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【 じっくり映画館 】No.42

ミュンヘン


2005年  アメリカ  164分
監督 スティーヴン・スピルバーグ
出演
エリック・バナ、ダニエル・クレイグ、キアラン・ハインズ
マチュー・カソヴィッツ、ハンス・ジシュラー、ジェフリー・ラッシュ
アイェレット・ゾラー、ミシェル・ロンダール、マチュー・アマルリック

  ストーリー
 1972年9月、ミュンヘン・オリンピックで起きたパレスチナ・ゲリラ “黒い九月” によるイスラエル選手団襲撃と、その後の イスラエル秘密諜報機関 “モサド” の暗殺チームによる報復テロの過程を、リアルかつ緊迫感のあるタッチで描いている。
 イスラエル側のこの作戦は長い間歴史の裏に隠されていたが、1984年、本作の原作となったノ ンフィクション【標的(ターゲット) は11人 モサド暗殺チームの記録】によって、暗殺チームの元メンバー本人が公にした。

 972年9月5日未明、オリンピック開催中のミュンヘン選手団宿舎で、パレスチナ・ゲリラ “黒い九月” によるイスラエル選手団襲撃事件が起こる。人質となった選手・コーチ・役員ら11名は全員死亡。激怒したイスラエル政府は報復を決意、秘密情報機関 “モサド” に暗殺チーム編成を命ずる。
 リーダーのアヴナー(エリック・バナ)を始め、スティーヴ(ダニエル・クレイグ)、カール(キアラン・ハインズ)、ロバート (マチュー・カソヴィッツ)、ハンス(ハンス・ジシュラー)の5人のメンバーは、パレスチナの要人暗殺を実行していくが、徐々に 自分たちの任務に疑問を抱き始める。

  一口感想
 72年のミュンヘン・オリンピックの “黒い九月” 事件は今も鮮明に記憶に残っている。この年8月、私は2歳の長男を実家に 預けて、夫と初めての海外旅行に出かけた。この時訪れたミュンヘンは、1ヶ月後にひかえたオリンピックの準備で、浮き立つような ざわめきに包まれていた。
 古代ギリシャではオリンピック開催中は戦争さえも中止したという。平和のシンボル、オリンピック。まさか、そこでテロが起こる なんてだれが想像するだろう。だから、パレスチナ過激派の “黒い九月” がイスラエル選手団を人質に取り、11人が全員殺されたと 知った時はほんとうにショックだった。
 イスラエルのメイア首相が女性だということも知らないほど世界情勢にうとかった私は、その後、相次いで起こったロッド空港爆破 など物騒な事件が、この時のテロ事件に関係あるなんて、本作を見るまで思いもしなかった。

 イスラエル政府は事件後、PLOの本拠地(当時)レバノンに報復のために武力侵攻しているが、それとは別に、テロの首謀者である PLOの要人11人の暗殺を計画する。殺された人質と同じ人数、まさに「眼には眼を」の理屈だ。実行を命じられたのが、アヴナーを 初めとする5人の寄せ集め集団。
 5人のなかで唯一、アヴナーだけがイスラエル諜報機関モサドの一員だが、仕事は要人警護。いわばガードマンで、これまで人を 殺したことはない。爆弾作りのプロという触れ込みのロバートは、じつは解体が専門、作るほうはしたことがない。こんな彼らが 選ばれたのは、パレスチナ側に顔を知られていない、という理由からだ。
(左から)
スティーヴ
ハンス
アヴナー
カール
ロバート
 初めての暗殺の時、標的を前に銃を構えたまま、アヴナーもスティーヴも引き金を引くことが出来ない。相手の名前を何度も確認する。人を殺す恐怖が、彼らをためらわせるのだ。
 テロリストといえば殺しのプロ、感情などなく冷徹に標的を殺していく、そんなイメージを何となく持っていた私は、この場面に 小さからぬショックを受けた。
 アヴナーは任務の途中で密かに帰国して妻(アイェレット・ゾラー)の出産に立ち会ったり、電話で幼い娘の声を聞いて嗚咽したり する。この映画が強いインパクトを持つのは、テロリストの普通の人間としての素顔がきちんと描かれているからだろう。

 彼ら5人は存在の証拠を消され、政府は一切関知しないという建前が取られる。5人の身に何かあっても何の保証もない。5人の うちの3人までが任務先のさまざまな国で命を落す。彼らは身元不明の外国人として処理され、家族の墓に埋葬されることもないのだ。
 アヴナーが接触する情報屋の “パパ”(ミシェル・ロンダール)や息子のルイ(マチュー・アマルリック)が「国や政府とは仕事を しない」というのは、こうした政治の非情さを熟知しているからだろう。国家への忠誠に疑問のなかったアヴナーに、彼らの存在が揺さぶり をかける。

 任務を遂行するつれて、殺人は手馴れて実行は過激になっていく。もはや最初のような動揺はない。3人の標的がいると分かった レバノン・ベイルートでは、モサドと陸軍が合同で襲撃し、作戦を成功させる。しかし、初めて標的以外の多数の犠牲者が出る。
 アヴナーらがアテネの隠れ家で、偶然パレスチナ・ゲリラと顔を合わせる場面が印象的だ。もちろん、お互いに身元は明かさない。 相手の若者がアヴナーに「土地は大切だ。そのためには命を懸ける」と熱く理想を語る。
 国を思い、家族を思う気持ちは、彼も自分も変わらない。こうしてアヴナーは、与えられた使命にも疑問を抱き始める。
 やがて、計画が相手側にも察知され、カール、ハンスが殺される。アヴナーは、自分やニューヨークに避難させた家族が狙われる不安や恐怖に 怯えるようになる。

 爆弾を仕掛けた電話に子供が出て、あわてて作戦を中止したり、なかなか作動しない爆弾にじれて、持って標的のところまで運んで 危うく自爆しかけたり、アメリカCIAらしい男たちに実行を邪魔されたり、要所にスピルバーグらしいサスペンスが盛り込まれる。 ストーリーテリングの巧みさは円熟に達している。
 しかし、彼がここでつかみ出して見せるのは、「テロは何を生むのか」という重い問いかけだ。

 アメリカではこの映画に対する批判がユダヤ人社会から出ているそうだ。いわく、スピルバーグは裏切りものだ、と。しかしこの 映画がユダヤ人にもパレスチナ人にも肩入れしない中正な立場で作られているのは、映画を見ていれば自然に分かることだ。
 ハンスの「どれだけ殺しても、必ず引き継ぐものが出てくる。切りがない。報復は報復を生むだけだ。どこまで行けば終わるのか」と いう言葉がこの映画のすべてを語っている。
 ロバートの「我々は高潔な民族のはずだ。その魂を忘れるなんて」という言葉も、ユダヤ人としてのスピルバーグの痛切な思いが 表れていて、胸を打つ。


作戦を練るチーム

情報屋ルイ(右)

上官エフライム(左端)

 映画の終わりに、アヴナーとモサドの上官エフライム(ジェフリー・ラッシュ)が河川敷を歩きながら話すシーンがある。画面左手に くっきり見えるのは世界貿易センタービルのツインタワーだ。もちろんニューヨークのそれは、衝撃の “9・11テロ” で今はもう ない。これはテルアビブの世界貿易センタービルなのだそうだが、スピルバーグが背景にこれを映しこんだ意図は明らかだ。
 今もテロと報復が繰り返される世界情勢に、重い一石を投げかけた映画だ。
  【◎△×】8

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