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【 じっくり映画館 】No.26

ピエロの赤い鼻


2003年  フランス  95分
監督 ジャン・ベッケル
出演
ジャック・ヴィユレ、アンドレ・デュソリエ
ティエリー・レルミット、ブノワ・マジメル、シュザンヌ・フロン
イザベル・カンドリエ、ダミアン・ジュイユロ

  ストーリー
 世界15カ国で出版されたミシェル・カンの同名ベストセラー小説を、『クリクリのいた夏』のジャン・ベッケル監督が映画化。
 60年代のフランスの田舎町。小学校教師のジャック(ジャック・ヴィユレ)は、日曜日ごとにピエロの扮装で出し物を演じて、 公民館に集まってくる町の人々を楽しませていた。
 しかし、14才のリュシアン(ダミアン・ジュイユロ)は、大好きな父がそんな格好でみんなの笑いものになるのが嫌でたまらない。
 そんな様子を見て、ジャックの古くからの親友アンドレ(アンドレ・デュソリエ)は、どうしてジャックは赤い鼻を付けたピエロに なるのかを、リュシアンに語り始める。それは第二次世界大戦中、ナチス占領下で若き日の彼らがしでかした冒険と、その結果の 痛ましい出来事についての物語だった。

  ふた口感想
 私の好きな『クリクリのいた夏』のジャン・ベッケル監督の映画だ。張り切って見に出かけたけれど、期待にたがわずとてもいい 映画だった。『クリクリのいた夏』でも感じたことだけれど、ジャン・ベッケル監督作品って、のどかでふんわりした空気が映画を 包んでいる。だから、いつも見終わると、幸せな気持ちで映画館を後にできる。

 主人公ジャックとアンドレはいくつになっても「悪がき」そのままのような男たちだ。
 2人がドイツ軍に占領された列車のポイント切替え所を爆破したのは、なにもレジスタンスになろうと思ったわけでも、彼らに 共鳴したからでもない。憧れのマドンナ、カフェで働くルイーズ(イザベル・カンドリエ)が、レジスタンスのことを「英雄よね」と いったからなのだ。
 男の子が、好きな女の子にいいところを見せようと無茶をする。それと同じだ。ところが、それがとんでもない事態を引き起こす。

 ドイツ軍は村人から無作為に4人を選び、大きな深い穴に放り込んで、真犯人が名乗りでなければ射殺すると宣言したのだ。
 4人のなかにジャックとアンドレが含まれていたのは、偶然とはいえ、まー自業自得。気の毒なのはあとの2人のティエリー (ティエリー・レルミット)とエミール(ブノワ・マジメル)だ。
 ティエリーは図々しくて女ったらしの保険勧誘員。エミールはカッとなりやすいけど気のいい若者。(ブノワ・マジメルが、逞しさと ナイーヴさをほどよくミックスさせて、とてもいい感じ。)
 この4人の人間模様が面白い。首をひねって脱出方法を考えるが、どうにもならない。しまいに穴の底で取っ組み合いの喧嘩を始める 始末。悲惨な状況なのに、滑稽で、思わず笑ってしまう場面が続出する。
 なかでもおかしいのは、ジャックとアンドレが、意を決して「自分たちが犯人だ」と打ち明けても、ティエリーとエミールがぜんぜん 取り合わないことだ。「どうやって見張りをおびき出したんだ」「パチンコで」「あ、やっぱりね」とまったく信用されない。
 この辺りの4人の演技は、見事なアンサンブルをなして楽しめる。

 ここに現われたのが、見張りのドイツ兵の歩哨だ。彼は4人にそっと食べ物を差し入れて、なんと穴の縁に立ってピエロの真似を し始めるのだ。鼻に大きな丸いかぶせ物を付けて。
 初めは何かの罠ではないかと用心していた4人も、次第に彼の芸を楽しみ出す。
 深い穴の底と、見上げるように高い穴の縁。敵同士のドイツ兵とフランス人。本来断絶されたところにいる両者が “笑い” を通じて 結ばれ、心を通わせる。ベッケル監督のメッセージが力強くストレートに伝わってくる場面だ。
 “笑い” は人の心を柔らかく、広くする。“笑い” は人間が人間であることの証しなのだ、と。そして、敵味方に分かれようと、 一皮むけば、どの国の人間だろうと人の心は変わらない、と。
 しかし、戦時下でこの真理を貫くのは難しい。捕虜の射殺を拒んだこのドイツ兵は、4人の目の前で上官にあっさり撃ち殺されて しまう。呆然と見上げる4人。人の死の何というあっけなさ。これもまた、戦争の現実の一面なのだ。

 列車のポイント切替え所の宿直員フィリクス老人とその妻マリー(シュザンヌ・フロン)も強烈な印象を残す人たちだ。
 フィリクスは逃げていく男の後ろ姿を見て、だれが犯人かを察知する。そして、爆風のために瀕死の重傷を負った自分が身代わりに なることで、4人の命を救おうとする。妻を説き伏せ、夫を爆破犯人としてドイツ軍に訴え出ることを承知させるのだ。
 椅子に縛られたフィリクスが、銃殺されるのを見守るマリー。彼女の表情を思い出すたびに胸が引き裂かれそうなる。英雄とはあの ドイツ兵、フィリクス、マリー、彼らのような人たちをいうのだと思う。名もなき庶民のこうした勇気を見ると、私はとても 励まされる気持ちになる。

 戦後、フィリクス老人のことを知ったジャックとアンドレが、未亡人マリーを訪ねていくシーンが好きだ。自分たちが犯人だと なかなか言い出せず、もたもたする2人に、マリーは「知っていた」と告げるのだ。「でも、罪を認めたのだから、あなたたちは 赦されたのも同然よ」と。
 さり気なく言われる台詞だが、彼女の凛とした姿は素晴らしい輝きを放っている。

 全体が予定調和的に進んでいくため、同監督の『クリクリのいた夏』に比べると底の浅い印象は否めないが、安心して見ていられる 良さもある。
 ある人が『クリクリ』は年代物のワインで『ピエロ』はラムネと評したが、うまい表現だなと思う。
 『クリクリのいた夏』からは 豊潤な香りがするが、『ピエロの赤い鼻』はさっぱりした軽い味、でもラムネって麦わらの懐かしい味がする。そこが本作の魅力だ。
 リュシアンは「ブラボー、パパ!」と叫んで拍手する。町の人はピエロの父を笑いものにしているのではない。心から彼の芸を 楽しんでいるのだ。マリーの明るい笑顔がなによりそれを語っている。
 父はあのドイツ兵から受け継いだ大切な宝、喜びも悲しみも大らかに包みこむ “笑い” を、町の人に伝えているのだ。
 年頃の男の子にとって、父親は毅然として立派であってほしい。リュシアンは、本当はやっぱりパパにピエロの真似なんかしてほしく なかっただろうと思う。でも、彼の目に、ピエロ姿の父親がこれまでとはちょっと違う姿に見えてきたのも確かだろう。
 映画はこの辺りのリュシアンの内面には踏み込まず、あっさりした仕上げにしている。それもまた本作の良さになっていると思った。
  【◎△×】8

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