アクション路線のタイトルを付けたのだそう。 ところが意外なことに2作とも大ヒット。それで、3作目から原題通りのタイトルを邦題でも付けて「もらえる」ようになったらしい。 私としては第1、2作の邦題が、その後、原題どおりになったのが嬉しい。『ロシアより愛をこめて』なんてスパイ・アクションとも 思えないロマンチックさ、いいですねぇ・・・。 【◎○△×】7 |
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ストーリー シリーズ第11弾。ロジャー・ムーア=ボンドの第4作。 アメリカからイギリスへ輸送中のスペース・シャトル “ムーンレイカー” が、アラスカ上空で何者かに奪われる。イギリス情報部は 真相調査のために、ジェームズ・ボンド(ロジャー・ムーア)を謎の科学者ドラックス(ミシェル・ロンダール)のもとに派遣する。 彼は独自に宇宙センターを持ち、“ムーンレイカー” の開発に協力してきたのだ。 ボンドは事件の背後に、ドラックスの人類抹殺計画があることを突き止める。しかし、彼に協力するNASA研究員、女性科学者 ホリー・グッドヘッドとボンドを、鋼鉄さえ噛み切る強力歯の殺し屋ジョーズ(リチャード・キール)が襲う。毒ガスカプセルを積んだ “ムーンレイカー” は、ドラックスと選ばれた新人類を乗せて宇宙に飛び立った。果たしてボンドとグッドヘッドは・・・? いくらボンドでも、宇宙まで行くのは荒唐無稽すぎるでしょう、という向きもあるらしいけど、私にはお気に入りの1本。観光の メッカ、ベニスで運河沿いを散策するかと思えば、リオではカーニバルの喧騒に紛れ込み、果ては美女に導かれてアマゾン秘境の古代 遺跡にもぐり込む。「これぞエンターテインメイント」といわんばかりのサービスぶりだ。
ボンドがドラックスの工場で、宇宙訓練用の遠心分離機みたいのに乗せられ、もの凄いスピードで振り回されるシーンは、ロジャー・ ムーアの頬が圧力に耐えかねてブルブル震える。見ているこっちまで歯を食いしばっちゃって、迫力満点だ。 ボンド・ガールのルイス・チャイルズの大柄で派手な美貌もいい。 そして行く先々で、あのジョーズが歯をぎらつかせて襲いかかる。 不死身ぶりにはますます磨きがかかり、飛行機からパラシュートで 落下するボンドを追いかけ、サーカスのテントに墜落するオープニングから始まって、ケーブルのゴンドラが鉄筋の発着場に激突しても、あのイグアスの大滝をボートで落下しても、何をどうやっても死なない。 ドラックスの用心棒チャンの陰湿さに比べたら、裸一貫、じゃなくて腕力と歯だけが武器というジョーズは単純で明るくていい。 (用心棒チャンは、あっちの人から見た東洋人の不気味さってこんなイメージなのかな。同じ東洋人の私が見てもかなり怖い。) 特記しなくちゃいけないのが、本作ではジョーズに、めがね・三つ編み・ブロンドの小さな恋人が出来ることだ。(彼女、胸元は けっこう豊満です!)出会った途端に、歯とめがねがキラ〜ンと光って、たがいに一目惚れ。2人は無事宇宙から生還するらしいけど、 あのまま星になってもよかった
かな、ロマンティックで・・・。『私を愛したスパイ』と2作続いて一言もセリフのなかったジョーズが、最後の最後、彼女とワイン・グラスをカチンと合わせて 「乾杯」と口を利いたヨ! このころのボンド・シリーズは、まだQの開発する新兵器の楽しみが大きかった頃だ。本作も、手首をちょっと捻るとぴゅっと矢が 飛び出す腕時計とか、ベニスの運河を猛スピードで走った後、サン・マルコ広場を粛々と走行するホーバークラフト付きのゴンドラとか、 手作りみたいなほのぼの感が楽しい。ボンドの窮地が救われるたびに、得意満面のQの顔が見えるようだった。 ラスト、ボンドとボンド・ガールの恒例のラブ・シーンは、Qがモニターを見ながら「再突入するようです」と解説、思わず吹き出 した。 【◎○△×】6 |
