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【 じっくり映画館 】No.4

白い刻印


1997年  アメリカ  104分
監督 ポール・シュレイダー

出演
ニック・ノルティ、ジェームズ・コバーン
ウィレム・デフォー、シシー・スペイセク
メアリー・べス・ハート
ブリジット・ティエルニー

  ストーリー
 アメリカの作家ラッセル・バンクスの長編小説「狩猟期」を、実力派のベテラン俳優たちをそろえて映画化。ジェームズ・コバーンが アカデミー助演男優賞を受賞した。
 雪深い小さな田舎町。アル中の父(ジェームズ・コバーン)の暴力に怯えて育った警官ウェイド(ニック・ノルティ)は、妻とは 離婚し、一人娘も彼になつこうとしない。本業のかたわら金持ちの雑用を請け負って小遣い稼ぎをする日々だった。ある日、州の組合 幹部が鹿狩りの最中に銃の暴発で事故死する。しかし、ウェイドは背後に陰謀があると確信し、独自に調査を開始する。彼にとってこの 事件を解決することは、惨めに打ち砕かれた人生を立て直すきっかけになるはずだった。そんな矢先、父の暴力のもとで不幸な人生を 送ってきた母親が死ぬ・・・。

  ふた口感想
 映画の進行とともに、数年前に読んで衝撃を受けたノンフィクション『心臓を貫かれて』(文芸春秋 マイケル・ギルモア著 村上春樹 訳)が甦り、物語と重なっていった。

 『心臓を貫かれて』は実在の殺人犯死刑囚、ゲイリー・ギルモア(1980年処刑)の生涯を、弟マイケルが家族の歴史に埋め込まれ た悲劇として(ということは、当然マイケル自身の悲劇でもあるのだが)、兄の死後まとめたものである。
 当時アメリカでは死刑廃止の世論が高く、10年近く死刑は行われていなかった。こんな中でゲイリーは強く刑の執行を望んだ。 もし望み通り刑が執行されれば、彼は死刑復活第一号になるだけでなく、ゲイリーのある種の自殺願望を国家が助けることになる、と 当時大きな波紋を巻き起こしたという。実際ゲイリーは少なくとも2度は社会に復帰するチャンスがあったのに、いつも破滅への道をみずから選んでいるように見えた。彼の 一生は死ぬ機会を掴むためにのみ費やされたようにすら思える。父の暴力に曝されて育ったゲイリーが、いかに深く心に傷を受けたかを 示しているようで、打ちのめされるような思いを抱いたものだった。

 この本には家族のたくさんの写真が収められている。長男フランク、ゲイリー、マイケルら幼い兄弟は愛らしく、写真から窺われる姿 は平和な家族そのものに見える。背後に父の激しい暴力の嵐が吹き荒れていたとはとうてい信じがたい。しかし母ベッシーの若い日の 美貌は、ごく短い期間にたちまちに無惨な凋落を見せている。それは同じ女性として衝撃的といってよいほどで、家族の悲劇を証しする もののようにも思えた。(彼女の不安定な精神も家族を覆う苦悩の一端になっており、家族の悲劇はそれほど単純ではないのだが...。)

 訳者村上春樹は後書きに、「激しい愛と激しい暴力。ゲイリーは常に愛を求めるが、多くの場合、それは暴力で報いられる。その結果 彼は、愛を求める作業と暴力の発露は同一の根を持つ行為として捉えるようになる」と書いて、ゲイリーの優しさと暴力は「ひとつの コインの裏と表」だといっている。これはそのままこの映画『白い刻印』の本質を表わす言葉ともなっている。


 映画『白い刻印』は、離れた都会で大学教授をしている弟ロルフ(ウィレム・デフォー)が、兄ウェイド(ニック・ノルティ)の事件 を物語る形で始まる。
 ウェイドは寂れた田舎町の警官として、小遣い稼ぎに町の有力者の雑用をしたりしながら、侘びしい暮らしをしている。父グレン (ジェームス・コバーン)には「根性なし」とことあるごとに罵倒され、離婚した妻のもとで育つ娘はウェイドに会う日は元気なく しおれ、「ママのところへ帰りたい」と繰り返す。閉ざされた町を真っ白に塗り込める雪は、ウェイドの行き場のない気持ちを表わす ようで 息苦しい。
 時折フラッシュバックのように子ども時代の記憶が甦り、ウェイドを苦しめる。グレンの酔った顔が、薄笑いを浮かべのしかかるよう に睥睨(へいげい)する。子どもの視線から捉えたようなアップの顔が恐ろしい。彼が子供たちに直接暴力を 振るう場面は描かれないが、その予感に胸がひりひり震える。コバーンの存在感が圧倒的だ。
 グレンはよく「俺の父は本物の男だった」という。「女に口を挟ませなかった」と。この言葉は彼自身が父親の暴力の下に育ったこと を暗示している。しかし彼は自分が受けた心の傷を痛みとして自覚せず、父親に同化し、自分の子どもたちに再現していく。


 町の有力者の一人が鹿狩りの最中事故死し、疑惑を抱いたウェイドは真相を明らかにしようと躍起になる。それは、娘の親権も取れず、 町の人にも軽くあしらわれ、すべてがうまくいかぬ苛立ちから酒量の増えるウェイドの、惨めに打ち砕かれたプライドを回復し、父や 町の人に「男として」認められたかったからのように思える。しかし、「お前には俺と同じ血が流れている」と嘲笑う父の言葉に、ウェイドの絶望は逃れようもない。抗いがたく父と同じ道に踏み いっていくかのようなウェイドだ。
 母が父の不注意から不幸な一生を終える。打ちのめされるウェイド。恋人マージ(シシー・スペイセク)とともに父との同居を始めた 時、悲劇は加速度をつけて転がり始める。
 父グレンとマージの軋轢が増す。ウェイドが欲しかったのはただの平和な家庭だった。そんなささやかな願いすらあがけばあがくほど 遠のき、ウェイドは自分の中に父の影を感じざるを得ない。ウェイドを愛しながら、これ以上ここには留まれないと身をよじり、顔を おおって泣くマージの姿が悲痛だ。
 そして父は死に、ウェイドは行方をくらます。事故か、あるいはウェイドが父を・・・。
 淡々と兄ウェイドの悲劇を語るロルフもまた、悲劇の当事者の一人なのだ。その静かな佇まいがかえってロルフの悲しみを際立たせる。

 男性の暴力性が男らしさの証しとして代々受け継がれる。その暴力の悪循環を断つには、ウェイドやロルフのようにその痛みを痛みと して自覚することが大切だ。しかしなお、その桎梏(しっこく)から解き放たれるには、これほどに大きな苦悩 を背負わなければならないのだろうか。
 原作は作者自身の自伝に近いという。『心臓を貫かれて』でも示されていることだが、ドメスティック・バイオレンスは決して近年の ことではないのだ。人間の本性に潜む暴力連鎖の根深い問題を考えさせる映画だった。
  【◎△×】7

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