| 【 じっくり映画館 】No.9 |
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1999年 イギリス 89分 “チューブ”の愛称で知られるロンドンの 地下鉄を舞台に、9つのエピソードをつないで いくオムニバス映画。 ユアン・マクレガー、ジュード・ロウが監督に 初挑戦している。 |
監督・出演者・ストーリー
【ホーニー】 監督 スティーヴン・ホプキンス 出演 トム・ベル、デニス・ヴァン・オーテン 車内の退屈を紛らわそうと、逆セクハラともいえる行為を楽しむセクシーガール。挑発されたのはいかにも真面目そうな中年サラリーマン。 【グラスホッパー】 監督 メンハジ・フーダ 出演 スティーヴン・ダ・コスタ ただ乗りの若者たち。彼らを監視する視線。車内の不穏な空気に焦る青年。突然彼は下車し、エスカレーターを駆け上る。追いかける 男たち・・・。 【パパは嘘つき】 監督 ボブ・ホスキンス 出演 レイ・ウィンストン、トム・ワトソン 両親が離婚し、久しぶりに父親と外出した少年が、駅で線路に飛び込む男を目撃する。 【ボーン】 監督 ユアン・マクレガー 出演 ニコラス・テナント 見知らぬ美しい女性の写真に眼をとめ、忘れられなくなったミュージシャンが、偶然彼女に出会う。2人だけの車内で、彼女のため だけに演奏するミュージシャン。 【マウス】 監督 アーマンド・イアヌッチ 出演 ダニエラ・ナーディニ 込み合った夜の電車に乗り込んできた女性が引き起こすグロテスクな椿事! 【手の中の小鳥】 監督 ジュード・ロウ 出演 アラン・ミラー 乗客の女性の頭になんと小鳥が止まっていた。慌てて飛び立ち、窓にぶつかって床に落ちた小鳥にそっと手を差し延べる哀しげな老人。 【ローズバッド】 監督 ギャビー・デラル 出演 レイチェル・ワイズ 母親から離れ離れになったローズバッドは、地下鉄のなかをさまよいながら自分の世界を楽しむ。一方、母親は娘が誘拐されたかと大狼狽。
9つの話をつないだチェーンストーリー。ビートの利いたポップな音楽が流れ始めると、地下を走るチューブの疾走感がぐんぐん体を 包み込む。各エピソードのタイトルは画面のなかにさり気なく挿入されるだけ。9つのストーリーが一体となって、地下鉄の猥雑な活気、 喧噪、倦怠、人情、恋心、とロンドンの人々の人間模様が描き出される。 『ミスター・クール』は、ナンパに失敗した男が慌てて回送電車に飛び込んでしまい、そのまま操車場に送り込まれてしまうという 他愛のない話だが、あの『ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』のジェイソン・フレミング、デクスター・フレッチャー と、活きのいい若手2人が出ている。それだけで端(はな)からわくわくしてしまう。 (話は横道にそれるが最近のカタカナ・タイトルの横行はどうにかならないものか。その最たるものがこの『ロック・ストック・・』 である。これを一遍で覚えられる人っているのだろうか。映画自体は小味の効いたいかにもイギリス映画らしい悪漢もので、非常に 面白かったのだが・・・。) 『ホーニー』には笑ってしまった。夏の暑い日、満員電車に露出ファッションの女性が乗り込んでくる。眼前に座ったこの女性に我に もあらず眼がいってしまうサラリーマン。気がつくとズボンの前に変化が・・・。怪訝な顔で男性の股間を覗き込む人、顔をしかめる 老婦人、「あれ、なに?」と声高に聞く子ども。男性が三つ揃いを着込んだ気難しい顔の中年男性なのがおかしみを誘う。周囲の顰蹙 (ひんしゅく)がこれ見よがしに挑発する女性に向かわず、もっぱら困惑する男性に向けられるのが、おかしい ような気の毒なような・・・。話はシンプルだが、イギリスらしい辛口の皮肉が効いている。 私好みのエピソードは『グラスホッパー』と『パパは嘘つき』の2編だ。 『グラスホッパー』は地下鉄の乗客、なかでも若者たちの生態が活写されていて面白い。