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ストーリー 3代目ジェームズ・ボンドにロジャー・ムーアが扮して活躍するスパイ・アクション。 英ソの原子力潜水艦が次々と消息を絶つという 事件が発生する。背後には原潜の航路追跡システムの開発が関わっているらしい。カイロに飛んだジェームズ・ボンド(ロジャー・ ムーア)は、このシステムのマイクロ・フィルムを持った男と接触する。ソ連KBGも事件究明のために女スパイのアニヤ(バーバラ・ バック)を派遣する。 一方、地中海の海底に巨大基地を持つカール(クルト・ユルゲンス)は、マイクロ・フィルムを持ち出した裏切り 者を殺すために、ジョーズ(リチャード・キール)を差し向けていた。共通の敵を追っていることを知ったボンドとアニヤは手を結び、 海洋学者夫妻を装ってカールの本拠地に乗り込む。 本作のピカイチはなんといっても、水陸両用の万能車ロータス! 崖からボ〜〜ンと海中に飛び込んで、「え、どうする気?」と思うと、くるりとタイヤが回って蓋がしまり、横から水中翼が4枚ちょこんと出てくる。小さいひれをクルクル回して泳ぐふぐみたい。可愛いったらありゃしない。あんなのに乗って、私も水中散歩をしてみたい!
海中から現われると、浜辺の子供たちは目を丸くして見つめるし、犬は一目散に逃げるし、酒を飲んでた中年のおっさんが、「オレ、
酔った?」という顔で酒瓶をしげしげ眺めるのには笑ってしまった。“ジョーズ” に初めて出会ったのもこの映画だ。鎖は噛み切るわ、サメは食いちぎるわ、歯の威力がもの凄い。それだけではない。 なにがあっても不死身の男。猛スピードで走る列車から突き落とされようが、エジプト遺跡の巨石に埋もれようが、埃を払ってスタスタ 現われる。 リチャード・キールの図体のでかさに比例したゆるい動きがご愛嬌だ。神業並みの怪力の持ち主。車のドアやボンネットも彼にかかると ただのブリキ同然だ。カルナック神殿ではボンドとアニヤの乗った車がばらばら寸前まで壊されてしまう。 金属の歯が災いして、強力磁石のクレーンに吊り上げられてしまうシーンが面白かった。ボンドがチラッと上を見る。もちろん計算づく。釣られてジョーズが上を向く。途端にクレーンに彼の歯がくっ付き、引っ張り上げられてしまうのだ。
この頃でももうかなりお年のロジャー・ムーア、アクションの動きが鈍いのはまー、仕方ないでしょう。その分、サービス精神と余裕のあるユーモアで楽しませてくれる。一方で、何かの時にひょいと見せるうるおいのある目がたまらない。本作ではアニヤに、不慮の事故で妻を失った過去に触れられた時の、切ない表情が素敵だった。本作のボンド・ガール、バーバラ・バックはじつは私、あんまり好みじゃないんですね。リンゴ・スターのお嫁さんです。それはさておき、ボンドとアニヤが脱出カプセルのなかでラブシーンを演じているのを、英ソのお偉方が窓から覗き込んで「何してるのかね?」というラストが、定番ながら楽しい。 (スタントさんが頑張っての)多彩なアクション、エジプト・カイロから始まる世界各地の豊富なロケ地と、ボンドらしさに溢れた 一作。 【◎○△×】6 |
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ストーリー 米ソの宇宙カプセルが次々と軌道から姿を消して、米ソはたがいに相手国の仕業と疑い、両国の緊張が高まる。イギリス情報部は、 カプセルの軌道を邪魔する妨害ロケットが日本から発射されていることを突き止め、ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)を派遣する。 ボンドは日本の情報部エージェント、タイガー・田中(丹波 哲郎)とアキ(若林 映子)の助けを得て、ある島の火山が 怪しいと狙いをつける。日本人漁師に変装し、情報部員キッシー(浜 美枝)と偽装結婚して島に潜入したボンドは、ついに噴火口に 隠されたスペクターの秘密基地を発見、宿敵ブロフェル(ドナルド・プレザンスド)と対決する。 007もので初めて退屈した映画、その意味では変に懐かしい映画でもある。 