| 【 じっくり映画館 】No.2 |
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2000年 アメリカ 155分 監督 リドリー・スコット 出演 ラッセル・クロウ、ホアキン・フェニックス コニー・ニールセン、オリヴァー・リード リチャード・ハリス、ジャイモン・フンスー |
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ストーリー リドリー・スコット監督が放つ久々の史劇スペクタクル巨編。古代ローマ帝国を舞台に、将軍から奴隷剣闘士となった男の数奇な 運命を描き、ラッセル・クロウがアカデミー主演男優賞を獲得した。西暦180年、皇帝マルクス・アウレリウス(リチャード・ ハリス)の絶大な信頼を受ける将軍マキシマス(ラッセル・クロウ)は、遠征地ゲルマニアで皇帝から後継者の座を託される。これを 知った息子コモドゥス(ホアキン・フェニックス)は密かに父の老皇帝を殺し、自らその地位に就くことを宣言、マキシマスに死を 命ずる。マキシマスは処刑者の手を逃れ、故郷に辿り着くが、そこで彼を待っていたのは妻子の無惨な死だった。奴隷商人に捕らわれた マキシマスは、剣闘士養成商人プロキシモ(オリヴァー・リード)に買われ、やがて無敵の剣闘士として知られるようになる。復讐を 誓うマキシマスが、ついに皇帝コモドゥスの前に立つ日が来る。 もともとスペクタクル史劇は嫌いではない。『ベン・ハー』『十戒』など懐かしく甦る。40年ぶりのスペクタクルものという謳い 文句にわくわくして映画館に出かけた。始まって何分もたたないうちに、これは昔のスペクタクルものの再現ではなく、まさしく現代の 映画だと思った。 冒頭のゲルマン族との戦いの、雪が降りしきる深い森の沈んだ色調。すでにこれからして違う。『ベン・ハー』『十戒』 『スパルタカス』、みな明るい華やかな陽光の下でドラマは繰り広げられたように思う。周囲からは言葉も分らぬ蛮族たちの威嚇の叫び が、絶えず地鳴りのように押し寄せてくる。ローアングル、クローズアップ、そして時にスローモーションを交えて目まぐるしく変わる ショットが、自分もその場に居て、戦いに巻き込まれているような錯覚を起こす。 ストーリーは単純だ。ローマ軍を率いる将軍マキシマスが、皇帝マルクス・アウレリウスの息子コモドゥスにより妻子を殺害され、 自身は奴隷に身を落とし、やがて剣闘士としてコモドゥスの前に姿を現わし、復讐を遂げるまでの物語だ。 この映画で私が一番新鮮な驚きを感じたのは、剣闘士を養成する奴隷商人プロキシモが剣闘士たちにいう言葉だった。「お前たちは 死ぬために生きている。それは明日かもしれない。つらい「生」をそれで終らせることが出来る。母親が「生」を与えた。オレが「死」 を与えてやる」。彼は毎日剣闘士たちに引導を渡し、ぎりぎりのところに追い込む。闘技場にも「死ね」といって送り出す。「頑張って 生き抜け」みたいなおためごかしが一切ない。一瞬の情や希望が即「死」に繋がる彼らには、プロキシモの言葉は冷酷でもなんでもなく、 真実そのものだったんじゃなかろうか。 人の死をゲームのように楽しみ、興奮するローマ市民。そんな中で、剣闘士たちはどんな思いで1日1日を過ごしていたんだろう、と ずっと疑問を持っていた。それにプロキシモの言葉がピタッとはまり、彼らが置かれた極限の「生」の非情さを垣間見た気がしたのだ。 (実際はほとんどが動物同士の闘いで、剣闘士が殺し合うというのはそれほど多くなかったと聞いたことがある。しかし、例え動物 同士であっても「血」を見、「死」を見ることを楽しむという闘技場の隆盛は、文化爛熟の果ての人心の荒廃と、ローマの辿った頽廃を 象徴するように私には思える。) 死とぎりぎり背中あわせの日々。今日生き延びても明日は分らない。マキシマスが奴隷仲間ジュバ(ジャイモン・フンスー)と夕暮れ の丘で語り合う場面が好きだ。ジュバには、生き延びて妻子に再び会うという夢がある。「もし死んだら」とマキシマスに聞かれ、 「あの世で待つ」と答える。今度はシュバが聞く、「妻子は」と。マキシマスは「もうあの世で待っている。だからもうじき会える」と 答える。ジュバは静かに頷いて言う、 「いつか」と。この「いつか」はリフレインのように何度も二人の間で口にされる。いつか逢える、死んでも、生きても・・・いつか。 妻子への愛と、故郷と穏やかな日々への憧れは、物語を支えるテーマとして一貫してストーリーの底に流れている。それが、スペクタ クルの型通りのヒーロー像とは違う陰影と厚みを、主人公に与えたのだと思う。 ローマ史劇のクライマックスは闘技場での闘いと相場は決まっている。『ベン・ハー』が映画史に名を止どめたのも、ひとえに余りに も名高い壮絶なチャリオット(二輪戦車)競技があったればこそである。 ローマの大円形闘技場コロッセウム。いつものように扉が開き、通路に待機した剣闘士たちは闘技場へなだれ込んでいく。ぎっしりと 観客席を埋めた大観衆が喚声をあげる。突如闘技場の扉が次々と開き、二頭立てチャリオットが飛び出してくる。車軸からは長い丸太ん 棒が突き出て、ビュンビュンとすごい勢いで迫ってくる。うっかり触れたら体は粉々に砕かれてしまうだろう。剣闘士たちに動揺が走る。 その時マキシマスの声が響く。「円陣を組め! 敵に背を向けるな!」チャリオットから唸りをあげて飛んでくる矢が、束になって盾に 突き刺さる。すかさずマキシマスの叱咤が飛ぶ。「円陣を崩すな!」戦場で数千の兵を統率してきたマキシマス。眠っていたその手腕が 突如甦ってきたのだ。 『ベン・ハー』のチャリオット競技では、ベン・ハーと宿敵メッサラという卓越した個人の技と技のぶつかり合いだった。『グラディ エーター』では、マキシマスは英雄というより、集団をまとめその力を最大限に引き出す指導者として描かれる。スペクタクルものの ヒーロー像としてはひどく新鮮に感じられる。圧倒的な力の差を前に、優れた統率者の下に集団が心を合わせ、絶望の淵から脱出して いく。まさに痛快そのものだ。 ラッセル・クロウも小柄な体が大きく見える熱演だったが、俳優陣で一番私の印象に残ったのはホアキン・フェニックスだ。感想が 長くなりすぎたのではしょるけど、彼の扮するコモドゥスにはけっこう共感と憐憫を感じてしまった。 【◎○△×】7 |