| 【 じっくり映画館 】No.32 |
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ストーリー 恩師(グォ・ズーシン)のトラブルを解決するため10年ぶりに帰郷したジンハー(グオ・シャオドン)は、妻子の待つ北京に 帰ろうとした日、村の架け橋で偶然に高校時代の初恋の人・ヌアン(リー・ジア)に再会する。やつれた姿ながら、真っ直ぐに彼を 見つめるヌアンの目に思わず動揺するジンハー。 翌日ヌアンの家を訪れたジンハーは、彼女が聾唖のヤーバ(香川 照之)と結婚し、6歳になる娘(グァン・シャオトン)がいることを 知る。 ジンハーの胸に彼女と過ごした青春の日々が甦る。2人で通った畦道の通学路、一緒に乗ったブランコ。彼女への思いを告げられずに いるうちに、ヌアンは村にやって来た京劇の俳優に恋していた。しかし、俳優は彼女の前に再び姿を現わさなかった。 大学に合格したジンハーは、必ず迎えに来るとヌアンに告げて村を発つのだが・・・。 『山の郵便配達』のフォ・ジェンチイ監督作品。東京国際映画祭でグランプリと香川照之が優秀男優賞を受賞した。 中国の農村風景の美しさに胸を締めつけられそうになる。川に渡した細い板だけの橋を、村人が牛を曳き、柴を背負って渡る。 ジンハーがヌアンに再会するのもこの橋の上だ。 村の中央に作られた大きなブランコが、暮色に包まれて小さく揺れる。収穫が終った日は村人がみな集まってこのブランコに乗る。 それが村の唯一の娯楽なのだ。 古い黒ずんだ石壁の家々、その間を縫う細い石道、ヤーバがアヒルを追いながらそこを抜けていく。 祭りの日、赤い雪洞に照らされた村の入り口で子どもが提灯を下げて遊ぶシーンは、息を飲むほど幻想的で美しい。ここに広がる光景が人の心の原風景だからなのだろうか、明らかに日本とは違う風景なのに、1つ1つに心が揺すぶられる。
映画は10年ぶりに村に戻ったジンハーがヌアンの家を訪れる「現在」と、ジンハーの語りで綴られる「過去」が交互に描かれる。 「過去」のヌアンは耀くほどに溌剌としている。映画の前半は、このヌアンがいつ・どういう理由で足が不自由になったのか、どうして 聾唖のヤーバと結婚したのか、という興味でぐんぐん引き込まれる。 ジンハーとヌアンが一緒にブランコに乗って大きく揺れるシーンが、甘美さと禍々しさと、同時に含んで眼前に広がる。大学に合格し、 町へ行くジンハーは、初めて「好きだ」とヌアンに打ち明ける。でもヌアンの心は迎えに来ない京劇の役者に向いたままだ。そっと ジンハーの肩に頬を載せるヌアン。これが2人が触れ合った最初で最後の時だった。 ブランコの鉄の吊り輪が大きくアップされる。綱がぎりぎり音を立て、吊り輪に食い込んでいく・・・。不吉な予感で息が苦しくなる。 フォ・ジェンチイ監督の『山の郵便配達』はあくまでも淡々とした運びが静かな感動をもたらしたが、本作は一転して、一見のどかな 農村風景の中で緊迫したドラマが展開する。
ジンハーは都会生活のなかで徐々にヌアンのことを忘れていく。これを不実と私は責められない。人の心とはそうしたものだと思う から。時の流れを引き戻すことはできない。今を生きるしかない。その「今」をどう生きるのか、それに私は引かれる。そして、 ヌアンの覚悟の見事さに胸が切なくなる。 ジンハーがヤーバを見て「もっとふさわしい人はいなかったの?」と言った時の、彼を見つめたキッとした瞳。ヌアンは運命を 受け入れ、毅然として、その運命とともに生きている。それが感じられる瞬間だ。ジンハーは自分の浅薄な言葉を恥じたに違いない。 ヤーバは耳も聞こえず口も利けない。仕草は粗く見かけは粗野だけれど、内面には情愛が豊かに息づいている。灰色の雨が激しく降る 村道で、ヌアンが不自由な足で牛を曳いている。そこにアヒルを追いながらヤーバが戻ってくる。ヤーバは駆け寄り、片手でヌアンを 背負い、片手で牛を曳
いて歩き出す。このシーンで、私は思わず涙がこぼれそうになった。夫の背でヌアンはその温もりを感じているに違いなかった。 ヤーバに扮した香川照之が、ストーリーが進むほどにどんどん存在感を増していく。ヤーバは少し知恵遅れも入っているのではないか という印象を受けたが、その彼が必死に妻子を守り家庭を維持しようとする。その健気さが胸を打つ。しかしなんといっても圧巻は、都会に戻るジンハーを親子3人で見送りにいくラスト10分ほどのシーンだ。 ヤーバは突然ヌアンに、「一緒に行け」と激しい身振りで言う。彼はジンハーからの手紙をヌアンに渡さずに破いて捨ててしまったことで、2人の仲を裂いたのは自分だという思いをずっと抱いて
いたのだと思う。彼の贖罪の思いは、都会で高等教育を受けたジンハーすら思い及ばない深さと真摯さを持っている。人の価値は 見かけや教育でないことを痛切に感じるシーンだ。 ヌアンに引きずられて木陰に行くヤーバの背中は、声にならない慟哭を上げていた。背中でこれだけの演技をするなんて、香川照之は すごい俳優になったものだと思う。 ヌアンとヤーバの娘がこの物語に明るい光をもたらしているような気がする。ジンハーはこの子に将来何かしてやれるのではないかと 思い、そう約束する。それがジンハーのせめてもの贖罪だ。「過去」と「現在」を綴った物語が、この愛らしい娘によって「未来」につながっていく。静かな感動がいつまでも胸を浸した。 【◎○△×】8 |