日本の風景というのは、樹が多くのっぺりとなだらかで、 つくづくボンドもののようなアクション映画には似合わないなぁと思う。本当は平野が続くヨーロッパなどに比べると、日本は山が急峻 で、川も流れが激しいのだけど、この『二度死ぬ』に出てくる日本は妙にノンビリして見える。 妙な日本の風俗が出てくるのは、外国映画ではよくあることと大目に見るにしても、そんなものに気を取られているせいか、ストーリ ーに全然テンポがない。 それに、ボンドもまるっきり魅力的じゃない。日本人漁師に扮したつもりで(見えませんって)、髪を額にかぶせて猫背でひょこひょこ歩く。これがあちらから見た日本人像なんだろうけどねぇ。 モノの本のよると、本作は「全ボンド映画の中で最高の収益を上げた大ヒット作」だったそう。ふ〜ん・・・。外国人には東洋の異国情緒がそんなに魅力的に映ったのかなぁ? もっとも、ショーン・コネリーはこの頃、ボンドのあまりの人気の凄さに心身ともに疲れ果て、ボンドを演ずることにも 幻滅し始めていたらしい。インタビューで「日本女性はセクシーでない」と八つ当たり的発言をしたりしている。 この時の記者会見でボンド役降板を宣言したそうだから、彼の演ずるボンドが魅力薄なのは当然かも知れない。(もっともこの後、コネリーは 『ダイヤモンドは永遠に』で、もう一度ボンド役に引っ張り出されているけれど。) 【◎○△×】5 |
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ストーリー “もしも日本に陪審員制度が導入されたら” という設定で、映画『十二人の怒れる男』に触発されて書かれた、三谷幸喜の同名の 舞台劇を映画化したもの。 トラックに轢かれた男の死をめぐり、12人の陪審員が議論を重ねる。夫殺害の容疑をかけられた被告人が若く美しい女性だったことから、初めは陪審員のほとんどが無罪を主張する。しかし、陪審員2号(相島 一之)だけが “有罪” を唱えたために、全員一致が必要な評決は無罪、有罪と二転三転し、12人の陪審員たちは延々と議論を続けざるを得ない羽目に陥る。 夜の国道でトラックに轢かれた男の死は、別れた妻が故意に突き飛ばしたための殺人か、もみ合っているうちにたまたま車道に飛び 出したための事故死かをめぐって、一般市民12人が陪審員として集められ、議論が繰り広げられる。 オリジナルのアメリカ映画『十二人の怒れる男』(57)では初めは圧倒的に “有罪” 派が多い(11:1)が、議論を重ねるうちに 「無罪」が増えていく。対照的に、本作は初めはなんと全員が「無罪」。陪審員たちは集まった途端に帰り支度を始める始末で、「これ じゃいくらなんでも」「ちょっと
は話し合いましょう」と1人が “有罪” に転向。この辺のアバウトさがいかにも日本的だなぁ、とクスリとしてしまう。さらに “無罪” の理由が、おおまか「あんな若くて綺麗な女性が殺人なんてするはずがない」という情緒的なもの。これまた大い に “日本的”。 もともと舞台劇だそうだが、そのせいか俳優たちの演技に独特の臭みがあって初めはちょっと白けたが、“有罪” 派が増えるにつれて ぐんぐん面白くなった。 容疑者は前夫との話し合いに出かける時、なぜピザを注文したのか。前夫に追われた時、なぜまっすぐ自宅に向かわず、わざわざ遠回りの国道へ走ったのか、などが “有罪” 派の根拠になるが、その推論が “無罪” 派によってひっくり返され、さらに目撃証言の信憑性をどう判断するかも絡んで、展開は二転三転。 個人的事情から感情的に判断する人、フィーリングで決める人、すぐ迎合する人、“有罪” 派を「根性が捻じ曲がっている」と決め つける人、理詰めで判断する人、 “評決不一致” で別の新たな陪審員たちの任せればいいじゃないか、という妙案を考え出す人まで 出てきて、陪審員たちの個性もさまざまだ。 最後は “自殺説” まで飛び出して議論は迷走するが、ラストの評決は『十二人の怒れる男』のパロディで終わらないひねりが用意 されていて感心した。 評決が終わり、陪審員たちは守衛と言葉を交わして退室していく。議論の興奮や余韻が残り、それぞれの表情に味わいを感じるラスト シーンだった。 銀行の重役風の9号、初めは無関心に見えて途中から議論をリードしていく11号、2人の陪審員の〔イタチの最後っ屁〕みたいな どんでん返し、あれはほんとにしてやられました。
