| 【 じっくり映画館 】No.45 |
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ストーリー 殺人容疑をかけられた若者の裁判で、陪審員を務めることになった12人の男たちの数時間にわたる議論が、迫真のサスペンスとして 描かれる。希薄な証拠に疑問を持った1人の陪審員が異議を唱えたことで、1対11で圧倒的に有罪だった評決が無罪へ逆転して いく過程を追う。ベルリン映画祭で金熊賞を受賞した。 レジナルド・ローズのテレビ用脚本(56年にテレビ・ドラマ化されている)をヘンリー・フォンダが初プロデュース、テレビ界の 売れっ子ディレクターだったシドニー・ルメットが、本作品で劇場用映画の初メガホンを取った。 ニューヨークの裁判所にある陪審員室。被告は17歳の少年で、実父殺害の容疑がかけられている。審議を終えた陪審員たちが評決を したところ、11人が有罪に投票するが、ただ1人・陪審員8号(ヘンリー・フォンダ)が有罪の証拠が乏しいと無罪を主張する。 評決は全員一致でなければならず、議論が再開される。 大評判のこの映画を見に行ったのは私が中学生の時だった。陪審員たちが議論を重ねるうちに、1人また1人と、「有罪」から 「無罪」へ評決を変えていくプロセスにとても興奮した。とくに、中年女性の「少年がナイフで父親を刺すところを見た」という目撃 証言ははたして信頼性があるのか、という点が議論されるくだりは、まさにどんでん返しの面白さだった。 ![]() 目が悪いことを隠して、めがねを掛けずに出廷した女性心理への推測も納得。私がまさしくそうだったから。 彼女が、通過中の電車の窓越しに、向かいのアパーでもみ合う人影を目撃する様子までありありと覚えていたのだが、今回見てみたら そんなシーンはない。どうやら私が勝手にそんな光景を頭の中で作っていたらしいのだ。それほどインパクトが強かったのだろう。 今回久しぶりに見て、ナイフの刺し傷のことも面白かった。少年と父親は17cmも身長差があ
り、背の低い少年が刺したにしては刺し傷の痕が下向きなのはおかしい、というのだ。有罪派の陪審員の1人が、ナイフを逆手に持って、腰を低めて刺す身ぶりをし、「おかしくはない」と主張する。 すると、スラム出身の別の陪審員が、飛び出しナイフは逆手に持ち代えたりしない、刃先を飛び出させたらそのまま使うのが非行少年たちのやり方だ、と指摘する。 となると、刺し傷は上向きでなければおかしいことになる。この陪審員は自分自身のこの指摘で無罪派に転向する。 推理小説が大好きな私は、こういった展開に無条件にわくわくしてしまう。 しかし本作の面白さは、こうした推理小説的なサスペンスだけでない。ただ1人の無罪派、8号陪審員が繰り返し主張するのが、 「有罪にするには、証拠・証言に疑問がある」ということだ。 アメリカの陪審員制度は、冤罪を防止して公平な裁判を行うことが目的なのだそうだが、まさに “疑わしきは罰せず” なのだ。彼も 少年の無罪を確信しているわけではない。“疑問があるのに死
刑にしてしまっていいのか”、その一点だけで検討を重ねようとする。当然、少年が真犯人である可能性は最後まで残るのだが、「命の重さ」を主張することが、映画の語り口を誠実で説得力あるものにして いる。 陪審員制度にはさまざまな問題があり、それを真正面から取り上げた(途中からラブ・サスペンスにずれてしまったが)『陪審員』 (96)はもちろん、法廷ものといわれる映画では大なり小なり触れられることが多いが、本作はこの制度の理想を追うアメリカの良心が うかがえるように思える。 12人の陪審員の個性がきちんと描き分けられていることも、この映画を魅力あるものにしている。議論を続けるよう粘り強く働き かける8号(ヘンリー・フォンダ)、審議のまとめ役として誠実に司会をこなす1号(マーティン・バルサム)、さっさと切り上げて 早く野球観戦に行きたい7号(ジャック・ウォーデン)、審議より商売の話に熱心な12号(ロバート・ウェッバー)。 冷静沈着、証言尊重一点ばりの4号(E・G・マーシャル)、スラムや移民に偏見を持っている10号(エド・ベグリー)、スラム 出身者の5号(ジャック・クラグマン)、東欧移民の11号(ジョージ・ヴォスコヴェック)、人間観察にすぐれた老人の9号 (ジョセフ・スィーニー)、なかでもリー・J・コッブ扮する感情的な3号は強烈な印象を残す。 彼は息子との間に深い確執を抱えており、その愛憎を少年と父親の事件に投影して、最後まで
強硬に有罪を主張し続けるのだ。日本でも間もなく参与員制度が始まる。アメリカの陪審員制度とは異なる制度なので、単純に比べるわけにいかないが、人間はだれ でも生育・家庭・近隣・職場、その他の人間環境が自分の判断に及ぼす影響から逃れることはできない。それをどれほど自覚しコント ロール出来るのか、ということになるが、これは言うほど易しいことではない。3号の客観性を欠いた判断を、他人事と思うことは 出来ない。 映画のほとんどは陪審員室の中だけで進行する。にもかかわらず、少しの中だるみもなく1時間半を見せきってしまう脚本、演出、 カメラ・アングルに驚嘆する。アカデミー賞を1つも取らなかったのが不思議なほどだ。 なお、アメリカの陪審員制度は、まず16〜23人の陪審員が起訴か不起訴かを決める “大陪審” があって、起訴が決まると、次に 12人からなる “小陪審” で有罪か無罪かを決めるのだそうだ。本作は “小陪審” を舞台とした映画ということになる。 【◎○△×】9 |