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【映画メモ】  で始まる映画



エイリアン

1979年  アメリカ  118分
監督 リドリー・スコット
出演
トム・スケリット、シガニー・ウィーヴァー、ジョン・ハート
イアン・ホルム、ヤフェット・コットー、ハリー・ディーン・スタントン

  ストーリー
 近未来、宇宙船の乗組員たちが残忍なエイリアン(異星生物)と死闘を展開するSF映画。女性乗組員リプリーに扮したシガーニー・ ウィーヴァーは、それまで無名の脇役女優だったが、男性をリードして闘うという新しいヒロイン像を熱演し、一躍スター女優と なった。
 宇宙貨物船ノストロモ号が地球に向けて帰る途中、謎の救難信号を受けて未知の惑星に降り立つ。乗組員が発信元の宇宙船を調査した ところ、船内の床一面に奇怪な卵状の物体があり、そこから異様な生物が飛び出して乗組員の一人ケイン(ジョン・ハート)の顔面に 付着する。
 ノストロモ号は再び地球への帰還の途につくが、ケインの体内にはすでにエイリアンの幼体が産みつけられていた。彼の腹を 内部から食い破ったエイリアンは、脱皮を繰り返し巨大に成長して、1人また1人と乗組員を襲っていく。

  一口感想
 生涯もっとも怖い映画はなに?と聞かれたら、私は迷わず『エイリアン2』をあげる。一応予備知識はあったつもりだったけど、あれ ほど心臓に悪いとは思わなかった。その時は『1』はまだ見てなくて、いずれ見なくちゃ、と思いながらも『2』の後遺症からなかなか 抜けられない。
 おっかなびっくりの鑑賞だったが、『2』の洗礼が強烈だったせいか、エイリアンの造形は思ったほどでなくて、心臓麻痺を起こさず に済んだのはさいわいだった。

 ストーリーは評判になっただけあってさすがに面白い。私は、宇宙船ものといえば超エリートの飛行士たちが国家の威信を背に宇宙 探索に乗り出す、というステレオ・タイプのイメージを持っていたのだが、本作はそういう時代はとっくに過去になり、ノストロモ号は 船内で作った工業製品を販売してまわる、町工場と運送会社を兼ねたみたいな宇宙船なのだ。

 そのせいか、整備担当の白人(ハリー・ディーン・スタントン)と黒人(ヤフェット・コットー)のコンビは見かけもエリートとはほど遠い工員風、ボーナスがどうのこうのとしょっちゅう不満を 並べている。船長(トム・スケリット)も絶対的な指導力を発揮するわけではなく、異星生物が船内に潜入したらしいとなっても、最後の判断は科学担当クルー(イアン・ホルム)に下駄を預けてしまう。本社から派遣された社員であることに遠慮しているみたいなのが面白い。

 こんな風だから、自分の信念をはっきり持っている女性二等航海士のリプリー(シガニー・ウィーヴァー)がいやに頼もしく見えてしまう。この映画辺りからだろうか、『ターミネーター』とか『テルマ&ルイーズ』とか、スクリーンで女性が男性顔負けの強さを発揮するようになったのは。

 宇宙船の内部が『2001年宇宙の旅』のような無機質な作りでないのがかえって新鮮だ。壁が 人体の肋骨みたいだったり、天井からジャージャー水が洩れて(?)いたり、有機性物体を連想させる。シュールな作りの化物屋敷とでもいったらいいか、細菌とかではなくて生々しい形のエイリアンがひそむにはぴったりだ。

 そのエイリアンだが、寄生した人間に酸素を送り込んで生かし続けたまま、養分を取って自分は成長する。寄生した宿主の樹を じわじわ “締め殺し” にするツタ系の植物をテレビで見たことがあるが、あんなのが人体に入り込んだ感じ。まさに「生かさず殺さず」 だ。『2』のエイリアンは見た目がグロテスクだったが(突然飛び出す怖さが強烈だった!)、こっちは心理的に怖い。