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ストーリー ニューヨークの街角を足早に行き来する人々の中に、著名な俳優たちの姿が見える。彼らは42丁目ある古い劇場に吸い込まれていく。ここで行われている舞台劇「ワーニャ伯父さん」の通し稽古に参加しているのだ。 アンドレ・グレゴリー演出によるチェーホフ 原作の「ワーニャ伯父さん」は1989年から4年に亘ってリハーサルをしながら、結局正式の舞台公演は行われなかったという。 そのリハーサル風景をそのままフィルムに収めたドキュメンタリー・タッチの作品。これが『死刑台のエレベーター』『地下鉄の ザジ』のルイ・マル監督の遺作となった。 チェーホフの戯曲「ワーニャ伯父さん」ってこういう話だったのか・・・。タイトルからなんとなくホンワカした内容を想像して いたが、手応えのない人生への空しさ、あきらめ、・・随分シリアスな話だった。 映画は演ずる俳優たちがニューヨークの雑踏を三々五々稽古場に集まってくるところから始まる。時々見学者や演出家の姿も写される。だから、「ワーニャ伯父さん」のストーリーに没入しそうになると「あー、これは舞台稽古だったっけ」と<現実>に引き戻される。<架空>の世界に易々と浸らせてくれない仕掛けになっている。それがこの辛口の戯曲によくマッチしていて、それ自体がかなり面白い感覚だった。 高名な教授が人間としては中身が空っぽだったという、彼の偽善性が暴露されるプロセスが興味深かった。 【◎○△×】7 |
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ストーリー 夢と幻想と現実を混在させた、自伝的要素の濃いフェリーニ監督の代表的作品。 一流の映画監督グイド(マルチェロ・マストロヤンニ) は精神的にも肉体的にも疲れきって、次回作の構想も一向にまとまらない。医者の勧めで温泉に湯冶にやってくるが、そこでも仕事から 逃れられず、妻(アヌーク・エーメ)や愛人(サンドラ・ミーロ)とのしがらみがついて回る。 グイドに心の平安はなく、絶えず現実とも虚構ともつかない幻想に悩まされ、ついには少年の日の思い出に辿り着くのだった。 映画監督グイドには『甘い生活』公開直後のフェリーニ自身が投影されているといわれる。主役がマストロヤンニという以外は何も 決まっておらず、シナリオも未完成のままでフェリーニは迷い続け、タイトルさえも思いつかなかった。彼がそれまで監督した作品は 長編8本と短編1本だったので、紙ばさみに“81/2”と書いておいたのがそのまま題名になってしまったという。 この作品以後、“映像の魔術師フェリーニ”の世界が確立され、『オール・ザット・ジャズ』など多くの作品に影響を与えた。 アカデミー外国語映画賞、モスクワ映画祭グランプリを受賞。 のべつ幕なしにマスコミがインタビューに来る、スタッフも次々打ち合わせに来る、女優は役を狙って売り込みを図る、愛人の面倒も みないといけないし、せっかく呼んだ女房は別れ話を持ち出すし、もう一寸の間も心の休まる暇がない。これじゃ、グイドでなくても ノイローゼにもなっちゃうなぁ、とつくづく同情してしまう。 そこにフェリーニらしく、時間・空間を飛び越えて過去や夢や幻想が入り 乱れ、同情しながらもその華麗さを楽しんでいる自分がいたりする。サーカスのピエロたちが一列に並んでブカブカ演奏しながら行進 するシーンなどは、夢の世界に入り込んだようで、とても不思議な気持ちになった。 マストロヤンニは「饒舌で陽気な男」というイメージが私の中では強いのだが、この映画では寡黙な男を演じていて、それがとても さまになっているのが意外だった。そのせいかハンサム度が数段上がって見えた。 【◎○△×】7 |