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【 じっくり映画館 】No.7

あの子を探して


1999年  中国/アメリカ  106分
監督 チャン・イーモウ

出演
ウェイ・ミンジ(本人)、チャン・ホエクー(本人)
チャン・ジェンダ、カオ・エンマン
スン・ジメイ(本人)、フォン・ユイイン

  ストーリー
 『紅いコーリャン』『菊豆』のチャン・イーモウ監督作品。中国の山村にある小学校が舞台。ヴェネチア映画祭で監督自身2度目のグランプリを受賞した。
 たった1人の教師カオ先生が母親の看病のため、1ヵ月間学校を離れることになった。そこで13歳の少女ウェイ・ミンジが代用教員 として派遣されてくる。勉強なんて教えたことのないウェイは不安で胸がいっぱいだ。そんなウェイに、カオ先生は「1ヶ月後に生徒が ひとりも減っていなければ、特別に10元を支給しよう」と約束する。
 子供たちを懸命に見張るウェイの教師生活が始まる。ところが ある日、クラスで一番の腕白坊主ホエクーが都会へ出稼ぎに出てしまった。ウェイはホエクーを探しにいく決心をする。

  ふた口感想
 懐かしくも心揺さぶられる映画である。石ころだらけの山村の道を、荷物を背負った少女が中年の男を追って、必死にスタスタと歩く。真っ赤なほっぺ、口を真一文字に結び、まなじりを決した表情をしている。戸も窓ガラスもぼろぼろに壊れた建物が見えてくる。子どもたちがわいわい騒いでいる。近づいてくる2人に興味津々だ。粗末な上っ張りにズボン、膝当ての子もいれば、丈がつんつるてんの子もいる。

 「あ、私の子ども時代だ」と思った。昭和25、6年から30年頃にかけての、貧しいけれど、生き生きした感情が息づいていた時代 の子どもたちに、出会った気がしたのだ。
 ただ違うのは、あの頃は日本全体が貧しかったが、この映画が描く中国には、僻地の貧しさと50年のタイムトンネルを一挙に潜り抜けたような都会の豊かさという、経済格差が1つの時代に同時に存在することだ。


 ウェイ13才、中国の寒村のひとクラスだけの小学校に代用教員としてやってきた少女だ。カオ先生が母親の看病のためひと月休みを 取ることになったのだが、先生はこんな子どもに代わりが勤まるのか心配でならない。連れて来た村長は「こんな僻村に来手 (きて)はない。しかたない」という。そんな2人のやり取りをウェイは仏頂面で聞いている。「来たくて来た わけじゃない。50元の給料が欲しいだけ」というウェイの決意が伝わってきて、面白い。

 授業の仕方なんて分らない。カオ先生にいわれた通り黒板に字を書き、生徒に写させるだけ。あとは生徒が外で遊ばないように、教室 の外で張り番するしか能のないウェイだ。年のあまり違わないウェイを子どもたちも先生と認めていない。とくに腕白なホエクーは ウェイに逆らってばかりいる。このホエクーの屈託のない悪ガキ顔がじつにいい。昔はこんな顔の男の子が近所に1人や2人はいたもの だ。また郷愁を誘われる。

 貧しさから生徒の数は減るばかりだ。カオ先生は、自分が戻った時に生徒が減っていなければ10元やる、とウェイに約束する。ある 日教室にホエクーの姿がない。病気の母を助けるために町に出稼ぎに出てしまったのだ。ウェイはホエクーを連れ戻しに町へいく決心をする。町までのバス代をどうするか。近くのレンガ工場でレンガ運びをすればいい。子どもたちの行動は一直線だ。みんなでレンガ工場へでかけ、頼まれもしないレンガ運びをする。

 ところが片道3元と思っていたバス代が実際は20元5角と分る。いったい何個のレンガを運べばいいのか。それには何時間、そして何日かかるのか。ウェイと子どもたちは一生懸命考え、計算する。この辺りは見ていてじつに面白い。様子をみにきた村長は「ほー、算数の授業をやっとるわい」と、満足して帰っていく。

 レンガ運びで稼ぐのはとうてい無理だ。そこでウェイは車掌の眼をごまかして、バスのただ乗りに成功する。がそれも束の間、途中で ばれてバスを降ろされてしまう。へこたれもせず、山道を夜を徹して歩くウェイ・・・。




 やっと辿り着いた都会でウェイは行方不明になったホエクーを必死に探す。でも都会はあまりに大きく複雑で、ウェイには見つけよう もない。ウェイはなけなしのお金をはたいて紙と墨汁を買う。有り金使ってあとどうするのか大人なら心配になる。でもウェイはそんな ことは一つも気にしない。駅待合室の椅子に紙を広げ、一晩中「尋ね人、ホエクー11才・・・」と【尋ね人】の貼紙を書く。

 それでもホエクーの行方は分からない。努力のすべてが徒労と分かってもウェイはまだ諦めない。人からテレビで放送するのが一番と教えられ、 テレビ局へ向かって歩く、ただ歩く。自分の体を動かして、自分が出来ることをする。不屈の精神にはただ脱帽だ。


 テレビ局では紹介状も身分証明もないウェイは剣もほろろの扱いだ。ただ受付がポロッとこぼした「局長の身内なら・・」という言葉 にウェイは飛びつく。局の門に頑張って、出退勤する1人1人に「局長ですか」と聞く。局長が徒歩や自転車で通勤するはずがない。 そんな知識すらウェイにはない。
 お腹がすけば屋台の残り物をすすり、夜は道端で眠り、局の門前で「局長ですか」と聞き続ける。その一途さが胸に迫り、なんとかしてやりたい気持ちになる。でもウェイはひっつめ髪にほっぺた赤くして、だれの力も当てにしない。ニコリともしない大真面目なウェイの顔がなんともいじらしい。

 やっとテレビに出られることになる。女性キャスターが水を向ける。でもウェイは言葉が出てこない。3日間の町での体験が深すぎて、 なんといっていいのか分らないのだ。
 「カメラの向こうにホエクーがいると思って話しかけて」とキャスターがいう。
 「ホエクー、どこにいるの。心配してるのよ」。思わず溢れた涙を手の甲でぐっとこする。

 10元という僅かなお金目的で始まったホエクー探しであったが、ウェイはいま心からホエクーを案じ、探している自分を知ったのだ。 必死に頑張る気持ちが硬い甲羅となって全身を覆い、世界に身構えてるように見えたウェイ。その心が柔らかく溶け、もともとの優しさ が流れ出た瞬間だ。


 映画の終わりに心に残るシーンがある。町の人に寄付された色チョークの箱を囲んで嬉しそうな子どもたち。カオ先生はチョークを買うお金がなくて、溜まった粉を爪に付けて黒板に字を書いた。だから子どもたちにとって何箱もある色チョークは宝物だ。大事に使わなくてはいけない。

 ウェイはひとり一文字を好きなチョークで書いていいという。そしてまず自分が黒板の中央に大きく「天」(そら)と書く。「歓」(よろこび)、「勤」(きんべん)、「土」(いえ)・・・次々と子どもたちが書く字で黒板が埋まっていく。

 ホエクーが三文字を書いていいかと聞き、「魏 老師」(ウェイ先生)と書く。嬉しそうなウェイ、にこにこ する子どもたち。13才のウェイを子どもたちが「先生」と認めたのだ。貧しいけれど健気に生きる子どもたちの、素朴な笑顔が心に 残る映画である。
  【◎△×】8

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