| 【 じっくり映画館 】No.34 |
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ストーリー 92歳のイタリアの巨匠ミケランジェロ・アントニオーニの呼びかけに応え、ウォン・カーウァイ、スティーヴン・ソダーバーグが 愛とエロスにまつわる物語を紡いだオムニバス映画。 1963年の香港。新米の仕立て屋チャン(チャン・チェン)は、大切な顧客ホア(コン・リー)のもとへ仮縫いに訪れる。 たくさんのパトロンを抱え、瀟洒なアパートで暮らす高級娼婦ホア。彼女に太腿に触れられ、その手の感触を焼きつけたまま、チャンは ホアのドレスを縫い続ける。(『若き仕立屋の恋』) 1955年のニューヨーク。精神分析医パール(アラン・アーキン)のもとに、広告クリエーターのペンローズ(ロバート・ダウニー Jr.)が夢の分析を依頼しにやってくる。仕事に行き詰まり、その上奇妙な夢に悩まされているという。だれなのか思い出せない 美女、鳴り続ける電話。その夢の正体は・・・。(『ペンローズの悩み』) 現代のイタリア、トスカーナ地方。倦怠期に陥ったクリストファー(クリストファー・ブッフホルツ)とクロエ(レジーナ・ネムニ) は、夏の休暇のドライブ旅行でも口論が絶えない。クリストファーは、レストランで見かけた若い女リンダ(ルイザ・ラニエリ)と 関係を持つ。彼女は浜辺の塔に一人で暮らす謎めいた女だった。(『危険な道筋』) ウォン・カーウァイ監督の『純愛〜若き仕立屋の恋』は、媚薬のようなあでやかさと、うらぶれた哀しさが混交し、陶酔させられた。 これだけで1本の映画になる。それほど密度が濃い。この『純愛』篇が8点、ソダーバーグ監督の『悪戯〜ペンローズの悩み』篇と アントニオーニ監督の『誘惑〜危険な道筋』篇が6点、平均7点という評価になった。 仕立て屋の見習いチャンが初めてホアの安アパートを訪れた時の冒頭シーンから、一気に映画の世界に引き込まれる。荒れた貧しい 部屋、不安げに見守る男の顔、そして弱々しげな女の声。
「私を見て。もうとてもドレスは着られない」。女の姿は映されず、声だけが男に語りかける。一体女はどんな姿になっているんだろう、と興味を掻き立てられる。この映画は「声」をとても印象深く使っている。場面は一転して、60年代初めの香港を色濃く映した高級アパートの一室。室内は 紗をかけたような贅沢なほの暗さに満たされ、それだけで官能的だ。男女の営みのひそやかなあえぎ声が聞こえてくる。嫋々としたその 響き。 第3話『誘惑』篇で、アントニオーニ監督は全裸の男女の生々しいセックスを描いているが、「声」だけというのは想像に委ねられる 部分が大きいせいか、視覚にすべて曝される直接的な描写よりかえってエロティックだ。 若い身体に反応を起こしたチャンに、ホアの強烈な洗礼が待っている。ホアは「女の体に触れて採寸をしなければならない仕立て屋が、 これでは一人前になれないでしょ」とばかりに、チャンの太腿に手を滑らせて愛撫するのだ。「この感触を身体に刻みつけて」「服を 仕立てる時、いつも思い出して」と言って。
女が身にまとう衣服は女の肌と同じこと。女を愛撫するようにいとおしんで作った服は女を美しくする。チャンはホアからそんな
仕立て屋の哲学をほどこされたのだ。2人が触れ合ったのは、後にも先にもこの時の1回だけ。それでもチャンは生涯ホアに恋し
続ける。2人の関係は間接的であるだけに、一層濃密なエロティシズムが漂う。高級娼婦のホアはその後パトロンを次々に失い、最後は雨の街角に立つ街娼にまで身を落とす。一方チャンは力をつけて、一流の 仕立て屋になっていく。それでもチャンのホアに捧げる純愛は変わらない。 とても切ないシーンがある。チャンが安アパートを訪れた時、ホアはちょうど「商売」の最中だった。粗末なベッドから見えるのは、 投げ出されたホアの脚だけ。ぎしぎしと激しく雑な音を立てて軋むベッド。廊下の片隅で、身をすくめてその音に聞き入るチャン。 あれほど甘美なあえぎを見せたホアが、今は身体を投げ出すだけで、声も出さない。それがチャンにはかえって辛かったのでは なかろうか。チャンにとって、ホアいつも美しくセックスに酔う女
であってほしかっただろうと思うのだ。冒頭のシーンにもどって、病み衰えたホアが画面に写る。店に戻ったチャンは、店主にパトロンと旅立つホアを空港まで見送りに 行っていたと説明する。「大勢の人が来ていました。幸せそうでした」と。 コン・リーってソフィア・ローレンに(顔でなくて、俳優としての感じが)似ている。若い頃は生活臭がぷんぷんして、逞しく生きる 女というイメージが強かったが、年を重ねるにつれて、洗練された艶やかな女に変貌している。本作のコン・リーも本当に美しい。チャンに扮したチャン・チェンも、一途な想いを秘めて黙々とホアの服を縫い続ける仕立て屋を好演して、素晴らしかった。
第1話にあまりに深く心を捉えられたせいか、2話、3話が私にはあまり面白いと思えなかった。どちらもストーリーに力がない。
とくにソダーバーグ監督は『セックスと嘘とビデオテープ』(89)のような引き締まった小品を期待していただけに、失望も
大きかった。アントニオーニ監督は、若い女性のヌードに偏執しているみたいな作品。“エロス” という言葉に私は匂い立つようなセックスの美
をイメージするのだが、アントニオーニ監督作品は “肉欲” その
ものという感じだ。西洋的感性と東洋的それとの違いなのか、アントニ オーニ監督が自らの肉体の衰えから(92歳の高齢だ)、若い女体に精神的に耽溺しているのか分らないが・・・。 浜辺の古い塔に住む女、という謎めいた感じを “エロス” にまで高めてほしかった。私にはガッカリの作品だった。 【◎○△×】7 |