 クルーのなかにじつはロボットがいて、首がちょん切れたのに、配線をつないだらまた喋りだすシーンがあった。漫画チックというか、 息づまる緊張が続くだけにほっと一息つかせてもらう感じ。この辺の緩急は、リドリー・スコット監督、なかなか心得たものです。
  【◎△×】7

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エイリアン2

1986年  アメリカ  137分
監督 ジェームズ・キャメロン
出演
シガーニー・ウィーヴァー、マイケル・ビーン、キャリー・ヘン
ランス・ヘンリクセン、ジャネット・ゴールドスタイン

  ストーリー
 前作『『エイリアン』の大ヒットを受けて、7年後に発表された続編。
 エイリアンとの死闘でただひとり生き残った女性航海士リプリー(シガーニー・ウィーヴァー)は、57年後、救命艇の低温睡眠カプ セルで宇宙を漂っているところを発見される。あの惑星はいまや植民惑星となって宇宙技術者たちとその家族が住み着いていたが、連絡が 途絶えたままだった。
 リプリーは宇宙海兵隊と共に再び悪夢の惑星へと向かう。そこには多数のエイリアンが棲息し、海兵隊員は次々倒されていくが、宇宙 術者の娘ニュート(キャリー・ヘン)が、エイリアンの目を逃れ生き延びていた・・・。

  一口感想
 最初に本作を見たのは何年前だったろう。とにかくもう、猛烈に怖かった。あんまりショックが大きくて、その時は『1』はまだ見て いなかったが、とても見る勇気が出ない。
 そんな状態がずっと続いて、やっと『1』を見たのが5年前(03)。すごく面白かった。けど『2』をもう一度見るところまでは、まだいかない。今年(08)3月にもう一度『1』を見る。で、十分な心準備をして、4月、久しぶりに『2』に挑んだ。

 リプリーが低温睡眠状態で宇宙を漂っている間に、こともあろうにあの惑星は、宇宙技術者やその家族が移住する植民衛星になって いた。うわー、どうしよう。『1』でノストロモ号の航海士が発見したエイリアンの卵は1個や2個じゃなかった。あれが57年もの間 繁殖を続けていたとすれば大変なことだ。
 本作の公開は『1』(79)から7年経っているので、リアルタイムで見た人はさほどでなかったかもしれないが、私は1ヶ月しか空いて ない。音信不通になった元宇宙船の中に産みつけられていた大きな卵のおぞましい映像がありありと眼前に浮かび、ぞっとする。低温睡眠 から目覚めてそれ を知ったリプリーも、きっと同じだったに違いない。

 ジェームズ・キャメロン監督って、『ターミネーター』もそうだけど、強い女性を描くのが好きらしい。本作にもヴァス ケス(ジャネット・ゴールドスタイン)という男性顔負けの筋骨逞しい女性兵士が登場する。重そうな機関銃をちょっと中腰で抱えて、 周囲を警戒しながら進んでいく様子のサマになることといったら! こうなったらもう、男だ女だなんて関係ないですね。
 初めはリプリーに敵対的だったのに、いつか一番頼もしい仲間になる。そして最後は、リプリーたちを逃げ延びさせるためにエイリアンの餌食になってしまうのだ。男性兵士を励ます様子には母性すら感じてしまった。

 母性という点では、本作のリプリーくらいその言葉がふさわしいものはない。たった一人生き延びていた少女ニュートの怯えた心を 溶かし、守り、どんな窮地に陥ってもけっして見捨てない。
 終盤、エイリアンにさらわれたニュートを救うために、炎上する基地内に戻るシーンの迫力はただならぬものがある。「あと○分で爆発します。至急退去してください」と機械的に繰り返されるアナウンスに危機感があおられる。それでも進み続けるリプリー。
 ニュートは繭(まゆ)の中に閉じ込められ、巨大なマザー・エイリアンが前に立ちはだかる。まさに “母” と “母” の対決だ。「ぜったい助けに来てくれると信じてた」というニュート。うん、そうだよね、ぜったいね! ジンとする。

