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【 じっくり映画館 】No.36

酔っぱらった馬の時間


2000年  イラン/フランス  80分
監督 バフマン・ゴバディ

出演
アヨブ・アハマディ
アーメネ・エクティアルディニ
マディ・エクティアルディニ
ロジン・ユネシ
キャリム・エクティアルディニ

  ストーリー
 イラン・イラクの国境地帯のクルド人の村。ここでは村人の多くが密輸で生計を立てている。
 12歳のアヨブ(アヨブ・アハマディ)の父は地雷で亡くなり、5人の子どもが残された。病気の兄・マディ(マディ・エクティアル ディニ)に手術を受けさせるため、アヨブは父に代わって密輸の仕事に加わる。馬に密輸品を乗せて、武装した国境警備隊が監視する 厳冬の山岳地帯を、一行は越えていく。
 これがデビュー作のバフマン・ゴバディ監督は、カンヌ映画祭カメラドール新人賞・国際批評家連盟賞の他、各国の映画祭で多くの 賞を獲得している。

  ふた口感想
 “クルド人” という名前は難民のニュースなどで耳にしたことがある程度で、よくは知らない。映画の冒頭に出てくる字幕説明による と、イラン・イラク・シリア・トルコに散在する少数民族で、2000万くらいの人口だそうだ。
 少数といっても、1つにまとまれば立派に国をなす人数だが、違う国に属し、民族として分断されている状況では、それも難しい らしい。そんなクルド人の生活を、クルド人の監督がクルド語を使って初めて映画化したのが本作なのだという。

 イラク国境に近い山岳地帯の村に住むクルド人たちは、国境を越えて物品を密輸する仕事で暮らしを立てている。町に出稼ぎに行く 子どもたちも、トラックで往復する時にこの密輸に一役買う。
 しかしこの仕事は大きな危険と隣りあわせだ。戦乱の絶えないこの地域では、雪原のいたるところに地雷が仕掛けられているからだ。 主人公アヨブの父も、地雷を踏んで死でんしまう。母は早くに亡くなり、残された5人の子どもたちは自分たちだけで生きていかなけれ ばならない。
 15歳の長男マディは病気のために3歳程度の知能と身体しかない。末っ子はまだ赤子だ。この映画は、12歳の次男アヨブと、妹の アーメネ(アーメネ・エクティアルディニ)を中心に進んでいく。

 長女のロジン(ロジン・ユネシ)には赤子の世話があるので、アヨブとアーメネは足の不自由なマディを連れて町に働きに行く。 アヨブは通りがかりの人に声をかけては、その人が手に持っている 物を紙で包む仕事をする。荷物運びの人集めの声が聞こえると、紙で 包む仕事はアーメネに任せて、いち早くそちらに駆けつける。
 仕事を求める子どもは多い。どこでも競争だ。脇目も振らず必死に荷物を運ぶ姿は、演技と思えぬリアルさがある。ドキュメンタリー を見ているようだ。

 こんな厳しい暮らしだけれど、アヨブたちの心が少しも損なわれていないことに驚かされる。ぎすぎすしていないのだ。村への帰途、 アヨブたちを乗せたトラックが国境警備の監視にひっかかる場面がある。トラックを降ろされた子どもたちは、歩いて山道を越えて いく。
 アヨブとアーメネは交代でマディを抱いて歩く。途中、マディに薬を飲ませなければならないのだが、水がない。アーメネは「唾を 溜めて飲み込めばいい」と教える。両手でマディの頬をはさんで覗き込むアーメネ。マディにキスするアヨブ。2人の仕草のなんと やさしいことか。
 やがてアヨブは密輸のキャラバンに加わるようになる。夜、アヨブが仕事から帰ってくると、末っ子の赤子とマディが顔を寄せ、頬を 赤くして眠っている。ほの暗い丸太の家の中に温かい気配が満ちる。家族の愛。この素朴な言葉がずっしりした真実味を持つ。

 密輸のキャラバンは、地雷を避け、国境警備兵の目を逃れながらの危険な仕事だ。荷役用のロバを持っていないアヨブは、自分の 背中に担いで運ぶ。大柄とはいえまだ12歳のアヨブが、折れるほど腰を曲げて、一歩一歩雪原の道を歩む。一家5人の暮らしが彼の 肩にかかっているのだ。
 タチの悪い仲介業者に引っかかって賃金をもらい損なうこともある。日々の暮らしを必死に生きる姿に、胸が締め付けられるような 切なさと、厳粛な思いが同時に湧いてくる。

 いじらしいほど健気なアヨブが唯一泣くシーンがある。長女のロジンが叔父の口利きで嫁にいくことになったのだ、マディの手術費を 出してくれるという条件で。アヨブはそんな大事なことが自分 の知らない間に決まってしまったことを怒る。12歳とはいえ、一家の 大黒柱という自負があるのだ。
 しかし、叔父に「お前にマディの手術費が出せるのか」と言われれば返す言葉がない。ロジンとマディがロバに乗って去っていくのを 見送りながら、アヨブは大粒の涙を流す。自分の不甲斐なさが悔しくて、家族がバラバラになるのがつらくて、アヨブの涙には言葉に ならない一杯の思いが詰まっている。

 ロジンの嫁ぎ先は約束を反故(ほご)にして、手切れのようにロバを一頭付けてマディを返してよこす。 ロバを売った金でマディに手術を受けさることにしたアヨブは、親方に密輸の品をただで運ぶ代わりに、町まで連れて行ってほしいと 頼む。
 映画のタイトルは、寒さをしのぐために荷役用のロバに酒を飲ませることから来ているのだそうだ。大鍋に酒をドクドク注ぎ、ロバが 頭を突っ込んで飲む光景は異様だ。それほどの厳寒のなかを、アヨブはマディを背負い、ロバに荷を積んで出発する。

 国境近くで一行は警備兵に見つかってしまう。大人たちは素早く荷物を捨て、ロバを連れて逃げるが、ヨアブのロバは横倒し になったまま起き上れない。出発時に飲ませた酒が多すぎて、酔っ払ってしまったのだ。
 アヨブはマディを雪の上に置いて、必死にロバを引っ張る。「ラーヒム、助けてください!」と何度も親方を呼ぶ。「助けて ください!」 悲痛な声が雪原に響く。
 雪の上に置かれてがちがちと寒さに身体を震わすマディ。ロバを捨てればマディの手術は永久に出来なくなる。だから起き上がらせ ようと必死に踏ん張るアヨブ。ロバは最後によろよろ立ち上がるのでほっとするけれど、アヨブの叫び声がしばらく耳に残るほど、この 場面は切ない。

 この映画が苛酷な状況を描いているにも関わらず、なにか清々しさを漂わせているのは、彼らがただ無心に、ひたすらに、この過酷さ を生きているからだろうと思う。その力強さと健気さが真っ直ぐに胸を打つのだ。
  【◎△×】8

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