| 【 じっくり映画館 】No.54 |
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ストーリー ドイツのニュールンベルグで行われた、連合国によるナチス・ドイツの戦犯裁判をドラマティックに描いた作品。スペンサー・トレイ シーをはじめ、バート・ランカスター、マクシミリアン・シェル、マレーネ・ディートリッヒら、各国の名優が顔をそろえた。マクシミ リアン・シェルがアカデミー主演男優賞を受賞。 終戦後のドイツ、ニュールンベルグ。アメリカの地方判事ヘイウッド(スペンサー・トレイシー)を裁判長に、かつてナチスの司法 大臣を務めたヤニング(バート・ランカスター)をはじめ、司法関係者を被告とする国際軍事裁判が開廷された。 ローソン検事(リチャード・ウィドマーク)は、被告たちがナチスに迎合し、法律を改変して民衆を虐待した責任を厳しく糾弾する。 かつてヤニングの教え子だったドイツ側の弁護人ロルフ(マクシミリアン・シェル)が激しく反論する中、沈黙を続けていたヤニングが 突然発言を始める。 3時間を超える大作、テーマも重そうだし・・・、と腰をあげるのに時間がかかった。しかし実際見てみると長いなんてちっとも思わ ない。迫力と緊張の連続なのに疲れたと感じる暇もない。広がり
と奥行きのある内容に引き込まれた。魅力の一番の要因は、裁判長を演じたスペンサー・トレイシーの人間味だろう。「引き受け手がいないから自分に白羽の矢が立った」と ぼそぼそ述懐するアメリカ田舎州の老判事ヘイウッド。国際法廷の裁判長とはいえ、司法界の権威でもなんでもないところがいい。 ナチスの行った悪を徹底的に糾弾する決意の中にも、クールに論を進める連合国側の検事ローソンと、被告の1人、敬愛する師ヤニン グのために時に感情を高ぶらせ、証人を追いつめるドイツ側の弁護人ロルフ。若い2人が繰り広げる論争がすさまじい。そしてどちらに 加担することなく中庸の立場を守りながら、法廷をコントロールする裁判長ヘイウッド。3人のアンサンブルが見事だ。 この映画では主に、ナチス統治下で行われた2つの法律が裁かれる。その1つ、断種法は、精神障害者、身体障害者、同性愛者、後には 政治犯などもその対象になったらしいが、これらの人々に強制的に断種が行われた。考えるだけで恐ろしいが、戦勝国アメリカにもこの 優生学思想を支持する高名な法学者がいる、という弁護人ロルフの指摘は鋭い。
日本でもかつてハンセン病の人たちに同様のことが行われた。障害を持つ人を社会から抹殺しようとする思想は決してナチスだけのもの
ではない。証人ペータースンとして出廷したモンゴメリー・クリフトの入神の演技に圧倒された。彼の母親が晩年精神障害を起した、と迫るロルフ に、「お母さんを悪く言ってはいけない」と涙を浮かべて抗議する姿は、優生学思想の無慈悲、残酷さを雄弁に物語るものだった。 後半は、アーリア人と性的関係を持った他人種は死刑、という法律によってユダヤ人の老人が有罪になったホフマン事件が裁かれる。 アーリア人というのはゲルマンの血の源流をなすものらしく、ドイツ人の優秀性や血の純粋性を示す時によく出てくる言葉だ。この法律は 現代に生きる私にはずいぶん荒唐無稽に聞こえるけれど、第一次世界大戦で天文学的賠償金を負い、自信を粉みじんにされ、疲弊しきった ドイツ国民にとって、心に響くものがあったのだろうか。 証人として出廷した当時少女だったホフマン(ジュディ・ガーランド)が、「なにを言わせたいのか」「あなたが考えるようなことは していない」と必死に訴える。ロルフの舌鋒(ぜっぽう)は「(ユダヤ老人と性交)した」というまで止まない のかというほど激しく、私は中世の魔女裁判を連想してしまったほどだ。それまで沈黙を守っていたヤニングがすっと立ち上がって、「ナチスと同じようなことをするのは止めなさい」といって、自ら有罪を認めるのが印象的だった。
ナチス収容所でユダヤ人に対して何が行われていたかを知らなかったという市井の人々。「でも、もし知っていたとしても、何が出来た でしょう」という彼らの言葉は悲痛だ。そしてドイツ人すべてが怪物ではない、という言葉も。 刑務所のヤニングを、帰国する直前にヘイウッドが訪れる場面がある。「私は本当に知らなかった。それだけは信じてほしい」という ヤニングに、ヘイウッドは「始まりは、(ホフマン事件で)無実と知りながらあなたが下した有罪判決です」と応える。‘ドイツ国民の ため’ の大義名分のもと、ナチスに加担した責任は免れない、というヘイウッドの言葉は重い。
また、自ら有罪を認めてしまったヤニングを守るすべを失ったロルフは、「もし彼が有罪なら全ドイツ国民も有罪だ。そしてナチスの 台頭を許し、ヒトラーを賞賛しさえした全世界が有罪だ」と火を吹くように糾弾する。“悪” の本質は戦争そのものの中にある、という 指摘の鋭さに考え込まされた。 緊迫した応酬の合間に挿入される法廷以外の場面がいい息抜きになっている。とくに、マレーネ・ディートリッヒが扮するドイツ将軍の 未亡人とヘイウッド判事の交流は、ディートリッヒが戦時下にナチス批判をした勇気ある人だけに、映画に奥行きと説得力を与えて いた。 2人が夜の街路を歩いていると、「リリー・マルレーン」が酒場から流れてくる。ディートリッヒが兵士慰問で繰り返し歌った歌だ。 彼女がふと一節を口ずさみ、ドイツ語の歌詞を暗誦して見せるのが嬉しかった。 【◎○△×】9 |