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【 じっくり映画館 】No.15

シベリアの理髪師


1999年
フランス/ロシア/イタリア/チェコ
162分
監督 ニキータ・ミハルコフ

出演
ジュリア・オーモンド、オレグ・メンシコフ
ニキータ・ミハルコフ、リチャード・ハリス
アレクセイ・ベトレンコ
ウラジミール・イリーイン

  ストーリー
 1885年、アメリカ女性ジェーン・キャラハン(ジュリア・オーモンド)はモスクワへ向かう列車で帝政ロシアの士官候補生 アンドレイ・トルストイ(オレグ・メンシコフ)に出会う。
 彼は士官学校で上演されるモーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』で、セビリアの理髪師フィガロを演じることになっていた。
 ジェーンに一目惚れしたアンドレイは士官昇進の日、ラドロフ将軍(アレクセイ・ベトレンコ)に、ジェーンへのプロポーズの手紙を 英語の苦手な自分の代わりに読み上げてほしいと頼まれる。承諾したものの、彼女への思いを抑えられないアンドレイは自分の思いを 告白してしまう。
 『フィガロの結婚』の上演中の日、ジェーンの言動を誤解したアンドレイは怒りと嫉妬から将軍に襲いかかり、シベリア送りに なってしまう・・・。

  ふた口感想
 尖端が鮮やかに黄葉したロシアの大森林を、白い煙をもくもくと噴き上げながら列車が走る。その壮大なオープニング・シーンにまず 心を奪われる。
 停車した列車の窓ガラスに雪のなかを行進する士官候補生たちの姿が映る。そして入れ代わるようにスーッと浮かび上がる若い女性の 顔。主人公アメリカ女性ジェーンと士官候補生アンドレイが出会う見事な導入部だ。
 1885年の帝政ロシア。ジェーンは森林伐採機の開発に熱中しているアメリカ人発明家マクラケン(リチャード・ハリス)に、 皇帝から資金を引き出すために呼ばれたのだ。
 ジェーンは皇帝に近い将軍ラドロフに接近し、彼を篭絡する。それは同時にジェーンとアンドレイの恋の悲劇の始まりでもあった。
 しかし物語はあくまで明るく華やかに、そして笑いを誘う逸話もちりばめられて展開していく。士官候補生と令嬢たちとの華麗な 舞踏会、皇帝アレクサンドル三世(ニキータ・ミハルコフ)臨席の厳かな士官任命式、なかでも春の到来を祝う祭りは圧巻だ。
 ロシアのさまざまな民族が郊外の雪原に集い、仮装、橇遊び、雪合戦、殴り合いの儀式などに興じる。祭りは仕掛け花火で締めくくられる。空から火の洪水が金色に輝きながらなだれ落ちる。 その壮大な美しさに魅了される。

 映画のタイトル『シベリアの理髪師』はマクラケンが森林伐採機に付けた名だ。いわれは「シベリアの木を床屋のようにチョキチョキ 切る」からなのだそうが、それだけでなく、当然ロッシーニのオペラ『セビリアの理髪師』にも懸けられている。
 それはモーツァルトの『フィガロの結婚』(『セビリアの理髪師』で狂言回しを演じる理髪師フィガロが主人公になった、 『セビリアの理髪師』の続編)がこの映画の重要なモチーフになっているからだ。

 ある日アンドレイは将軍にジェーンへのプロポーズの付き添いを頼まれる。ところが彼はその席で思わず自分の想いをジェーンに 告白してしまう。将軍は激怒するが、アンドレイの処分は見合わせる。皇帝臨席のオペラでフィガロを演ずることが出来るのは、彼しか いなかったからだ。
 翌日のオペラ上演中、ジェーンの言動を誤解したアンドレイは怒りと嫉妬に我を忘れ、舞台から将軍に襲いかかってしまう。これが 皇帝の暗殺を謀ったとされて、トルストイはシベリアの流刑地に送られてしまう。モーツァルトの音楽そのままに明るく軽快に流れていた前半からは予想も出来ない、なだれ落ちるような展開だ。


 この映画は1905年にジェーンが息子アンドリューに宛てた手紙で、20年前を回想する形を取っている。この手紙のなかで彼女は アンドリューの実の父親がだれなのかを明かすのだ。

 アメリカ陸軍学校の訓練生の息子はモーツァルトを尊敬している。かつらをかぶったモーツァルトの肖像画を見て、女と勘違いする ようなオペラに無知な軍曹は、息子に「モーツァルトはクソだ」と言わせようとするが、息子は「彼は偉大な作曲家だ」と言い張って 妥協しょうとしない。そのため罰として四六時中ガスマスクを付けさせられている。
 この2人のやりとりは軽妙な笑いを誘い、20年前と今をつなぐ効果的な役割を果たしている。無知だけれど人の好い軍曹は音 (ね)を上げて、とうとう崖上から訓練生全体に向かって「モーツァルトは偉大な作曲家だ」と叫ぶ。ニキータ・ ミハルコフ監督のモーツァルトへの敬愛が最大限に表われている場面だ。
 『太陽に灼(や)かれて』でミハルコフ監督は、スターリン時代の圧政と粛清の苦しみを、悲しみと怒りの なかに描き出した。6年を経て、同じように時代に呑み込まれた悲劇を描きながら、『シベリアの理髪師』は明るい。モーツァルトをモチーフにしたことでその明るさは際立ったものになった。古く美しいロシアへの郷愁を込めつつも、時代の桎梏から 解放されようとする監督自身の思いが感じられる。

   1895年、ジェーンがアンドレイをやっと探し当てて、流刑地の彼の小屋を訪れるくだりは衝撃的だ。主(あるじ) 不在の小屋のなかを、ジェーンはアンドレイの姿を求めて探索する。
 突然赤児のショットが画面をよぎる。さらに5、6才の子どもの怯えた顔。キラリと光る鎌。
 諦めたジェーンが立ち去ったあと、物陰で片手に赤児を抱え、もう片手に鎌を振り上げた女の顔がアップになる。子どもが2人、両脇から必死で彼女のスカートに縋りついている。
 思いつめた女の顔はなぜか悲しみに満ちている。それはかつてトルストイが下宿していた宿の女中だった。

 彼女がトルストイに想いを寄せていることはさり気なく描かれていたものの、ほんのバイ・ストーリーに過ぎないように思われた。 しかし彼女は流刑地にアンドレイを追い、酷寒の地で彼の子を生み、育てていたのだ。
 かつて彼への愛をジェーンによって奪われた。もう失いはしない。その思いが彼女の表情からひしひしと迫って来る。たとえ ヒロインといえどその愛に立ち入ることは許されない。そんな肅然とした思いが胸に湧く。
 軽快で華やかな物語が最後に現実の重さが加わることで、深みを増したような気がした。
  【◎△×】7

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