| 【 じっくり映画館 】No.28 |
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ストーリー 第二次世界大戦直後の、ロンドン派と共産派が対立するポーランド情勢を背景として、レジスタンスに生きて悲惨な末路を迎える若い テロリストを描いたドラマ。『世代』『地下水道』とともにアンジェイ・ワイダ監督のレジスタンス三部作を構成する。 レジスタンスの闘士マチェック(ズビグニエフ・チブルスキー)は、対独戦終了後は、親ソとなったポーランド新政権との新たな 闘いの中で、共産党要人シチューカ(バクラフ・ザストルジンスキー)の暗殺指令を受ける。 2人の誤殺を経て、戦勝祝賀会に出席したシチューカの暗殺に成功する。その間、ホテルのバーで働くクリューシャ(エヴァ・ クジジェフスカ)と時を過ごしたり、ともに闘って死んだ多くのレジスタンス仲間の追悼をしたマチェックも、町を離れる際に衛兵に 発見され、町外れのゴミ捨て場で虫けらのように死んでゆく。
公開当時、日本でも非常に評判になり、それにつられて見にいったが、中学生の私には正直言ってストーリーはよく分からなかった。 それでも印象深いシーンがいくつか映画の記憶として脳裏に残っていた。それらを懐かしく追いながら、ほぼ半世紀ぶりに映画を 再見した。 冒頭、マチェックらが暗殺のターゲットと間違えて、労働者を誤殺するシーンがまず強烈な印象だった。撃たれた労働者が教会の扉に 倒れかかる。すると、それまでどうしてもあかなかった扉が突然開くのだ。白い空間を背に、両手を広げのけぞる労働者。 彼の姿に十字架のキリスト像をイメージしたのは私だけだろうか。テロの無惨さが象徴的に描かれたシーン。モノクロの白と黒の対比がきわめて鮮烈だ。 ホテルのバー・カウンターでマチェックが、大戦中に死んだレジスタンス仲間の名を1人1人呼びながら、ウォッカを注いだグラスに 1つ1つ火を点していくシーンも心に残る。 グラスの火が仲間の魂のようにゆらゆら揺れる。
しかし、なんといってもショッキングなのは、雨宿りのためにマチェックとクリューシャが入る教会の廃墟の、上から真っ逆さまに
吊り下げられたキリスト像だ。ここでマチェックはクリューシャに「愛というものを初めて知った」「ふつうに生きたい」と語る。 逆さまにされた(受難の)キリストの下で、彼はテロという自分の行為に初めて疑問を感じるのだ。そして死に無関心だった彼が 初めて「生きたい」と思う。 シチューカを撃った後、よろめくように倒れかかる彼を抱きかかえたマチェックの背後で、祝勝の花火があがる。花火の美しさと、 行われたテロという行為のギャップの大きさ。 ホテルのロビーで、宿泊客が夜明かししてポロネーズを踊る。外は白々と明け、仄明るみの中で亡霊のように彼らが退場すると、白い 朝の光の中で、ホテルのフロント係りが国旗を揺すりながら広げていく、何事もなかったように。 町を出ようとしていたマチェックが保安隊の衛兵に撃たれ、洗濯物干し場に逃げ込む。隊員たち が「ほかも探そう」と立ち去った後、 目の前の白いシーツにじわっと血が滲み、たちまち大きく広が っていく。モノクロ映画なのに、真っ赤な色を感じるシーンだ。 シーツを鷲づかみにしたマチェックが、手についた自分の血の匂いを嗅ぐ。鉄臭い血の匂いが、
一瞬私の鼻腔にも広がる。こんな生々しい場面は見たことがない。本当に自分は撃たれたのか、本当に自分は死んでしまうのか。彼の信じられない思いが伝わってくる。ゴミ捨て場で痛みに体を痙攣させて苦しむマチェック。蛆虫のように身体を丸めたままもう動かないマチェック。 これらのシーンをつないでいくだけでも、ワイダ監督が描こうとしたものが、同国人同士で殺しあう戦後ポーランドの苦しみであった ことが分かる。昔、ストーリーがあまりよく分からないにも関わらず、深い印象を受けた理由が、久しぶりに見て改めて納得できる気が する。 チブルスキーは広い額と薄い色の付いたメガネがひどくかっこよくて、クールな殺し屋というイメージだったが、今回はその印象が 変わった。マチェックは深い考えもなく上司の命ずるままにテロを実行するただの無鉄砲な若者なのだ。 気取ったマグカップを得意そうに持ち歩き、ひょうきんな仕草でクリューシャの気を引こうとする。彼がふつうの若者であることで、 その死がいっそう哀れなものに思える。 クリューシャを演じたエヴァ・クジジェフスカという女優の静かな色気にも惹かれた。懐の深い人間性を感じさせる共産党要人 シチューカ、大事な祝宴で大失態を演じる市長秘書、登場人物の1人1人に強い共感を覚えた。 【◎○△×】9 |