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【 じっくり映画館 】No.47

カラーパープル


1985年  アメリカ  152分
監督 スティーヴン・スピルバーグ
出演
ダニー・グローヴァー、ウーピー・ゴールドバーグ
マーガレット・エヴリー、オブラー・ウィンフリー、ウィラード・ヒュー
アコースア・ブシア、デスレータ・ジャクソン

  ストーリー
 ピュリツァー賞を受賞した黒人女性作家アリス・ウォーカーの原作をスティーヴン・スピルバーグが映画化。1人の人間として運命を 切り開いていくヒロインの姿を、力強く描いたヒューマン・ドラマ。
 1909年、アメリカ南部に暮らす14歳の黒人少女セリー(デスレータ・ジャクソン)は、養父に犯されて2人の子どもを産み、その あげく3人の子持ちの男 “ミスター”(ダニー・グローヴァー)に嫁がされる。そこでの暮らしは奴隷同然だった。
 養父の魔手を逃れた妹ネッティ(アコースア・ブシア)が転がり込み、束の間の幸せを味わうセリー(ウーピー・ゴールドバーグ)だ が、夫はやがてネッティを追い出し、元愛人の美人歌手シャグ(マーガレット・エヴリー)を引き込む。しかし、セリーとシャグの間に は不思議な友情が芽生え、セリーは人間らしい生き方に目覚めていく。

  一口感想
 セリーと妹のネッティが遊びに興じる冒頭のコスモス畑のシーンが美しい。パープル(紫というより、濃いピンクに見えるが)色の 無数の花が風に頭を揺らし、その中を少女2人が快活に声を上げて駆け回る。そこにあるのは、その後の物語の悲惨な展開が信じられない ような、無邪気で、穏やかな明るさだ。
 2人は向き合って両手を交互に打ち合わせ、♪何があっても離れない♪心はひとつ♪海だって裂けはしない♪と歌う。ただの遊び歌の ように聞こえる。しかし、どれほど離れても、何があっても、心はひとつ。この思いが、セリーの人生を支え続ける。この映画を象徴 する歌なのだ。

 セリーは養父に犯され、生まれた子どもたちは見知らぬ夫婦に養子に出される。無理に嫁がされた先は3人の子持ちの中年男。そこ では妻とは名ばかりの、奴隷のような暮らしだ。夫はやが て愛人を引き込み同居を始める。
 悲惨としか言いようのない境遇だが、映画はユーモアを随所で織り込んで、一見、それほど暗くない。

 たとえば、学校に通うネッティが、セリーに字を教えるシーン。物の名前を紙に書いて、あちこちに貼り付け、綴りを暗唱する。2人 のテンポのいい掛け合いが楽しく、セリーの学ぶ喜びが伝わってくる。
 (しかし、ここでも彼女の現実がさり気なく挿入される。窓を見たセリーの顔が急にこわばり「mーiーsーtーeーr、ミスター ・・・」と呟くのだ。窓外には黒い影。2人を睨むミスターの怖い顔がある。)

 ミスターがかつての愛人で歌手のシャグに逢いに出かける場面では、ワイシャツやネクタイ、靴などを大慌てで取りに来ると、セリー はそのつど笑いをこらえて黙って差し出す。病気になったシャグのためにミスターが馴れぬ料理をする。コンロに灯油をかけてぼんと 燃え上がった時には、いち早くセリーの姿は台所から消えている。シャグが癇癪を起こして料理の皿を壁めがけて投げるのを予測して、 セリーは廊下の隅に隠れて待機する。
 こんな場面では、本来深刻なところでかえってくすっと笑いがこぼれそうになる。生来の明るい輝きを放つウーピー・ゴールドバーグ の目が素晴らしい。

 一方、セリーがミスターの髭を剃る場面はひりつくような緊迫感に満ちている。
 彼が一時同居を許していたネッティを追い出し、セリー の心に悲しみと怒りが満ちている序盤での場面。ミスターは「血が出たら殺すぞ」と念を押す。緊張で手が震えるセリー。そんな2人を ポー チのブランコに寝そべって眺めるミスターの長男ハーポ。
 仰向けになったミスターの喉が大きく目に入る。一見のどかな光景に、異様な空気が満ちる。

 髭剃りの場面は終盤近く、もう1度現われる。セリーがシャグの手助けで、ミスターが隠していたネッティからの手紙を大量に見つけ だした後だ。彼はセリーとネッティの絆を裂き、暴力と罵詈雑言で自尊心を奪い、長年にわたって彼女の魂を殺してきた。
 皮ベルトで髭剃りナイフを研ぐシャーシャーという音、胸騒ぎを感じて、野から必死に駆けもどるシャグ、さらにアフリカにいるネッ ティが目撃する子どもたちへの通過儀礼の儀式が交錯して、不吉な予感で胸が潰れそうになる。セリーの苦しみ、怒り、悲しみが、髭剃りの場面ではいつも印象的に描かれる

 ウーピーといえば太った体から磊落なパワーが溢れる印象が強いのだが、デビュー作の本作ではまだ細く、控えめな性格のセリー を繊細に表現して、こんな側面もあったのかとびっくりする。
 ちょっと肩をすくめたようにして、いつも口元を手で隠している。セリーの自信のなさを表しているのだ。それだけに、家族が会食に 集まった席で、長年の抑圧した怒りが爆発する終盤の場面はカタルシスがある。走り去るシャグの車に同乗して、思いつく限りの悪態を つくミスターに、高々と手を掲げるセリーの姿は尊厳に溢れてとても美しい。



 本作で印象的なのは、女性たちの間に築かれる信頼の絆だ。彼女たちは黒人としての人種差別、女性であることで男性から受ける性 差別、と二重の差別の中にいる。

 シャグは酒場歌手と蔑まれながらも、自分に自信を持ち毅然としている。牧師の父に絶縁されているが、長い年月をかけて絆を取り もどす。セリーに「自分に自信を持って」「あなたの価値は誰にも奪えない」と教えるのは彼女だ。それはセリーの心に響く。2人が ミスターの知らないところで心を通わせ、信頼を紡いでいく様子に胸を打たれる。
 セリーが、夫の愛人の中に精神の高さを見出すのは、彼女自身の心の澄明さのあかしだ。そのことにも感動する。

 ハーポ(ウィラード・ヒュー)の妻ソフィ(オブラー・ウィンフリー)は、男性の暴力も白人の差別も許さないという強烈な自我を 持っている。しかし彼女の闘う武器は、皮肉なことに「殴る」という暴力であり、白人へのあからさまな敵対なのだ。
 彼女が白人の力にねじ伏せられ、ささいなことで8年という獄中暮らしを強いられ、その中で受けた虐待で心身にダメージを受ける 様子は、言葉を失うほどに痛ましい。市長夫人の黒人への好意が、差別心の裏返しであるという偽善性も痛烈に描かれる。
 セリーが会食の場ではっきりとミスターに自己主張できた時、ソフィも本来の彼女を取り戻す。

 すべてがうまく行き過ぎるラストは、話としては甘いのかもしれない。しかし、私はこれでどれほど救われたかしれない。20数年 ぶりに再会したセリーとネッティが、沈む太陽の大きな輝きの中で、子ども時代のように向き合って、手を打ち合わせて歌うシーンは 本当に美しい。その前をゆっくりと、馬を曳いたミスターのシルエットが行き過ぎる。すぐれたショットだと思う。
  【◎△×】8

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