 『1』は心理的に怖かったけど、『2』の本作は全編アクションの連続で、怖がっているヒマがないのが意外だった。もっと早くに 再見してもよかったかも。最後まで沈着に行動し、リプリーの信頼を裏切らなかったたアンドロイド人間のビショップ(ランス・ヘンリ クセン)もとてもかっこよかった。
  【◎△×】7

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江分利満氏の優雅な生活

1963年  日本  102分
監督 岡本 喜八
出演
小林 桂樹、新珠 三千代、東野 英治郎、英 百合子
横山 道代、中丸 忠雄、江原 達怡

  ストーリー
 山口瞳の直木賞を受賞した同名小説の映画化。
 江分利(小林 桂樹)は36歳、洋酒会社の宣伝部に勤めるサラリーマンだ。バーで意気投合した雑誌編集者に酔った勢いで原稿を書く 約束をしたのはいいが、なにを書いていいのか分からない。自分のような平凡なサラリーマンが一生懸命に生活している様子を書こう、と 思いつく。
 妻・夏子(新珠 三千代)との出会い、息子・庄助の誕生、家族の病気、成金と破産を繰り返す父(東野 英治郎)、そんな夫に連れ 添った母の死(英 百合子)・・・。こんな小説とも随筆ともつかぬものが意外な好評を呼び、続編の依頼が来る。江分利はますます 困ってしまう。

  一口感想
 “Every Man” というからには、江分利はすべてにおいて平凡な男なのかと思ったら、なんのなんの、酒ぐせの悪さは相当な ものだ。酔うと延々人にからむ。(演じる小林桂樹の風貌もあって、すぐにはそうと分からないが、終盤、本領発揮。)
 これだけならまだ “ふつうの人” レベルだが、酒場で偶然知り合った雑誌編集者に原稿依頼されるのも、困惑しつつ書いた身辺雑記が 直木賞を受賞してしまうのも、そうそうあることではない。
 一見平凡そうで、じつは大違い。そのギャップを本人自覚していないらしいのに、まずクスリとする。

 その上、父親は戦争景気に乗って会社を興しては潰し、興しては潰し、羽ぶりがいい時は御大尽暮らし、躓けば借金取りに追われて 夜逃げ、と波瀾万丈の人生だ。
 東野英治郎が、山っ気の多い困った親だけど憎めない父親役にピタッとはまって、すごく面白い。江分利の後をヨタヨタ追いかけ、駅で 追いついたらニターッとするのにはマイッタ。江分利の独白は「鼻水たらして」と辛辣だが、べつに垂れてませんでした。(笑)

 そういう夫やこういう舅なのに、よくしたもので、妻の夏子がのんびりした性格。新珠三千代がおっとりした感じをじつにうまく出して いる。芸域の広い人だなぁと改めて感心する。

 サントリーのCMでおなじみの柳原良平のアニメが登場したり(原作者の山口瞳、柳原良平はともにサントリーの広告部出身)、 チャップリンの靴ダンスよろしく江分利と夏子の靴が2人の会話を体現したり、今見てもすごく楽しい。当時はとても斬新だったで しょう。

 出勤時の江分利が背広姿ではなく、道々アレコレ考えることがそのまま絵になって、穴の開いたランニングシャツ姿なのには笑って しまった。下はパンツ一丁、足は靴下裸足だ。
 新しいランニングシャツはといえば、夏子は江分利の腹回りに合わて買ったために、ゆるくて、 おっぱいの先がはみ出てしまう。パンツときたら隣りを歩く若い同僚はスマートなブリーフなのに、江分利ときたら旧式のデカパンだ。
 そんな格好で駅への道を急ぐ。日本映画にしては珍しくすっきり笑える楽しさがある。

