| 【じっくり映画館 】No.49 |
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ストーリー 必ず帰るという家族との約束を果たすために、9000マイル(約1万4000km)の距離を歩き続け、シベリアの抑留地から祖国 ドイツに生還したドイツ軍兵士の体験を実話に基づいて映画化している。 第2次世界大戦中、ソ連軍の捕虜となったドイツ軍中尉、クレメンス・フォレル(ベルンハルト・ベターマン)は、1945年、大勢 の捕虜たちとともに極東の収容所へ送られる。極寒の移送で多くの捕虜が落命し、やっと到着した収容所で彼らを待っていたのは、鉛 鉱山の苛烈な労働だった。 4年後、クレメンスは衝動的に脱走を試みて失敗し、彼の逃走で5日間の絶食を強いられた捕虜仲間からリンチされる。そんな彼を 救ったのは、ドイツ人医師シュタウファー(ミハエル・メンドル)だった。末期ガンに冒されていることを知ったシュタウファーは、 自分自身が脱走するつもりで用意していた装備を彼に与え、さまざまな助言をする。 ある夜、クレメンスは2度目の脱走を試みる。それは家族との再会を果たすための、長く過酷な旅の始まりだった。収容所長カメリ アフ中尉(アナトリー・コテニョフ)が執拗に彼を追跡する・・・。 ドイツ軍中尉クレメンス・フォレルは、終戦直前、1944年に応召してソ連の捕虜となり、禁固25
年の有罪判決を受けて、シベリア東端のデジネフ岬まで送還される。この移送がかなり丁寧に描かれる。無限に広がる白い極寒の地を延々と走る列車。鰊のように詰め込まれた捕虜たちは寒さと飢えで次々に死んでいく。隣りの捕虜の指が 寒さでくっついて離れなくなり、よく見るとその兵士はすでに死んでいた、というエピソードにはぞっとする思いだった。 生き残ったものは、途中から徒歩で目的地まで行進させられる。こうして1年近くかかって収容所にたどり着いた時には、捕虜は3分 の1に減っているのだ。 ここには監視塔も塀や金網もない。逃げようがないからだ。脱走なんてどうしたらできるのか不思議に思えるほど、絶望に襲われる 情景だ。序盤のこうした描写のせいで、その後のフォレルの逃避行がひどく説得力を持って迫ってくる。 収容所では捕虜たちは鉛鉱山で採掘の仕事に従事する。危険な労働に加え、劣悪な衛生環境のせいでチフスが発生する。十分な治療は 行われず、捕虜の死者は絶えない。こうした中で、フォレルはドイツ人医師の協力を得て、収監後4年、ついに脱走に成功する。 デジネフ岬というのはベーリング海峡に近いユーラシア大陸の東端だ。脱走者は遮二無二西に向かおうとする。しかし、まず北に 向かって逃げろ、と医師が助言する。これには私は思わず唸っ
てしまった。これほど東に来て、さらに北に向かうなんて、考えただけで空恐ろしい。立っているだけで凍りつく、木1本ない酷寒の地で、頼れる のは自分の足だけ。一刻も無駄にせず、西に向かいたいのが人情だ。しかしこの助言が、彼が逃げ延びられた最初の鍵だったのだ。 医師から譲り受けた食料を食べ尽くし、足が凍傷にかかりかかった時、偶然出会ったあざらしを拳銃で撃ち殺して肉を取り、熱湯の ような脂肪に足を浸して治療する場面、コンパスを頼りに歩き続けたあげく、自分の足跡をみつけて同じ場所を回っていたことに気づく 場面、雪原にぼんやりと表われた影がだんだん形を取り、小さな木であることを発見する場面など、ロシアの広大な雪原の逃避行が胸を 締めつけるような迫力を持って描かれる。 収容所長カメリアフ中尉の執拗な追跡が、さらに異様な緊迫感をもたらす。軍の上司が「1ヶ月経っても見つからないのだから、 死んだのだろう」というが、彼は「3ヶ月経ってもフォレルはどこかで必ず生きている」と主張する。捜索範囲を500kmからさらに 広げ、鉄道の駅や辺境の町々にまで布令を流す。 こうした中で、フォレルは森林で出会った採金泥棒やソ連各地に点在する少数民族に助けられながら逃げ続ける。なかでも印象的なの は、脱走から3年後にたどり着いた中央アジアの町で出会ったユダヤ人だ。彼はフォレルのために偽造の身分証明書を入手し、国境を 越える手引きをしてくれるのだ。 彼は身内をドイツの強制収容所で殺されている。なぜ自分を助けてくれるのか、というフォレルに問いに、彼は「理由は自分で 考えろ」という。そして、フォレルを追って現われたカメリアフ中尉に「何度でも助ける」「だれでも助ける」と言い切る。彼は フォレルに一生の問いを与えた。それは映画を見る私たちにとっても同じなのだ。
留守家族の様子や捜索を指令するカメリアフ中尉の姿が時おり挿入されるが、そのタイミングがじつによい。クレメンスの逃避行が、 長尺にもかかわらず、ぜんぜんだれないのだ。2時間半を一気に見てしまった。 【◎○△×】9 |