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【 じっくり映画館 】No.40

男はつらいよ 寅次郎恋歌


1971年  日本  114分
監督 山田 洋次
出演
渥美 清、倍賞 千恵子、池内 淳子、志村 喬、森川 信、三崎 千恵子
前田 吟、太宰 久雄、梅本 泰靖、穂積 隆信、笠 智衆、佐藤 蛾次郎
吉田 義夫、岡本 茉莉

  ストーリー
 ある日、博(前田 吟)の母が危篤という電報が入り、博とさくら(倍賞 千恵子)は実家の岡山へ急ぐ。博の父の諏訪(志村 喬)は元大学教授で、研究一筋に生きてきた人だ。葬式の日、驚ろいたことに寅次郎(渥美 清)がひょっこり現われ、いつも通りのトンチンカンぶりでさくらを慌てさせる。
 葬儀が済んでそれぞれが元の生活にもどった。諏訪の淋しい生活に同情した寅さんはしばらく厄介になることにする。
 秋も深まった頃、駅前に最近開店したコーヒー店の女主人・六波羅貴子(池内 淳子)が “とらや” に挨拶に来る。彼女は内気な 小3の息子・学が新しい学校に馴染めず、胸を痛めていた。
 久しぶりに帰って来た寅次郎はたちまち貴子に一目惚れ。学も寅さんになついてすっかり元気になるのだが・・・。人気シリーズ 第8作。

  一口感想
 初期の頃の『寅さん』は1年に2作、3作という多作ぶりだが、どれも拙速に陥らない質の高さを保っていることに驚かされる。山田 監督の力量は当然だが、この頃の邦画は週変わりのプログラム・ピクチャー制度だった。そういうシステムの中で映画製作に携わる人たち は鍛えられたのだなぁと、今あらためて思う。
 ところで本作は、前半は母の葬儀を舞台に博の父子関係が、後半は例の通り寅さんのマドンナへの片想い、と大きく2つに分かれるが、 博の父がキーパーソンになって前後がちゃんとつながっている。構成の巧みさに感心させられる。

 博は葬儀の場で生前の母の思い出を語り、「母さんにも夢があった。それを我慢して、父さんの女中のような人生を送った。可哀想だ」 といって号泣する。長兄はそんな博をたしなめる、母なりに満足した人生を送ったはずだ、と。
 多分長兄の弁は当たっているだろう。志村喬の扮する父は感情を露わにせず、一見取り付きにくい人物だが、おそらく母は母なり夫の 良さを知っており、そこに折り合いをつけて生きたのだろうと思う。
 シリーズ第1作『男はつらいよ』(69)で、父は博の結婚式に出席して、“とらや” の人たちに感謝の言葉を述べている。それは子を 思う親の心情が溢れていた。決して冷たい人という印象ではなかったが、博は学者の父、優秀な兄たちという家庭環境で、ずっと外れ者 という寂しさを抱いていたのだろう、一朝一夕には消えぬほどの深さで。
 母の死で一気にそれが迸り出た感じだ。博の言葉は、むしろ、父を求める気持ちを母に投影して表現したように私には思えた。

 諏訪のような謹厳な人物でも、ポンと懐に飛び込んでしまうのが寅さんだ。彼ってその人の本質を直感的に把握してしまうところが ある。諏訪は見かけによらず “こだわりへだて” のない人物なのだ。父が買い物籠を下げて、夕食の買い出しに出かけるなんて、博には とうてい想像できないだろう。でも、案外こんなところに諏訪の本来の姿が現れている。
 彼自身、家庭の平凡な団欒を望みながら、妻子と上手にコミュニケート出来ない自分を寂しく思っていたのかもしれない。博は “とら や” に訪ねてきた父が、寅さんに「坂の下の店が・・・」とか「手伝いのばあさんが・・・」とか話すのを聞いて、驚いたんじゃないか なぁ。こんな世間話をする人とは思っていなかっただろうから。
 博はこれから本当の父に出会っていくのだと思う。そして、その橋渡しをするのは寅さんなのだ。

 後半では、池内淳子扮する喫茶店のママ・貴子に寅さんが熱を上げるのだが、いつものパターンと少し違う。寅さんは、諏訪から聞いた リンドウの花にまつわる話をして、放浪のつらさ、安定した家庭への憧れを語る。言ってみれば、それとないプロポーズだ。しかし、 貴子はまったく違う反応をする。「旅ってなんて素敵なんでしょう」「私も旅をしてみた」というのだ。
 貴子は借金を抱えている。放浪(旅)はそんな現実から一時目を逸らせてくれる夢物語だ。一方、寅さんは “金” という現実を前に しては、しがない渡世人稼業の自分は手も足も出ないことを身に沁みて知っている。さくらには「また振られたよ」というけれど、彼は 自分から身を引いたのだ。
 本作の寅さんは人生のほろ苦さを知る大人だ。彼女へのプレゼントに持ってきたリンドウの鉢が縁側で小さく揺れている。諏訪と寅さん は寂しさという点で似ているかもしれない。

 ところで、寅さんが “とらや” で、諏訪からの受け売りをする場面が抜群に面白い。寅さんは、諏訪が旅先で見かけた「庭にリンドウ の咲く農家が、温かい明りのもとで夕餉を囲む」話にいたく感心したのだが、おいちゃん(森川 信)、おばちゃん(三崎 千恵子)は 一向に感銘しない。
 「親子でご飯食べるだけのことだろ。どこでもやってるよ」「それだけじゃないの。庭先にはリンドウがいっぱい咲いていてね」 「リンドウならうちだって咲いてるよ」「だからさ、電気があかあかとついてさ」「夜になりゃつけるだろ、どこでも」。
 もうこの辺りで我慢しきれず吹きだしてしまう。テーマはけっこう深かったりするのだけれど、“とらや” の面々とのカラッとした やり取りが絶妙の間合いを作るのだ。
 志村喬の不器用な学者先生、池内淳子の大人を感じさせるマドンナ、いずれもシリーズの中にしっくり納まってとてもいい雰囲気だ。

 本作の撮影終了後3カ月後に、おいちゃんの森川信が急逝したのだそうだ。「ばっかだねぇ」「あぁ、いやだいやだ」「知らないよ、 俺は知らないよ」など、下町人情の温かさがたっぷり詰め込まれたセリフが懐かしく思い出される。
 そういえば、おいちゃんが体調がおかしいといってちゃぶ台にうつ伏せになり、おばちゃんが背中をさするシーンがあった。じっさい に撮影中に森川信が具合が悪くなったのを、そのまま映画のシーンに使ったのかもしれないと思ったりもする。惜しい人を亡くした。 早すぎる死に、合掌。

 メモ1.博の実家は北海道だったと思うが、いつの間に岡山に引っ越したんだろう?
 メモ2.冒頭に登場する旅芸人一座は、第18作『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』(76)にも登場する。岡本茉莉が扮する一座の花形 女優(!)小百合はすっかりいい旅役者に成長し、寅さん一座の面々との再会はただもう懐かしいの一語。
  【◎△×】7

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