 ただ、直木賞受賞のお祝いの席で江分利が周りにからみだし、場所を変え、人が減り、それでも延々、翌朝まで戦争批判を繰り広げるのには閉口した。

 甘い言葉で若者を戦場に送り出し、自分は生き長らえている白髪の老人や、親爺のように(と、明らさまにはいわなかったけれど)軍需 産業で儲けるヤツは許せない、という江分利の気持ちは分からないではない。岡本監督は、ほんとはこの部分を言いたくてこの映画を 撮ったのかな、と思ったりしたけど、酔っ払いの「くだ」はしつこくてカナワナイなぁ、というのが本音だった。
  【◎△×】7

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エル・ドラド

1966年  アメリカ  126分
監督 ハワード・ホークス
出演
ジョン・ウェイン、ロバート・ミッチャム、ジェームズ・カーン
チャーリーン・ホルト、アーサー・ハニカット

  ストーリー
 巨匠ハワード・ホークスがョン・ウェインとコンビを組み、水争いに巻き込まれたアル中の保安官と、背中に弾丸が残る初老のガンマン の友情、そして敵との闘いを描いた痛快西部劇。
 1980年代のテキサス、エル・ドラド。初老のガンマン、コール(ジョン・ウェイン)は旧友のハラー保安官(ロバート・ミッチャ ム)と久々の再会を果たすが、この地域一帯は水利権をめぐって牧場主の間に争いが起こっていた。コールはハラーとともに、地域の 開拓に努めてきたマクドナルド一家を救援するが、じつは彼はある大きなハンディを負っていた・・・。

  一口感想
 初めてこの映画を見た時は、〔ジョン・ウェイン+アル中、若造、年寄り〕という人物構成があんまり『リオ・ブラボー』(59)に そっくりでびっくりした。ジョン・ウェインといえばみんなこのパターンなのかと早とちりしそうになったが、久しぶりに見ると細かい ところに違いがあり、本作は本作の味わいがある。映画は一度見ただけじゃ分らないものだなとあらためて思う。

 一番の違いは、4人が全員、ガンマンとしてなんらかのハンディを負っていることだ。保安官ハラーは早撃ちで鳴らした男だが、酒浸り の今は射撃の腕はおぼつかない。保安官助手のブル(アーサー・ハニカット)は年寄りだからそれ自体がハンディになる。コールを加勢 する若者ミシシッピ(ジ ェームズ・カーン)はナイフ投げの名人だが、銃は扱ったことがない。
 なかでも、ジョン・ウェイン扮するコールは、かつて狙撃された銃弾が体内に残っていて、時々激痛が起こり右半身が麻痺するという、 ガンマンとしては致命的なハンディを持っている。

 こんな4人が強力な敵を相手にどう戦うのか、というのが見どころになる。ハラーは侮辱されたことをばねにシャキッとする。予定 調和的だが、これが映画の楽しさというものだ。ブルは先住民の弓と矢という意外な小道具を持ち出す。
 おかしいのは、ミシシッピの使う銃。どうせ腕は頼りにならないんだから、とコールにあてがわれるのはどこに弾が飛ぶか分らない中古の銃。相手を外して狙いを定めれば見事命中という寸法だ。
 もちろん一番の見せ所は、右手が利かず不自由な左手でライフルを操るコールというわけだ。

 もう1つ、『リオ・ブラボー』と大きく違うのは、威勢のいい女ガンマンが登場することだ。長年この地域を開拓してきたマクドナルド 一家と、最近のしてきたマクロード一味の間に水源を巡って争いが起こる。ハラーやコールはマクドナルド一家に肩入れするのだが、皮肉 なことに、コールを銃撃したのは弟を殺されたと勘違いしたマクドナルドの娘ジョーイだったのだ。
 これはなかなか巧みな設定だと思う。ジョーイはどこかで自分の不始末の落とし前をつけなきゃいけないわけで、それはどこか、という 興味が出てくるからだ。もちろん、いいところで彼女はコールの急場を救う。若いミシシッピの間には、ほのかなロマンスも芽生える。

