| 【 じっくり映画館 】No.50 |
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ストーリー 『仕立て屋の恋』(89)、『髪結いの亭主』(90)などで知られるパトリス・ルコント監督作品。 父親の代から税理士を営むウィリアム(ファブリス・ルキー)のもとに、ある日アンナ(サンドリーヌ・ボネール)と名乗る美しい 女性が訪れる。税務相談と思って招じ入れたウィリアムに、彼女は赤裸々な夫婦の悩みを打ち明け始める。 じつは彼女は同じフロアに開業する精神科医、モニエ博士(ミシェル・デュショーソワ)のオフィスと間違えて、ウィリアムのドアを ノックしたのだった。ウィリアムは当惑するが、アンナはお構いなくさっさと次回カウンセリングの予約をする・・・。 税理士ウィリアムを演じるファブリス・ルキーニは『百貨店大百科』(92)でも、営業不振のデパートで一人セコセコ頑張る社長に 扮してほんとにおかしかった。本作でも、税理相談と思って招じ入れた美しい女性にいきなり夫婦関係の話を聞かされて、鳩が豆鉄砲 食らったような顔をする。見
ただけで吹き出しそうになる。この後も、もっぱらデスクの前に座って彼女の話を聞く場面ばかりなのだが、狼狽・戸惑い・好奇心とその時々の心情が、微妙に変化 しながら “鳩豆顔” の上をゆき過ぎる。この人、なかなかの役者とお見受けした。 ウィリアムが子ども時代のおもちゃを丁寧にサイドボードから下ろし、その後を拭き掃除する場面があり、フイに『仕立て屋の 恋』(89)の孤独な仕立て屋を連想した。彼も仕立て屋も、窓から向かいのアパートを覗いたりする、内気でちょっと風変わりな独り者 だ。ただ、ウィリアムが仕立て屋と違うのは、周りに何人か女性の存在があることだ。 まず、父の代からの秘書ミュロン夫人(エレーヌ・シュルジェール)。彼女はアンナがやってくるとドア越しに聞き耳を立てる口 うるさい母親みたいな存在だ。ウィリアムが自らなにか行動しようとする時のブレーキになっていることはほぼ間違いない。父親譲りの 古びた世界を象徴するのが彼女だ。 もう1人は元妻のジャンヌ(アンヌ・ブロシェ)。(結婚歴があることがウィリアムが仕立て屋と大きく違うところ。それだけ仕立て 屋よりは社会性があるといえる。)彼女の方から別れているが、理由ははっきりしない。多分、ウィリアムに退屈したんじゃないかと 思う。 嫌いなわけじゃないから、今でも時々やって来てセックスを共にする。新しい恋人もいるし、嫉妬する立場じゃないけど、アンナの 存在は何か気になる。独占欲だろうか。こういう微妙な女心を演じるアンヌ・ブロシェがなかなかいい。 ウィリアムはそんなジャンヌに対し「去るものは追わず、来るものは拒まず」の迫力不足の男なのだが、そんな彼が初めて猛烈な関心 を掻きたてられたのがアンナというわけだ。
人妻アンナに扮するのはサンドリーヌ・ボネール。この人、『仕立て屋の恋』にも出ているが、あれから15年も経っているのにあの頃
より綺麗になっている。アンナは、ウィリアムを精神科医モニエ博士と間違えたことにすぐ気づきながら、その後もウィリアムの許に来続ける。ウィリアムはモニエ博士に相談しいしい、アンナの話を聞き続ける。 (人から受ける相談を他の人に相談する、という構図がなんだか可笑しい。それと、ウィリアムは相談と思っているが、博士のセラピーだと主張し、診療代を請求する。計算高いようでもあり、プロ意識のようでもある。2人のズレが面白い。) セラピーといえども人間同士の出会いだ。当然相性がある。博士が喝破したように、ウィリアムはアンナに取って良い “聞き耳” だ ったわけだ。 アンナはウィリアムが自分に惹かれていることを承知の上で、「夫に愛人を持てといわれる」というような挑発的な話をしては、彼を 動揺させる。しかも、彼の営業時間を使用しているにもかかわらず、相談料を払う様子を毛筋ほども見せない。そういう身勝手さが、いっ そう彼女を魅力的に見せるのだから、始末が悪い。 ウィリアムがモニエ博士から「アンナの話は本当なのか。もしかしたら彼女は虚言癖かもしれない」と言われ、尾行する場面がある。 この指摘は、深読みというか意地が悪いというか、専門家らしくて面白い。しかしアンナにも、刺激的な話で人の反応を楽しむような、 どこか作為的な匂いがある。もしほんとにそうならウィリアムはどうするんだろう、と
新たな興味が湧いてくる。こうしてアンナはウィリアムを利用してどんどん心が自由になっていく。ウィリアムは結果的に本物のセラピスト以上のセラピーを したことになる。そして、ウィリアム自身もまた変化していく。人間関係の醍醐味って、多分、こういうところにあるんだろう。 父の構築した世界から1歩も出ずに人生の大半を過ごしたウィリアムが、セラピー終了をきっかけに、父の遺産の重厚で沈鬱な事務所を出て、 明るいシックな自分の事務所を構えるのだ。 新しいオフィスのカウチに横たわったアンナと、傍に腰を下ろしたウィリアムが、一緒にタバコを吸う姿を上から俯瞰したラスト・ ショットが、ちょっとエロティックであか抜けている。シャイで孤独な中年男が美しい女に翻弄される点は『仕立て屋の恋』によく似て いるが、サスペンスフルな音楽がかえってユーモラスに響くほどに、全体のトーンは明るく軽やかだ。 ラストがうまく行き過ぎるので、これはルコント流の寂しい中年男の妄想という気もしないではないが、そのまま受け取って、ハッピ ーエンドと思ってもいいのかも知れない。 【◎○△×】7 |