行儀悪く騒ぐ若者たちや、無関心を装って 新聞を読みふける大人たち。そんな中にひとり挙動不審の男がいる。彼はじつはドラッグの売人だ。彼に監視の眼を向ける中年女性。 男はこの女性の眼を避けるように電車を降り、エスカレーターを駆け上がる。階上ではトランシーバーで連絡を受けた男2人が待ち受け、 彼を追い駆ける。追い詰められて、男は証拠隠滅のためにドラッグを呑み込む。どう見ても致死量だ。急性症状の表われた男に、追い 詰めた男の1人が言う、「切符を見せてください」。 なんと見事などんでん返し! ドラッグの売人は、ただ乗りを取り締まる鉄道公安官を麻薬取締官と勘違いしていたのだ。彼には気の 毒だがブラックユーモア的なおかしさがあって、つい笑ってしまう。スピードある展開に地下鉄の猥雑なエネルギーが溢れ、びんびん跳ね返る ようだ。 『パパは嘘つき』は駅のホームで頭のおかしな男が飛び込み自殺するのを目撃してしまう親子の話だ。レイ・ウィンストンのダメ親父 ぶりがいい。かの『ニル・バイ・マウス』のただならぬ雰囲気そのままに、立っているだけで、真っ当な暮らしをしているとは思えない 匂いを漂わせる。息子役の子どもがまたいい。『ニュー・シネマ・パラダイス』のトトにあまり似ているのでびっくりするが、トトに くらべて眼に険がある。愛らしい顔なのに、子どもとも思えない鋭さが時々顔を覗かせる。この親にしてこの子ありだ。 舞台として使われたのはロンドンでもっとも寂れた駅の一つだそうだ。待合いホームは地上で、それから地下に潜る。男が線路に飛び 込む時、両手を大きく翼のように広げ、自由な大空に飛び立つような仕草を見せる。狂った男の開放感は寂れた駅に奇妙にマッチして いて、物悲しさを誘われる。登場人物は少ないが、人生の側面を切り取った短編小説のような趣きがある。 ロンドンの地下鉄は長い長いエスカレーターを降りていく。深く地に潜る感覚が閉塞感を呼び、不安になるほどだ。曲がりくねった 通路をふと折れると、ストリート・ミュージシャンが演奏していたりする。地下迷路に迷い込んだ錯覚を起こしそうになる。 でも子どもにとっては地下の迷路も不思議に満ちた楽しい世界のようだ。『ローズバッド』では、迷子になったローズバッドが、狂気 のように捜し回る母の不安をよそに、地下のラビリンス(迷宮)を生き生きと遊び回る。エスカレーターを滑り降り、ストリート・ ミュージシャンの演奏に合わせて踊る・・・。赤いフラフープを持った、赤いドレスのローズバッド。赤がひらひらと蝶のように 地下迷路をめぐっていく。まるで地下の妖精のようだ。見ているとだんだん不思議な気分になってくる。 偶然出会った夢の女性のために、地下鉄の車内でただ一度の演奏をするミュージシャンを描いた『ボーン』、地下鉄に迷い込んだ小鳥 を救う孤独な老人のエピソード『手の中の小鳥』、いずれも一期一会の言葉を思い起こさせる、心に沁みる物語だ。 9つのエピソードのなかでもっともストーリー性が高いのは最後の『スティール・アウェイ』だろう。大金強奪を図った若いカップルが 乗り込んだ電車には、神の教えを説く男とバケツを置いて乗客の足を洗う少年の奇妙な2人組みがいた。この車内で小さな奇跡が起る。 奪ったトランクを開けた時盗難防止の粉を浴び、赤く染っていた男の服や札束が元通りになったのだ。 そして、改札口。主人公のカップルはなぜか男だけが通過を許される。広い草原。やがて出迎えの人々が現れる。そのなかに男は亡く なった母親をみつける。抱擁しあうふたり。この映画のなかで唯一静謐な空気の流れるシーンだ。現金強奪に成功したかにみえたが、 男はじつは射殺されて、彼がたどり着いたのはあの世だったのだ。 ついしんみりしかけるが、クレジット画面となり、再び冒頭と同じアップテンポのテーマ音楽が流れ始めると、たちまち疾走する 地下鉄の現実世界に引き戻される。イギリス映画のエッセンスをたっぷり楽しんだ1時間半だった。 【◎○△×】7 |