 酒場女のモーディ(チャーリーン・ホルト)も、『リオ・ブラボー』のアンジー・ディキンソンに匹敵する女っぷり。『リオ・ブラボー』にくらべるとやや底の浅さを感じるけれど、勘どころを押さえた作りで楽しめた。
  【◎△×】6

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エンド・オブ・バイオレンス

1997年  ドイツ  122分
監督 ヴィム・ヴェンダース
出演
ビル・プルマン、アンディ・マクダウェル、ガブリエル・バーン
ローレン・ディーン、トレイシー・リンド

  ストーリー
 『パリ・テキサス』『ベルリン/天使の詩』のヴィム・ヴェンダース監督が再びアメリカに渡り、都会の孤独と焦燥をひやりとした 色彩感覚で描くクライム・ストーリー。舞台も役者もアメリカだが、合作とせず、あくまで製作国ドイツとしている。
 ロサンゼルスの映画プロデューサーのマイク(ビル・プルマン)は、ある日、突然2人の男に拉致され、激しい暴行を受ける。ところが 2人は何者かに銃撃され、マイクは犯人として追われる身となってメキシコまで逃亡する。一方、その一部始終を、ロス全体を見渡せる FBIの犯罪監視システムで、職員のレイ(ガブリエル・バーン)目撃していた。
 マイクの失踪後、妻ペイジ(アンディ・マクダウェル)は夫の製作会社を切り盛りし始めるが・・・。

  一口感想
 1回見て、なんとなく話がよく分らなくて、今回久しぶりに見て、やっぱりあんまりよく分らなかった。たとえば、FBIが大都市の 細部まで監視できるシステムを作り、誰かからその情報を大量に電子メールで送りつけられた映画プロデューサーが、そのために命を 狙われて逃げ回る、という大まかなところは分るんですけどね。

 この都市監視システムは “エンド・オブ・バイオレンス” と呼ばれて、都会で起こる犯罪を未然に防止するのが目的なのだけれど、 犯罪者を遠隔装置で攻撃できるということは、当然それ以外の(政治的に好ましくない、と政府が判断した)人物も証拠を残さず抹殺 できるわけで、システムの本当の目的はじつはこっちのほうらしい。
 監視プログラムの設計者がそれに不安を感じ、身の安全のためにだれかに情報を預けておきたいと思ったのは分るとして、その相手に なぜ一度会ったきりの映画プロデューサーを選んだのか、さらにFBIはそれをどうやって知ったのだろう、などなど。
 初めに主人公の映画プロデューサーを拉致して殺そうとした2人組は何者か、というがそもそもが分らないし・・・。

 でも私はこの映画が嫌いではない。全体をおおうちょっと気だるいムードや、監視システムが設置されている天文台内部の冷えびえした 寂寞感に引かれる。
 出演している俳優たちも好き。ビル・プルマンってハンサムだしいい味してるのに、いつも脇役ばかり。たまに主役を張っていると、 それだけで肩入れしたくなる。リュックを背負って、天文台の高台を登っていくをガブリエル・バーンのそこはかとない孤独感もいい。 そして、目の辺りに涼やかな風を感じさせるアンディ・マクダウェル。
 寂しげな頽廃を漂わせていた彼女が、意外にも、夫が失踪すると生きいきと会社を切り回し始める。黒人ラッパーと愛人関係を持ち、 突然現われた夫に銃を突きつけ、大変身もいいとこだけど、見かけはあくまで優雅ではかなげなのだ。

 乗船場の手すりに寄りかかって、映画プロデューサーのマイクが海を眺めるラストシーン。ズームが引いて乗船場がどんどん遠く なっていく。広々した開放感。でも、FBIってこんなことで見逃してはくれないと思う。追跡はこれからも続くんでしょう。マイクの 安息はいっ時のことなのだ。
  【◎△×】6

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